初級翻訳・動物園 第1話

動物園

象

 象よ。
キプリングという作家は昔、お前の先祖がワニに鼻をくわえられたから、今でもお前まで長い鼻をぶら下げて歩いているのだと言った。
けれど、おれにはどうしても、あいつの言うことが信じられない。
お前の先祖は、お釈迦様が生きていた頃、きっとガンジス川の草むらの中で、昼寝か何かをしていたのだ。
すると川の泥に隠れていた、とてつもなく大きなヒルが、当時はまだ短かったお前の先祖の鼻の先に、吸いついてしまったに違いない。
そうでなければ、お前の鼻が、これほど大きなヒルのように伸びたり縮んだりはしないだろう。
象よ。
お前はインドの名門の生まれだ。
どうかおれの言った通り、あのキプリングの説などは口から出まかせの大ぼらだと、先祖の無実を晴らすために、一度でいいからその鼻を高く上げて、ラッパのような声を轟かせてくれ。

コウノトリ

 あの長い首を、まるで襟飾りみたいに結んでしまったけれど、一体あいつはどうやってほどくつもりなんだろう。

ラクダ

 おじいさん。
もう万年青(おもと)の手入れはお済みですか。
ではまあ一服なさってください。
おや、あの菖蒲革のタバコ入れは、どこへ忘れてきてしまったのですか?

トラ

 虎よ。
お前は世界中どこへでも馴染む旅人だ。
豊干禅師を乗せたお前。
和唐内に退治されたお前。
それからウィリアム・ブレイクの有名な詩に歌われたお前。
虎よ。
お前は世界で一番の旅人だ。

アヒル

 子供が黒板へチョークでいたずら書きした数字の「2」。
2、2、2、2、2、2。

シロクジャク

 これは年をとった貴婦人だ。
目が少し赤く腫れていらっしゃる。
べっこうの柄のついた眼鏡を持って、見物人を一人ずつじっくり眺めればいい。

オオコウモリ

 お前の翼は、仁木弾正の鬢(びん)のようだ。
舞台を照らすろうそくの火くらい、ひと煽りで消してしまえるだろう。
そうしたら、鼻の尖った、目つきの鋭い、唇をへの字に曲げている顔が、薄暗い背景に浮かび上がって、ますます気味悪く見えるに違いない。
落款(らっかん)は東洲斎写楽……。

カンガルー

 腹の袋の中には子供が一匹入っている。
あれを出してしまっても、まだイギリスの国旗か何かが、手品みたいに出てきはしないか。

インコ

 お前は古い中国画の桃の枝に、じっとしているのがいい。
うっかり羽ばたきでもしようものなら、体の絵の具が剥げてしまうから。

サル

 猿よ。
お前は一体泣いているのか、それとも笑っているのか。
お前の顔は悲劇の仮面のようで、同時に喜劇の仮面でもある。
おれの記憶は、縁日の猿芝居へおれを連れていく。
桜の板、張り子の鐘、それからアセチレンガスの神経質な光。
お前は金色の烏帽子をかぶって、真っ赤な振袖をひきずりながら、恐ろしく皮肉な白拍子花子の役を演じている。
おれの心に初めて疑いが芽生えたのは、まさにその白拍子であるお前の顔へ、ふと視線を投げた時だ。
お前は一体泣いているのか、それとも笑っているのか。
猿よ。
人間よりも人間らしい猿よ。
おれはお前ほど巧妙な悲劇喜劇の役者を見たことがない。
――おれが心の中でこうつぶやくと、猿は突然身を躍らせて、おれの前の金網にぶら下がりながら、かん高い声で問い返した。
「ではお前は? え、お前のそのしかめっ面は?」

