初級翻訳・登つていつた少年 第1話

新美 南吉

一年に一度の学芸会が、だんだんと近づいてきていました。
小さな村にある、二百人に満たない子どもたちの小さな心は、二ヶ月も前から、まるで小鳥が春を待ちわびるように、その日を楽しみにしていました。
この時期になると、少年少女たちの目は急に真剣になり、先生のどんなに小さな表情や、ほんのちょっとした動きも見逃さないようになります。
特に、成績が良くて学芸会に出ることがすでに決まっている子どもたちは、なおさらでした。

そんなある日、ついに先生が話を切り出しました。
それは、音楽の時間が終わろうとしているときのことでした。
授業のはじめから、生徒たちはうすうすそれに気づいていました。
先生が、一人ひとりの声をためすように、歌のフレーズを一句ずつ歌わせたからです。
先生は、誰と誰を学芸会に出すかを決めるために、そんなことをしたのに違いありませんでした。
あるいは、先生の頭の中では、配役はとっくに決まっていたのかもしれません。

「学芸会では、何をしようか?」
先生は、ワクワクして輝き始めた少年少女たちの顔を見下ろしながら、くすぐったそうに言いました。
「お芝居にするか、それとも歌だけにするか」

少年たちの意見は、ただ一つに決まっていました。
それは「お芝居」です。
少年たちは、歌なんてめめしくて子どもっぽいものだと考えていたのです。
しかし、少女たちはなかなか自分たちの意見を言おうとしません。
まず彼女たちは、教室の隅っこに、まるで何か秘密を守るかのように集まって、ひそひそとささやき合ったり、友達の肩を叩き合ったり、「キャー!」と声を上げたりしていました。
その様子を見て、先生も少年たちも、少女たちが急に「お姉さん(女)」になったような雰囲気を感じ取りました。
少年たちは少しイライラしましたが、どうしようもないことだと思いました。

少年たちには、少女たちの中心に「ツル」という女の子がいるのがよく見えました。彼女が少女たちの意見を牛耳っていたのです。
ツルは、何をやっても抜群の成績でした。
算数の時間には、少女たちの中で一番に手を挙げて、正しい答えを言うのはいつも彼女でした。
教科書の音読競争では、最後まで一文字も間違えずに、キリッとした声で読み進めていくのは彼女でした。
彼女の文字は、ふっくらとしていてとても美しかったのです。
彼女が描く絵には豊かな自然が感じられ、使われている色彩はまるで春の若い芽のように新鮮でした。
それに、ツルは体の発育もよく、顔立ちもとてもきれいでした。
彼女の近くに転がってきたボールを拾いに行くとき、顔を真っ赤にしない少年はいませんでした。
ツルをからかった少年は、まわりの多くの少年たちから反感を買ったり、うらやましがられたりしました。
おまけに、彼女の家はお金持ちでした。

だから、ツルの意見は、そのまま少女たち全員の意見となったのです。
もっとも、それを言葉にして発表したのはツル自身ではなく、別の女の子でしたが。
ツルは、「自分は特別な存在なのだ」という誇りと上品さをちゃんとわかっていたのです。

先生は、みんなの意見を聞くと(もちろん予想していた通りでしたが)、すぐに用意してあったお芝居のストーリーを話し始めました。
みんなは張り詰めた心で耳を傾けました。
先生の口から語られる物語のワンシーンワンシーンが、まるで花火のようにみんなを驚かせ、夢中にさせました。
それは本当に素晴らしいお話でした。
みんな口には出しませんでしたが、一刻も早く配役を決めてほしいと願っていました。
それが自分たちにとって一番重大なことでした。
気になって仕方なかったのです。

先生が「女王星の登場」の場面を話した瞬間から、女の子の主役はツルに決まりだと、誰もが感じ、心の中で認めました。
「女王」というぴったりの役名は、ツル以外の誰の頭にも思い浮かばなかったからです。
しかし、男の子の主役――一人の勇敢な「きこり」の役は、いったい誰のところに回ってくるのでしょうか。
みんなの頭の中には、二人の名前が浮かんでいました。
「杏平(きょうへい)」と、そして「全次郎(ぜんじろう)」です。

杏平は、か細い体つきをしていましたが、とても鋭い感性を持っていました。
彼は自分の心の中に、他の人とは違う特別な何かが眠っていることを自分で感じていました。
だからこそ、強い誇りを持っていました。
しかし、彼の家は貧しかったのです。

一方の全次郎は、あまり人と交わらない少年でした。
彼が何を考えているのかは、誰にもわかりませんでした。
誰も彼とは遊びませんでした。
彼の使う鞄やノートは、みんなのものとは違っていました。
みんなは、彼の家がお金持ちだから高い道具を買ってもらっているのだろうと想像はできましたが、それを「いいものだ」とは思っていませんでした。
全次郎はクラスメートとまったく口をききませんでしたが、なぜか先生からは可愛がられていました。
杏平も先生から可愛がられていましたが、杏平には、先生の自分に対する可愛がり方と、全次郎に対する可愛がり方が、どこか違うように感じられていました。
杏平は学級委員長でしたが、全次郎の成績はクラスの上から五、六番目のあたりでした。

杏平は自分に自信があったので、だまってじっと先生の顔を見つめていました。
先生は、どうしたものかと少し困っている様子でした。
杏平と視線が合うと、先生はちらりと目をそらしました。
杏平はそこに少し侮辱されたような気持ちを感じましたが、それでも配役が発表されるのを待ち続けました。

そのとき、チャイムが鳴り、みんなをその張り詰めた空気から救い出しました。
先生は、配役の決定を次の日まで待つことにしたのです。

校門を出てからも、杏平の自信は少しも揺らぎませんでした。
杏平は、自分の期待が裏切られるような経験をほとんどしたことがなかったので、そんなことが起きるなんて想像すらできなかったのです。
杏平はいつものように、自分の空想の世界へと浸り始めました。
彼は全身で空想の世界に入り込んでいきました。
腕を大きく振ってみたり、あらぬ方向をキッとにらみつけたりしました。
そして、気づくと手のひらが汗ばんでくるのでした。
杏平の空想は、お花畑のような夢物語ではなく、とても現実的でリアルなものでした。
彼は自分の手のひらでもって、その空想の感触を実際に確かめていくかのように歩いていくのでした。彼の目の前には、白衣を着たツルが立っていました。しかしそこは、観客がぎっしり埋まった学芸会の会場でした。
人々のどよめきが、彼の耳を打ちました。
ツルの着ている白衣は、物語に出てくるようなヴェールのように美しいものではありませんでした。
杏平はヴェールなんて見たことがなかったからです。
ツルは確かに美しかったです。
しかし、それは現実のツル以上のものではありませんでした。
ツルの声は、杏平の耳には心地よく響きました。

杏平が道端の草むらの中で、黄色く熟した梅の実を見つけたとき、彼の空想はふっと消えました。
見上げると、梅の実をたたき落されたあとの梅の老木が、杏平の上に大きな枝をいっぱいに広げていました。

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