初級翻訳・枯野抄 第3話

枯野抄

最後に今日は、たった今まで、刻々と死に近づいていく師匠を、どこかその経過に興味でもあるかのような、観察者の目で眺めていたのです。
もう一歩進んで皮肉に考えれば、もしかするとその眺め方の裏側には、いつか自分の手で書くことになるであろう「終焉記」の一節さえ、予想されていなかったとは言えません。

そう考えてみると、師匠の最期に仕えながら、自分の頭を支配しているものは、他の門弟への対抗心や、弟子たちの利害関係、あるいは自分自身の興味や打算――すべてが、今まさに死にゆく師匠とは何の関係もないことばかりなのです。
だから師匠はやはり、ご自身の俳句の中で何度も想像した通り、果てしない人生の荒野の中で、誰にも看取られず野ざらしになったと言っても間違いではないでしょう。
私たち弟子は皆、師匠の最後を悲しんでいるのではなく、師匠を失った自分自身を悲しんでいるのです。
荒野で死にゆく先達を嘆くのではなく、夕暮れに先達を失った自分たち自身を嘆いているのです。

しかし、それを道徳的に非難してみたところで、もともと薄情にできている私たち人間を、どうすることもできません。
――そんな、人生を少し冷めた目で見つめるような気持ちに沈みながら、しかもその孤独感に浸れる自分を少し得意げに感じていた支考は、師匠の唇を湿らせ終えると、羽根楊子を元の湯呑みに戻し、涙にむせぶ弟子たちをあざ笑うようにじろりと見回して、ゆっくりと自分の席へ戻っていきました。人の良い去来(きょらい)は、先ほどからの支考の冷ややかな態度に心を乱され、抱いていた不安がまたぶり返してくるようでした。しかし、一人其角(きかく)だけは、妙にむず痒いような顔をしていました。どうやら、どこまでも冷たい態度を貫こうとする東花坊(支考)の、このひねくれた性格を少しうるさく感じていたようです。

支考に続いて惟然坊(いぜんぼう)が、墨で染めた法衣の裾を畳に引きずるようにして、もぞもぞと師匠の枕元へ這い出していった頃には、芭蕉の最期の瞬間は、もう指先を弾くほどの短い時間に迫っていたのでしょう。
顔色は先ほどよりもさらに血の気が引き、水で濡らされた唇の間からも、時折、呼吸をすることを忘れてしまったかのように、息が止まることがありました。
かと思うと、また思い出したかのように喉がギュッと大きく動き、力のない空気が通り抜けていきます。
しかもその喉の奥では、かすかに二、三度、痰(たん)が鳴る音がしました。
呼吸も次第に静かになっていくようです。

その時、羽根楊子の白い先を、まさに唇へ当てようとしていた惟然坊は、急に死ぬことへの悲しみとは別の、ある恐ろしさに襲われ始めました。
それは、「師匠の次に死ぬのは、この自分ではないだろうか」という、根拠も何もない恐怖です。
しかし、理由がないからこそ、一度この恐れに取りつかれると、我慢することも抵抗することもできませんでした。
もともと彼は死という言葉を聞くだけで、病気のように怯えてしまう質でした。昔から自分の死ぬ姿を想像すると、たとえ楽しい旅の途中であっても、全身に汗が流れるような気味の悪い恐ろしさを感じていたのです。
そのため、自分以外の誰かが死んだと聞くと、「ああ、自分が死ぬことにならなくてよかった」と安心するような気持ちになることもありました。
しかしその一方で、もし自分が死ぬとしたらどうだろうと、反対の不安を感じることもありました。

このことは、芭蕉の場合も例外ではありません。
まだ師匠の臨終がこれほど切迫していなかった頃――障子に冬の晴れた日差しが差し込み、園女(そのじょ)が贈ってくれた水仙が清らかな香りを漂わせ、弟子たちが枕元に集まって病間を慰める句を作っていた頃は、彼は「安心」と「不安」という二つの気持ちの間を行ったり来たりしていました。
しかし、いよいよ最期が近づいてくると――忘れもしない初時雨の日、師匠が好物だった梨さえ食べられない様子を見て木節(もくせつ)が心配そうに首を傾げた、あの頃から安心は消え去り、不安ばかりが募るようになりました。そして最後には、その不安さえも「次に死ぬのは自分かもしれない」という、肌寒い恐怖の影となって心の上に広がっていったのです。

ですから彼は、枕元に座って師匠の唇を丁寧に湿らせている間中、この恐怖に呪われているようで、最期の芭蕉の顔をしっかりと見ることができませんでした。
いや、一度は正視したのかもしれませんが、ちょうどその時、芭蕉の喉から痰が詰まるような音が聞こえたため、せっかくの勇気も途中で挫けてしまったのでしょう。
「師匠の次に死ぬのは、ひょっとすると自分かもしれない」――そんな予感のような声を絶えず耳の奥で聞きながら、惟然坊は小さな体をすくませて自分の席へ戻りました。そして、もともと無愛想な顔をさらに強張らせ、なるべく誰の顔も見ないように、上目遣いに様子をうかがっていました。

続いて乙州(おとくに)、正秀(まさひで)、之道(みちみち)、木節と、病床を囲んでいた弟子たちが、順番に師匠の唇を湿らせていきました。
その間にも、芭蕉の呼吸は一息ごとに細くなり、回数も次第に減っていきます。
喉も、もう動くことはありません。
小さな痘痕(あばた)が浮かぶ、蝋人形のような小さな顔。遥か遠くの空間を見つめている、光の消えた瞳。そして顎に伸びている、銀色に輝く白い髭――それらすべてが、人の心の冷たさに凍りつき、やがて向かうべき極楽浄土をじっと夢見ているかのように思われました。

するとこの時、去来の後の席で黙って頭を垂れていた丈艸(じょうそう)は、あの誠実な禅の心を持つ丈艸は、芭蕉の呼吸がかすかになるにつれて、限りない悲しみと、それと同時に限りない安らかな気持ちが、ゆっくりと心の中に流れ込んでくるのを感じました。
悲しみは、言うまでもありません。
しかし、その安らかな気持ちは、まるで夜明けの冷たい光が、暗闇の中にゆっくりと広がっていくような、不思議に晴れやかな心持ちでした。
しかもそれは刻一刻と、心の中にあるあらゆる雑念を洗い流し、最後には涙さえも、心を刺すような痛みを感じない、清らかな悲しみに変えてしまったのです。

彼は師匠の魂が、夢のような生死の世界を超えて、永遠に安らげる場所へと帰っていったことを喜んでいるのでしょうか。
いや、それさえも彼自身には確かな理由として説明できないことでした。
それならば――ああ、誰がわざわざ自分を偽るような愚かなことをしようか。
丈艸のこの安らかな心持ちは、長い間、芭蕉という大きな存在の重圧に縛られ、空しく屈していた彼の自由な精神が、本来の力を取り戻して、ようやく手足を伸ばそうとする「解放の喜び」だったのです。
彼はこの、恍惚とするほど悲しくも喜ばしい気持ちの中で、菩提樹の念珠を指で繰りながら、周囲で泣き叫ぶ弟子たちの存在さえも消え去ったかのように、唇に微かな笑みを浮かべて、心を込めて、最期の芭蕉に礼拝しました。こうして、昔から今に至るまで並ぶ者のいない、俳句の道における偉大な師匠、芭蕉庵松尾桃青は、「悲しみが尽きることのない」弟子たちに囲まれたまま、あっけなくこの世を去り、静かな眠りについたのでした。

(大正七年九月)

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