初級翻訳・古事記物語 第18話

古事記物語

曙立王は天皇に拝謁し、
「仰せの通りに大神をお参りいたしましたところ、間もなく急にお口が利けるようになられましたので、一同でお供をして帰ってまいりました」
と申し上げました。天皇は、言葉では言い表せないほどにお喜びになりました。そしてすぐに兎上王を再び出雲へお遣わしになり、大神のお社を立派に造営させました。

四

天皇はそれですっかり安心されましたので、今度はご不自由な身の回りのお世話をさせるため、かねて皇后が言い残されていた通り、丹波(たんば)から兄媛(あけひめ)たちの姉妹四人をお呼び寄せになりました。しかし、下の二人はあまりに容姿が優れなかったため、天皇は兄媛とその次の弟媛だけをそばに置き、あとの二人はそのまま家へ帰してしまいました。

すると、一番下の円野媛(つぶらのひめ)は、四人揃って参上したにもかかわらず、自分たち二人だけが顔が良くないという理由で追い返されたとあっては、近所の村々に顔向けができず、とても生きてはいられないと嘆きました。そして途中の山城(やましろ)の乙訓(おとくに)という場所まで帰ったところで、哀れにもその深い淵に身を投げて亡くなってしまいました。

それから数年後、天皇は多遅摩毛理(たじまもり)という者に、常世国(とこよのくに)へ行って、香りの高い橘(たちばな)の実を持ち帰るよう命じました。多遅摩毛理は畏まって、長い年月の間いっしょうけんめいに苦労し、果てしない大海の向こうにある遠い国へとようやく辿り着きました。そして命じられた通り、枝葉のついた橘の実を八つ、実だけを八つもぎ取り、また長い年月をかけてようやく都へ帰ってきました。

しかし、天皇はその前にすでに崩御されていました。多遅摩毛理はその報せを聞くと、あまりのことにがっかりして、葉のついた実を四つと、葉のない実を四つ、天皇のおそばにお仕えしていた兄媛に差し上げました。そして残りの四つずつを天皇のお墓にお供えしました。そうして泣きながら大声を張り上げ、
「ご覧ください。仰せの通りに実を取ってまいりました。どうぞご覧ください」
と、その橘を両手に捧げ、何度も何度も、いつまでも墓の前で叫び続け、とうとうそのまま叫び死にしてしまいました。

白い鳥

一

第十二代・景行(けいこう)天皇は、身長が一丈二寸(約三メートル強)、膝から下が四尺一寸(約一メートル強)もあるという、非常に偉大なお体格でいらっしゃいました。お子さまも全部で八十人もお生まれになりました。天皇はその中で、後に跡を継がれた若帯日子命(わかたらしひこのみこと)と、小碓命(おうすのみこと)、そしてもう一方の計三人の皇子だけをそばに留め、あとの七十七人の皇子たちは皆、各地の国造(くにのみやつこ)や別稲置(わけのいなき)、県主(あがたぬし)といった役職に就けられました。あるとき天皇は、美濃の国に住む神大根王(かむおおねのみこ)の娘で、兄媛(あけひめ)と弟媛(おとひめ)という姉妹が、二人ともたいそう美しく評判が良いとお聞きになりました。天皇はご自身の目で確かめたうえで、ぜひおそばに仕えさせようとお考えになり、皇子である大碓命(おおうすのみこと)に、二人を都へ連れてくるようお命じになりました。

ところが、大碓命はなんと、その美しい姉妹をご自分のものにしてしまい、代わりに別の二人の女を探し出して、「これが兄媛と弟媛です」と偽って天皇に差し出しました。

天皇は、それが本当の姉妹ではないことをすぐにお見抜きになりました。しかし、表向きはすっかりだまされたふりをして、その二人をそのまま御殿にお置きになりました。その代わり、日々の身の回りのお世話はわざと他の者に命じ、それとなく二人を遠ざけておいたのです。

大碓命は、そのような悪いことをしてしまったため、天皇の御前へ出るのが後ろめたくなり、それ以来、ぴたりと姿を見せなくなってしまいました。

天皇はある日、弟の小碓命(おうすのみこと)を呼び出し、こうおっしゃいました。
「お前の兄は、どうして朝夕の食事の席にも出てこないのだろうか。お前が行って、よく諭してやりなさい」
しかし、五日経っても大碓命が姿を見せないため、天皇は再び小碓命を呼びました。
「兄はなぜ、いつまで経っても食事に出てこないのか。お前はまだ伝えていないのか」
すると小碓命は、「いいえ、ちゃんと伝えました」とお答えになりました。
「では、どのように伝えたのだ」
「朝早く、兄上が厠(かわや)に入るところを待ち伏せして、捕まえて組み伏せ、手足をむしり取って、死体をこもにくるんで放り捨ててきました」
小碓命は、まるで何でもないことのように、平然とそう答えました。

天皇はこれを聞いて、小碓命のあまりの荒々しく激しい性格を恐ろしく思い、何とかしてこの子を都から遠ざけようと考えました。そこでまもなく命を呼び出し、こうおっしゃいました。
「西の方に熊襲建(くまそたける)という兄弟がいる。二人とも私の命令に従わない無礼な者どもだ。お前が行って、彼らを討ち取ってまいれ」
命はすぐに伊勢へと下り、大神宮にお仕えしている叔母の倭媛(やまとひめ)に別れを告げました。すると叔母は、お別れのしるしとして、ご自身が身につけておられた上着と袴、そして懐剣を授けてくださいました。

命はそれからすぐに、今の日向、大隅、薩摩の地方へと向かいました。そのとき、命はまだ髪を額で切りそろえたばかりの、あどけない少年の姿でいらっしゃいました。

二

命はその地へ着くと、熊襲建の屋敷に近づき、様子をうかがいました。建たちは、屋敷の周りに軍勢を三重にも張り巡らせて住んでいました。ちょうどその屋敷が完成したばかりで、近々お祝いの宴を開こうと、大騒ぎで準備をしているところでした。

命はそのあたりをぶらぶらと歩き回り、宴の日を待ち構えていました。そして当日になると、それまで額で結んでいた髪を、少女のように長くすきさげにし、叔母から頂いた衣装を身にまとって、すっかり美しい少女の姿に変装しました。

そして、他の女たちに混じって、建たちの宴会の部屋へと入っていきました。熊襲建の兄弟は、命を本物の女だとすっかり思い込み、そのあまりの美しさに心を奪われて、自分たち二人の間に座らせ、大喜びで酒を飲んで騒ぎました。

命は、皆がすっかり酔っ払い、宴が盛り上がった頃を見計らい、そっと懐から剣を取り出しました。そして、いきなり片手で兄の建の襟首をつかむと、胸をひと突きに貫いてしまいました。

弟の建はそれを見て、驚いて部屋の外へ逃げ出そうとしました。命はそれを見逃さず、階段の下まで追い詰め、背中をひっつかんで、そのままお尻をずぶりと刺しました。

建は、もはや抵抗することもできず、こう言いました。
「どうかその刀を、しばらくそのままにしておいてはくれませんか。一言だけ申し上げたいことがあります」
命が刀を刺したまま、しばらく押し伏せていると、建は尋ねました。
「いったい、あなたはどなたでございますか」
「私は、大和の日代(ひしろ)の宮で天下を治める大帯日子(おおたらしひこ)天皇の皇子、名は倭童男(やまとおぐな)王という者だ。」「お前たち二人は、天皇の命令にも従わず、無礼な行いばかりを繰り返している。

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