初級翻訳・亡霊怪猫屋敷 第24話

亡霊怪猫屋敷

「仲八……権六……定吉……おーい、みんな来てくれ! 手伝ってくれい! おーい権六! 仲八! 定吉い!」
またもや眉間に爪を立てられたとみえて、佐平治のひたいからも血がしたたり落ちてきます。
「手ごわい女じゃねえか! しかたがねえ、みんなでかかって縛り上げてしまえ! 佐平治どん、今加勢するぞう!」
みんなで大声をあげて、一斉に飛びかかりましたが、その強いこと強いこと! たちまち仲八は土間にたたきつけられてカエルのようにへたばり、権六はかまどの角へ投げつけられて、もう少しで頭を割られるところでした。
もはや屋敷の中じゅう、ひっくり返るような大騒ぎです。
そして誰かが左近将監のところへも知らせに行ったとみえて、ズシンズシンと足音高く、帰宅してすぐの紋服も着替えていない左近将監が、刀を藤に持たせて姿を現しました。
「なんじゃ、見苦しいその騒ぎは! 大の男が四人も五人もかかり合って、たかが女一人相手にそのざまは何事だ!」
と、苦虫を噛み潰したような顔で突っ立っています。
「わしの食事に毒を入れたやつはその女か? よし、わしが自分で取り調べてやる。
権六! 女の顔をこちらに向かせろ!」
やっとのことで、どうにかこうにか押さえつけた女のえり髪をつかみ、顔を左近将監の方へ向けさせました。
「藤、手燭をもっと近づけてみろ! ふむ……最近雇い入れた飯たきだな! 女! 何がゆえにわしの食事へ毒を盛ろうとした? 誰に頼まれてそちは毒を盛ろうとしたのか?」
じいっと首を突き出した左近将監の目と、押さえつけられながら下からにらみつけている女の目とが……火花を散らすようにじーっと見つめ合ったと思った瞬間、むわーっと女の全身に力がみなぎり、なんと恐ろしい怪力が湧き出たことでしょう。
まるで電気でも流されたかのように佐平治も権六も仲八も定吉もたちまち弾き飛ばされ、女は土間の真ん中に仁王立ちに突っ立ってしまいました。
いいえ、突っ立っただけではありません。
女はみるみる顔色を変えて怒り狂った恐ろしい形相になり、髪の毛を逆立てて将監をにらみつけています。
しかも「ウウウウウ」と、のどの奥で奇怪なうなり声をあげています。
「ウウウウ、おのれは左近将監! 憎さも憎し石藤左近将監、よくもよくも竜胆寺小金吾(りんどうじこきんご)さまをだまし討ちにしおったな!」
「なに! 竜胆寺小金吾だと! さてはさては……藤! 刀をよこせ! 早く刀を出すのだ! うむっ!」
と言うより早く、藤から受け取った刀を抜き放ち、抜き打ちざまにまっぷたつ! と切りつけたその瞬間、飯たき女と侮っていたお稲の体が、たちまち左近将監の目の前に飛び上がり、その瞬間、暴風のような、つむじ風のような、怒涛のようなすさまじい風が巻き起こったのです。その瞬間、手燭(てそく)の灯りも行灯(あんどん)の火もすっかり消えてしまい、まわりは鼻をつままれてもわからないほどの、真っ暗闇に包まれてしまいました。
しかも、ふるえあがっているみんなの耳に飛び込んできたのは、屋根の棟(むね)をゆり動かすほどゴうゴうとうなりを上げる大つむじ風の中で、ギャオギャオ! ギャァギャァ! と身の毛もよだつような怒り声をあげ、あちこちにすさまじい勢いで飛び回る、まるで研ぎ澄ませた刃物のように爛々(らんらん)と光るケダモンの目の輝きでした。
その光を追いかけるように、「ヤッオウ!」と気合いもすさまじく、稲妻のようにピカリピカリと光る左近将監(さこんしょうげん)の刀のひらめきだけが、暗闇の中で輝いていたのです。