サンショウウオ

 おれがね、「お前は一体何者だ」と頭に向かって尋ねたら、「私は山椒魚ですよ」と、尻尾がおれに返事をしたぜ。

ツル

 県で一番の旅館の玄関、芍薬と松を生けた花瓶、伊藤博文の大きな字の額、それからお前たち夫婦の剥製……。

キツネ

 ふて寝だな。
この襟巻きめ。

オシドリ

 粉雪の積もった柳、銀泥で黒く焼けた水、その上に浮いている極彩色のお前たち夫婦――お前たちを描いた絵師は伊藤若冲だ。

シカ

 この見事な刀掛けには、葵の御紋が入った大小の刀でも恭しく掛けておくがいい。

ペルシャネコ

 日の光、ジャスミンの香り、黄色い絹の着物、『悪の華』、それからお前の手触り。
……

オウム

 鹿鳴館には今日も舞踏会がある。
提灯の光、白菊の花、お前はロテイと一緒に踊った、美しい「みょうごにち」令嬢だ。

日本犬

 作り物の柳に、明かりの入った月が出る。
お前はただ遠くで鳴いていればいい。

南京ネズミ

 上着は白いベルベット、目はガーネット、それから手袋は桃色のサテン。
――お前たちはみんな、かわいらしい中国美人にそっくりだ。
後宮に美女が三千人いると聞くと、おれはいつもお前たちが、重なり合った建物の中で巣を作っているところを想像する。
ほら、西施がイモの皮をかじっていると、楊貴妃は一生懸命に車を回しているじゃないか。

オランウータン

 あのオランウータンの鼻の上には、金縁の鼻眼鏡(ピンネ)がかかっている。
あれが君に見えるかい? もし見えなければ、今日限り、詩を作ることはやめにしたほうがいい。

サギ

 祥瑞(しょうずい)の江村は暮れかかっている。
藍色の柳、藍色の橋、藍色の茅葺き屋根、藍色の水、藍色の漁師、藍色の芦荻(ろてき)。――すべてが少し黒ずんだ藍色の底に沈んだ時、ふいと白々と舞い上がるお前たち三羽の翼の色よ。
――皿の外まで飛び出さなければいいのだが。

河馬

 お答えします。梁の武帝が達磨大師に尋ねました。「仏法とはどのようなものですか」と。すると達磨大師は言った。「水の中の河馬(かば)である」と。

ペンギン

 お前は落ちぶれた給仕人だ。悲しそうなその目の中には、昔働いていたホテルの大食堂が、今もオーロラのように、輝かしい過去の幻となって浮かび上がってくることがあるのではないか?

馬

 木枯らしの吹く町の角には、青銅の馬にまたがった、同じく青銅の宮殿下が、寒そうな往来の老若男女を、堂々と見下ろしていらっしゃる。そしてその宮殿下の、軍服を召したお胸には、恐れながら白いカラスの糞が……。

梟(ふくろう)

 ブロック山へ! 箒(ほうき)にまたがったお婆さんが、赤い月の浮かぶ空へ、煙突から一文字に舞い上がっていく。すると、その後から一羽の梟が――いや、あれはもしかしたら、お婆さんの飼い猫がいつの間にか翼を生やしたものかもしれない。

金魚

 薄日が差してくると、藻に立った秋の気配も目立つようになった。おれは思う。所々ウロコの剥げた金魚は、やがてはこの冷たい水の上で、命を終えることになるのかもしれない。しかし、そんな最後の日までは、先の切れた尾を振りながら、あの洒落者のブラムメルのように、悠々と泳いでいよう。

兎(うさぎ)

 『今昔物語』巻五、「三獣行菩薩道兎焼身語」というジャータカ(仏教説話)の中に、こんなお前の肖像画がある。――「兎は励みの心を発して……耳は高く立てて、目は大きく、前の足は短く、尻の穴は大きく開いて、東西南北求め歩けども、さらに求め得たるものなし……」

雀(すずめ)

 これは南画(水墨画)だ。風に吹かれてしなだれた竹の上に、今にも消えそうなお前が止まっている。黒ずんだ印の字を読めば、「大明方外之人(世俗を超越した人)」とあった。

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