初級翻訳・和太郎さんと牛 第5話

和太郎さんと牛

和太郎さんは庭で、よぼよぼの牛をくびきから外して、たらいに水を汲んで飲ませていました。
「やい、和太!」と、村の知恵者である次郎左エ門(じろうざえもん)さんが言いました。
「おぬしは村じゅうの者にえらい迷惑をかけたが、わかっとるのかや。おれたち村の者は、ゆうべ一睡もせずに、山から谷から畑から野原まで駆けずり回って、おぬしを捜したんだぞ。それに対して、おぬしは黙ってすまそうというのか!」
これでは次郎左エ門さんも捜索隊に入っていたかのように聞こえますが、実際はついさっきまで家で寝ていたのです。
和太郎さんは、次郎左エ門さんの言葉を聞くと、びっくりしました。和太郎さんは、村のみんなにたいへん申し訳ない気持ちになったので、「そいつは、すまなかったのォ」と十三回も言いながら、そのたびに頭をかいたり、背中をかいたりしていました。
そして、牛も自分もすっかり酔っ払ってしまっていたので、こんなことになってしまったのだと説明しました。
村の人たちはいい人ばかりなので、すぐに腹の虫もおさまりました。
そこで今度は、村人たちは和太郎さんにいろいろと聞きはじめました。
「和太さん、それで、今までどこをうろついていたんだい」
と、亀徳さんが聞きました。
和太郎さんは首をかしげて、
「どこだかは、はっきりしねえだ。
右へ傾いたり、左へ傾いたり、高いところに登ったり、低いところに下りたりしたことを覚えているだけでのォ」
と、答えました。
「それで、明かりもなしで歩いていたのか」
と、おまわりさんの芝田さんが聞きました。
「明かりなしじゃございません。
ここに小田原ちょうちんがつけてありますに、ごらんくだせェ」
と言って、和太郎さんは牛車の下へ頭を突っ込みました。
ところが小田原ちょうちんは、上半分しか残っていませんでした。
どうやら、水で濡れたために紙が破れて、コイルのように巻いてあった骨組みがだらりと伸び、それが途中で何かに引っかかって、ちぎれてしまったらしいのです。
「水に濡れたので、こんなになっちまいました」
と和太郎さんは、ちぎれて半分になった小田原ちょうちんをはずして見せました。
「そういえば、牛車も牛も、和太郎さんの着物も、ぐっしょり濡れているが、これは夜露にしてはひどすぎるようだ」と、だれかが言いました。
「ひょっとすると、どこかの池の中を通ってきたのじゃねえか」
と、亀徳さんが言いました。
「まさか、そ、そんなことはありません」
と和太郎さんは、お母さんがそばにいるので、あわてて打ち消しました。
お母さんに心配させたくなかったからです。
しかし、和太郎さんがいくら打ち消しても無駄でした。
というのは、和太郎さんのふところから、大きなフナと、ゲンゴロウと、カメの子が出てきたからであります。
こういうものは池にしかいないものです。
そうしてみると、和太郎さんの牛車は、どこかの池の中を通ってきたのです。
「この黄色い花はなんだろう」
とまた、だれかが言いました。
見ると、よぼよぼ牛の前足の爪の割れ目に、黄色い花がひとふさ、はさまっておりました。
「レンギョウの花とも違うようだ。
このあたりじゃ、まったく見ねえ花だなァ」
と、ひとりが言いました。
「そりゃ、エニシダの花だ。
エニシダは、この辺にはめったにない。
まず、南の方へ四里(約16キロ)ばかり行くと、六観山のてっぺんに、このエニシダが群がって咲くところがあるそうだ。
そして、六観山のキツネは、月のいい晩なんかその陰で、胡弓を弾く真似なんかしているそうだぜ」
と、植木職人の安さんが言いました。
和太郎さんは仕方がないので、
「面目ないけれど、どうやら、そこへも行ったらしいです。
ばかに立派な座敷があってのう、それが、畳も襖も天井も、みんな黄色かったですよ。
そういえば、耳のぴんと立った太夫がひとりござって、胡弓を上手に弾いて聞かせてくれたですよ。
じゃ、あれが、キツネだったのかィ」
「それにしても、どうしてあんな急な山のてっぺんへ、牛車が登ったんだろう」
と、村人たちは不思議がりました。
「なにしろ申しわけねえだな、牛もおれも酔っておったで」
と、和太郎さんは謝るのでした。
さておしまいに、村人たちにも、そして和太郎さんにもどうしてか、わけのわからないことがひとつありました。
それは、牛車の上にひとつの小さい籠がのっていて、その中に、花束と、まるまると太った男の赤ん坊が入っていたことです。
どこでどうして、この籠をのせられたのか、和太郎さんはいくら思い出してみようとしても、無駄骨おりでした。
てんで覚えがなかったのです。
「天から授かったのじゃあるまいか」と亀徳さんが言いました。
「和太さんが、日ごろから『子どもがほしい、女房はいらんが』と言っていたのを、天でお聞き届けになって、授けてくれたのじゃねえか」
和太郎さんは、亀徳さんがいいことを言ってくれたので、うれしそうな顔をしました。
しかし次郎左エ門さんは、
「そんな理屈に合わぬ話が、今どきあるもんじゃねえ。
子どもには両親がいなきゃならん」
と言いました。
また、芝田さんはひげをいじりながら、
「捨て子じゃろう。
いっぺんあとから駐在所へ連れてこい。
調査書を書いて本署に届けるから」
と言いました。
その後、和太郎さんは、赤ん坊の親たちが現れるのを待っていましたが、ついに、そんな人は現れませんでした。
そこで、その子には和助という名をつけて、自分の子にしました。そして、お酒を飲んでいい気分になっているときには、いつも決まってこう言いました。
「わしの和助は、天からの授かりものだ。わしと牛が酔っぱらっていたあの晩に、天の神様が授けてくださったのさ」

すると、理屈っぽい次郎左エ門さんは、
「そんな筋の通らない話が、今の時代にあるものか。子どもには両親がいなければならないんだ。道端を歩いているだけで天から子どもが授かるなんてことがまかり通るなら、世の中に法律なんて必要なくなってしまう」
と、小難しいことを言って反論しました。

それでも和太郎さんは負けてはいません。にこにことこう返すのです。
「世の中は、理屈通りにはいかないものさ。この世には、いろいろと不思議なことがあるもんなんだよ」

さて、こうして天から授かった和助くんは、それからすくすくと大きくなりました。小学校では私と同級生で、和助くんはいつもクラスのリーダーである級長でしたが、私はいつも成績がビリのほうでした。小学校を卒業すると、和助くんは和太郎さんのあとを継いで、立派な牛飼いになりました。

そして今では、和太郎さんはずいぶんとおじいさんになりましたが、まだまだ元気です。お母さんと、あのよぼよぼの牛は、一昨年に亡くなりました。

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