生きた心地もせず、耳をふさいで土間にひれ伏しているみんなの頭上で、このつむじ風のようなすさまじい暴れっぷりは、一体どのくらいのあいだ続いていたでしょうか。
やがて、
「おのれ、くせもの! 思い知ったか!」
という、ひときわ高い左近将監の叫び声と同時に、しっかりと手ごたえがあったらしく、
「ギャオッ!」
というくせものの悲鳴が響きました。それと同時に、バリバリバリバリと羽目板(はめいた)や天井を激しく引っかきむしるような音を最後に、あんなにすごかった大騒ぎもピタリと静まりかえりました。

「藤(ふじ)! 明かりをつけろ! 手燭をともすんだ! 権六、佐平治、早く明かりをつけろ!」
という左近将監の呼び声に、生きた心地もしない一同がおそるおそる顔を上げると、天井から屋根にかけてぽっかりと大きな穴があいており、その向こうから星がキラキラと顔をのぞかせていました。そして、ふるえながら藤がつけた行灯の前で、血のしたたる刀をつきだし、あちこちをじっと見つめながら悔しそうな顔をしている左近将監の姿が目に入っただけでした。

お城の桜の馬場での襲撃は失敗し、敵討ちを装って門前へおびき出そうとした作戦も失敗し、くせものもさぞや悔しかったことでしょう。しかし、左近将監もまた、今回の事件について深く考え込まずにはいられませんでした。
これまでは、まさか竜胆寺小金吾(りんどうじこきんご)の恨みをはらすために、自分が狙われているとは夢にも思っていませんでしたから、てっきり他の藩からの忍者のしわざだと考えていました。しかし、今夜のくせものの言葉によって、その正体がついに見えてきたのです。

「……おのれ左近将監! 憎さも憎し石藤左近将監よな! よくもよくも竜胆寺小金吾さまをだまし討ちにしおったな!」

「さては、あいつは忍術使いだったのか! 竜胆寺小金吾の恨みをはらすため、今日までおれをつけ回していたのだな!」と、やっとその正体はピンときました。しかし、相手が人間の姿ではなく何であるのかは、さっぱり見当がつきません。

「フウム……フウム」
さすがの左近将監も、お腹が空いたことも忘れて、座敷にきちんと座り込み、首をかしげて考えましたが、いくら頭をひねってもサッパリ分からないのです。

ともかく、くせものがいったいどんな毒を仕込んだのか確かめてみようと、さっきの煮物を、馬屋の働き手である仲八(なかはち)が飼っている子犬に食べさせてみました。すると、「あっ!」と、この時ばかりはさすがの左近将監も顔色を変えずにはいられませんでした。

お膳係の奥女中である八重(やえ)をだまして逃げ出させ、お膳係の下働きのお稲をだましてこれまた逃げ出させ、自分がそのお稲に変装して、悠々と左近将監を毒殺しようと企(たくら)んだ、その用意周到な計画のすごさもさることながら、仕込まれていた毒薬のあまりの恐ろしさに、まったく舌をまかざるを得なかったのです。

ガツガツと夢中で食べていた仲八の子犬は、やがてお腹いっぱいになったのか鍋から離れ、二歩三歩とヨチヨチ歩き出したと思ったその瞬間!
たちまち手足をビクビクとけいれんさせ、「グーッ!」とおびただしい血の混じった吐瀉物(としゃぶつ)を吐いてバタリと倒れました。
倒れた全身に波のようなけいれんが走り、やがて最期の苦しい息をあえいだかと思うと、その場でピタリと息絶えてしまったのです。

その間、おそらく言葉を数えるひまもないほどの、ほんの短い時間の出来事でした。
しかし、これほど綿密な計画を立てるくせものが、二度や三度の失敗をしたからといって、そのまま諦めておとなしく引き下がるわけがありませんでした。

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