初級翻訳・動物園 第2話

動物園

麝香獣(じゃこうじゅう)

 梅の模様の赤い薄絹のカーテンの中で、今夜も独り眠っている、淫婦・潘金蓮(はんきんれん)の妖しい夢。

獺(かわうそ)

 毎晩廊下に出しておくと、お供え物の残りがなくなるんですよ。獺が持っていくんですって。昨夜も舟で帰るお客が、提灯の火を消されてしまいました。

黒豹

 お前は歯の美しい「ブラック・メアリー」だ。南京玉の首飾りや毛糸の肩掛けを持って行ってやったら、さぞかし喉を鳴らして喜ぶだろう。

蒼鷺(あおさぎ)

 確か雨上がりの柳の葉が、川面を蒸している時だった。お前はその柳の梢に、たった一羽止まっていたが、「夕焼け、小焼け、あした天気になあれ」――そんな歌を歌って通り過ぎた、子供の時のおれを覚えているかい?

栗鼠(りす)

 亜欧堂田善の銅版画の森が、古びた薄明かりの中に、太い枝と枝とを交差させている。その枝の上にうずくまった、可笑しいほど悲しいお前の目つきよ……。

鴉(からす)

「今晩は」「今晩は。この竹藪は風が吹くと騒々しくて困りますね」「ええ、その上、月のある晩は余計になんだか落ち着きません。……ところで隠亡堀(おんぼうぼり)はどうでした?」「隠亡堀ですか? あそこには今日も相変わらず、戸板に打ちつけられた死体がありましたよ」「ああ、あの女の死体ですか。おや、あなたのクチバシに、髪の毛が何本もぶら下がっていますよ」

ジラフ(キリン)

 これは玩具だ。黄色い絵の具と黒い絵の具が、まだ乾かずにベタベタしている。もっとも、人間の子供の玩具には少し大きすぎるかもしれない。せいぜい、あの小生意気な幼児キリストの玩具にはちょうどいいだろう。

金糸雀(カナリア)

 理髪店の店先には、朝日の光がさわやかに、万年青(おもと)の鉢を洗っている。鋏(はさみ)の音、水の音、新聞紙を広げる音――その音の中に混じるのは、籠いっぱいに飛び回るお前たちのさえずり声。……誰だい、今、親方に挨拶した新入りは?

羊

 ある日おれは、檻(おり)の羊にいろいろな本を食べさせてやった。聖書、『女の一生』、唐詩選――羊は何でも食べてしまう。だが、その中にたった一つ、いくら鼻の先へ突き出しても食べない本があると思ったら、それはおれの小説集だった。覚えていろよ、綿細工め。

(大正九年九月)

コメント

タイトルとURLをコピーしました