初級翻訳・良寛物語 手毬と鉢の子 第7話

新美 南吉

そして一年後、武士は再び京都にやって来ました。
今度京都にやって来たのは、だいたい、仇敵が京都にいるという見当がついたからでした。
ある旅商人が、京都で笛のうまい人を見たと話していたのです。
よく聞いてみると、それはどうやら兄さんの仇敵らしかったのです。
武士は消えかかっていた勇気を取り戻し、刀を研いで京都にのぼってきたのです。
京都では、武士はまた去年の宿に泊まりました。
去年のように二階の手すりに寄りかかって、秋の陽射しがいっぱい降り注ぐ大通りを見下ろしていました。
たくさんの人が静かに行き交っていました。
今度こそ、これらの人々の中に、目指す仇敵がいるのだと武士は思いました。
仇敵を討てば、もう乞食のような生活をやめられるのだと思いました。
なんという長い歳月だったのだろう。
なんというつらい毎日だったのだろう……。
ふと武士は、去年のシラミを思い出しました。
あのシラミはもう死んでしまっただろうか。
武士は柱を眺めました。
すると去年、シラミを閉じ込めておいた場所が見つかりました。
あの時から一度も穴のふたは開けられていないようでした。
武士がふたをこじり出してみると、中にいた去年のシラミは、小さい体がさらに小さくなって死んでいました。
一年間も何も食べずにいたのだから、虫が死ぬのは当たり前だと思って、武士はシラミの死骸を手のひらにのせました。
そしてじっと眺めました。
温かい陽射しにあてて、よく見てみると、シラミの細かい足がかすかに動いたのです。
シラミのしなびた小さい体の中に、まだわずかに命が残っていたのです。
そこで武士は面白くなって、腕をまくり、柔らかなところにシラミをのせてみました。
シラミは疲れ果てた人のようにのろのろ動いていましたが、やがて武士は自分の腕が痒くなるのを感じました。
シラミが血を吸い始めたことが分かったのです。
「私は一年間お前を苦しめたのだから、しばらく我慢して吸わせてやろう。満足するまで吸うがよいぞ」
そうシラミに言い聞かせながら、武士は痒さをじっとこらえていました。
やがてシラミの白い体が、血の色に赤らんできました。
シラミは十分に吸ったのです。
そこで武士は、シラミをぷっと吹き飛ばしました。
シラミはどこかへ隠れてしまいました。その夜、武士は旅の疲れによる深い眠りから、腕の痒みのために目を覚ましました。
武士は昼間、シラミに吸わせた場所をぼりぼりと掻きました。
掻いても掻いても、痒みは一向に治まりません。
それどころか、掻けば掻くほど痒みはどんどん広がっていきました。
掻いたあとは赤くミミズ腫れのようになり、それが腕全体を覆い、やがて体中にまで及んだのです。
異様な物音に驚いた宿の主人が二階に上がってみると、全身を腫れ上がらせた武士が、体をひっかきむしりながらうめき声を上げ、のたうち回っていました。

「これはまあ、一体どうしたのですか!」
宿の主人は呆れて言いました。
「医者を呼べッ!」
病人はうめきました。

すぐに医者がやって来ました。医者は薬を練り上げ、病人の体中にべたべたと塗りたくりました。そして、病人がまた掻きむしるのを防ぐため、両手を縛り上げました。
七日間、武士は医者の治療を受けてようやく全快しました。それはとても腕の良い医者でした。もしこの医者がいなかったら、武士はあまりの痒さに自分の体をひっかき破り、最後には命を落としていたことでしょう。
武士は医者に深く感謝しました。しかし、その薬は効き目が抜群だっただけに、値段も高価でした。武士は身につけているお金をすべて畳の上に並べてみましたが、薬代の半分にも足りません。武士には家もなく、京都に知り合いもいませんでした。売ってお金になるものといえば、腰の刀だけです。しかし、仇敵を討つための大切な道具を、どうして手放すことができるでしょうか。武士はどうしたものかと途方に暮れました。

そこで武士は、医者に事の次第をすべて話しました。自分は十年前に亡くなった兄さんの仇を探していること。その仇も、ここ数日のうちに探し出して討ち取る目処が立ったこと。そうすれば国へ帰って、殿様に再び仕えることができる……。
「そういうわけですので、しばらく治療代を立て替えておいていただきたい」
武士は医者に頼み込みました。
医者は黙って聞いていましたが、やがてこう言いました。
「私は苦しんでいる人を助けるのが商売です。昔から『医は仁術』と申します。もしあなたが本当に貧しく、お金がないのなら、薬は無料で差し上げても構いません。しかし、あなたは今『仇敵を討つ』とおっしゃいましたね。仇敵を討つということは、つまり人を殺すということでしょう。どういう深い事情があるのかは知りませんが、とにかく、人を殺すのは悪いことです。おやめになったらどうですか。私もあなたを救ってあげました。あなたも仇敵を救ってあげなさい。そうしてくださるのなら、あなたの治療代はタダにして差し上げましょう」

武士は黙って頷きました。しかし心の中では、医者の言うことなど何一つ聞いてはいませんでした。十年の間、苦労を重ねてようやく突き止められそうになった仇敵を、今さら許してやることなど、どうしてできるものかと思っていたのです。
とはいえ、医者の説教などどうでもよかったのです。ただ、この場をうまく切り抜けたかっただけでした。そこで、いかにも医者の言葉に従うようなフリをしました。医者は自分の言葉を聞き入れてもらえたと思い、喜びました。「これで二人の命を救うことができた」と、心の優しい医者はそう思いながら帰っていったのです。

まんまと医者をだました武士は、一人になるとぺろりと舌を出して呟きました。
「シラミでさえも仇敵を討つために、やせ細りながら生きていた。魂もなく、埃のように小さな一匹の虫けらでさえそうなのだ。まして万物の霊長である人間が、どうして仇敵を討たずに許してやることなどできようか」

そうは言うものの、心の善良な医者をだましたことは、なぜか武士の心を寂しくさせました。
翌日から探索が再び始まりました。武士は道ですれ違う人々の顔を、一人ひとり確かめるように見て回りました。裏通りにある古びた家の奥まで、一軒一軒のぞき込みました。今日はどこかの縁日だ、あるいは祭りだという日には、必ずそこへ出向きました。そうした場所には人がたくさん集まるので、その中に仇敵がいるのではないかと考えたからです。

一ヶ月ほど過ぎましたが、相手は見つかりませんでした。武士はそろそろ失望しかけていました。旅商人の言ったことは嘘だったのかもしれない、と。
ある日の夕方、武士は都の外の寂しい野原で道に迷ってしまいました。誰かに会ったら道を尋ねようと思い、ぶらぶらと歩いていました。風のない静かな夕方で、どこからか水の流れる音が聞こえてきます。日が暮れ果てて闇が降りてくると、昼間から空にかかっていた月がかすかに光り出しました。あたりのススキがその光を浴びて、ぼんやりと浮かび上がっていました。

すると、どこからか笛の音が流れてきました。武士は笛の音のする方へ歩いていきました。笛の音は細く、美しく澄んでいて、聞いていると心が洗われるような気がしました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました