初級翻訳・人造人間エフ氏 第8話

人造人間エフ氏

これ、もうにがさんぞ」
 そういって切符掛は、少年にとびつくがはやいか、力にまかせてねじふせてしまった。
この少年の顔をよくみると、ふしぎにも、正太少年と、そっくりの顔をしていた。
ほんとうの切符

 このしらせが、船長のところへいった。
船長はおどろいて出口のところへとんできた。
「ふーん、やっぱり君だったか。
どうしてにせ切符をもっているのか、へんじをしたまえ」
「おじさんがたは、僕の切符をにせ切符だ、にせ切符だというが、なぜそういうんです。
この切符は、ちゃんとお父さんに買ってもらった切符で、にせ切符なんかじゃない。
よくしらべてから、おこったがいいや」少年は、顔をまっ赤にしていった。
船長はうなずき、切符掛から、十九号と書いた二枚の切符をとって、くらべてみた。
どっちもおなじような切符だ。
船長は、指さきで切符の紙の質をしらべたり、それがすむと陽にすかしてみたり、いろいろやった。
「ふーん、こいつはへんだ。
こっちの切符は本物だが、こっちの切符はにせ切符だ」
 船長は、にせ切符の方へ、赤鉛筆でしるしをつけた。
「はっきり、にせ切符だということがわかりましたか」と切符掛はにやりと笑い、そして少年の方をむくと急にこわい顔をして「おい、もうだめだぞ。
船長さんが目ききをした結果、おまえの切符は、にせ切符ときまった。
さあ、白状せい!」
「待て」
 船長は、船員の肩をおさえた。
「えっ」
「君は、おもいちがいをしている。
この少年の持っている切符の方が本物で、はじめに君がうけとっておいた十九号の切符の方がにせ切符なんだ。
この少年を、にせ切符のことでうたがったのはわるかった。
君もこの少年にあやまりたまえ」
 そういって、船長は少年にわびをいった。
切符掛は、なんだかわけがわからないが、船長があやまれというので、そのあとについてぺこぺこ頭をさげた。
少年は、みんなにあやまられても、別にうれしそうでもなかった。
彼の顔は、さっきよりも一そう青ざめていた。
正太の心配

 正太は船をおりた。
船のなかで、行方不明になった妹マリ子のことが心配でたまらない。
警察署へいって、このことを話すと、さっそくさがしてくれることになった。
だが、正太には、警察のさがしかたが、なんだかたいへん頼りなくおもわれた。
マリ子は、一体どこへいったのであろうか。
正太はあてもなく敦賀の町をさまよってマリ子をさがしてあるいたが、なんの手がかりもなく三日の日がすぎた。
船長は、たいへん気の毒がって、このうえは東京へいって、誰かいい探偵をたのむのがいいだろうとおしえてくれた。
そして船長は、自分の名刺をつかって、紹介状をかいてくれたのであった。
宛名を見ると、「帆村荘六どの」としてあった。
帆村荘六? どこかで聞いたような名前だった。
船長は正太をなぐさめながら、この帆村探偵は若い理学士だが、なかなかえらい男だから、きっとマリ子をさがしだすだろうと、正太に力をつけてくれた。
そこで正太は、やっとすこし元気づいて、なごりおしくも敦賀の町をあとに、東京へむかったのであった。
それはウラル丸が敦賀の港について五日目のことだった。
ここで話は一日前にさかのぼる。
場所は、東京九段の戦勝展覧会場の中であった。
朝早くから、会場の門はひらかれていた。
お昼からは、見物人でたいへん混んだが、さすがに朝のうちは、すいていた。
その朝、番人はなんにもあやしまないで、入場をさせたが、正太やウラル丸の船長や、それから敦賀警察署の警官たちに見せると、かならず「あっ」と叫ばずにはいられないようなあやしい二人づれの入場者があった。
その二人づれとは、一人は上品な少年、もう一人はその妹と見えるかわいい少女であった。いや、もっとはっきりいうと、その少年は、正太そっくりの顔をしていたし、その少女は、正太の妹のマリ子そっくりであった。
二人は仲よく手をつないで、会場にならんでいる、分捕の中国兵器やソ連兵器を、ていねいに見てまわった。
「かわいい坊っちゃんにお嬢さん。
こんな早くから見に来て、かんしんですね」
 会場のあちこちに立っている番人が、いいあわしたように、二人にこんな風に話しかけた。
二人は、それをきいて、にっこりと笑うのであった。
やがてこの正太とマリ子に似た二人づれは、この展覧会で一等呼び物になっているソ連から分捕った新型戦車の前に来た。
正太に似た少年は、その前にずかずかとよると、まるで匂いをかぎでもするように、戦車に顔をすりよせた。
それからというものは、正太に似た少年の様子がへんになった。
ちょうどそのとき、二人のあとから入って来た村長らしい見物人を、わざとさきへやりすごすと、正太に似た少年は、俄かに目をぎょろつかせ、あたりに気をくばった。
マリ子は、人形のように、じっと室の隅に立っていた。
ぱちぱちぱちと、とつぜんはげしい音がきこえた。
見ると、その呼び物のソ連の新型戦車が火をふいているのであった。
よく見ると戦車は真赤に熟しつつ、どろどろと形が熔けてゆくのだ。
そして、その前には、正太に似た少年が、大口をあいて、はあはあ息をはきかけている。
その息が戦車にあたると、戦車はどろどろと飴のように熔けてゆくのであった。
なんというあやしい少年のふるまいであろう。
それは人間業とはおもわれない。
一体彼は何者であろうか。

燃える戦車

「おう、たいへんだ。
戦車が燃えている。
いやどろどろに熔けている、おい、みんな早くこい」
「何だ。
火事か。
えっ、鋼鉄づくりの戦車がひとりで焼けている?」
 展覧会場は、たちまち大さわぎになってしまった。
警官隊がトラックでのりこんでくる。
サイレンを鳴らして、消防自動車がとびこんでくる。
たんへんなさわぎだ。
このさわぎが始まると、二人の少年少女はいちはやく会場の外へにげだした。
そしてどこかへいってしまった。
ホースをもって、消防手がのりこんでくると、そのとけくずれた戦車をしきりにのぞきこんでいる髭だらけの老人紳士があった。
「うふふふ、これはすごいことになったぞ。
三センチもある鉄板が、ボール紙を水につけたようにとけてしまった。
とてもおそろしい力だ」
「おい邪魔だ。
おじいさん、あっちへどいてくれ。
水がかかるよ」
「なあに、水をかけることはないよ。
もう火はおさまっている。
戦車がとけて、鉄の塊になっただけでおさまったよ。
はははは」
 老紳士は、声たからかに笑って、消防士においたてられて立ちさった。
その老人紳士は誰あろう、ウラル丸でさかんにさわいでいた老人だった。
自分の全財産をつんだウラル丸が沈没するというので、船長にくってかかったあの老人であった。
戦車どろどろ事件は、その筋をたいへんおどろかしもし、困らせもした。
大事の分捕品が形がなくなったことも大困りだが、なぜどろどろにとけくずれたか、そのわけがわからないのだ。
番人たちは、憲兵隊の手できびしくしらべられた。
だが彼等も、本当のことはなに一つ知っていなかった。
狐に化かされたようだというのが、そのしらべのしめくくりであった。
まさかあのかわいい少年少女が、おそろしい犯人だと、気がついた者はない。

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