するとお坊さんは、口からブクブクと泡を吹いて、そのまま気を失って倒れてしまったのです!ようやくお兼(おかね)が足をはずしてあげると、お坊さんはもうヘトヘトのフラフラでした。お兼は水をぶっかけたりして、やっとのことでお坊さんを生き返らせました。
その頃、東の国から京都を守るお仕事(大番役)のためにやってきた武士たちが、お昼過ぎに海津(かいづ)の港に泊まりました。
武士たちは、乗ってきた馬たちの脚を休めるために、琵琶湖の水で冷やしてあげていました。
すると、その中の一頭のとても気の荒い馬が、何かに驚いたのか、手綱(たづな)を持っていた男の手を振り切って、猛烈な勢いで走り出したのです!
たくさんの男たちが「待てー!」と追いかけましたが、とても太刀打ちできません。
中には、引きずられている綱に必死にしがみつく者もいましたが、みんな跳ね飛ばされてしまいました。
ちょうどそこへ、お兼が通りかかりました。
彼女は背の高い「あしだ(高下駄)」を履いていましたが、自分の横を駆け抜けようとする馬の綱の端っこを、あしだで「ムズッ!」と踏みつけました。
すると、あんなに勢いよく走っていた馬が、ガクンと止まって動けなくなってしまったのです!
それを見た人々は、「おい、見たか!」「なんて力だ!」と目を丸くして驚きました。
さすがのお兼も力を込めたので、履いていたあしだは砂地の中に、足首のあたりまでズボッ!と埋まっていました。
これをきっかけに、お兼の怪力は世の中に知れ渡ることになったのです。
お兼はいつも、「男が五、六人集まったって、私をどうにかすることなんてできませんよ」と言っていました。
実際、五本の指それぞれに、強度の高い弓を一張りずつ持たせて引かせたこともあるそうです。
弓というのは、普通は二人や三人がかりで引くほど硬いものもありますから、指一本でそれをやってのけるなんて、とんでもない力だったのですね。
四
昔、美濃の国(今の岐阜県)の小川の市(いち)という場所に、とても力の強い女の人がいました。
体つきも普通の人とは比べものにならないほど大きく、「百人力」と言われていました。
あだ名は「美濃狐(みのぎつね)」です。
なんでも、四代前のご先祖様がキツネと結婚したという言い伝えがあったそうです。
キツネと怪力はあまり関係がなさそうですが、キツネの荒っぽい性格を受け継いだのか、今の時代の「悪いグループの親分」のように、商人たちをいじめては、色々な品物を力ずくで奪い取っていました。
ところが同じ頃、尾張の国(今の愛知県)の片輪(かたわ)という村にも、力の強い女の人がいました。
この人は、美濃狐とは反対に、とても小柄で華奢な女性でした。
実はこの人、あの有名な怪力のお坊さん「道場法師(どうじょうほうし)」の孫にあたる人だったのです。
この尾張の女性は、美濃狐の悪い噂を聞いて、「一度こらしめてやろう」と考えました。
そこで、ハマグリと、熊葛(くまつづら)という植物で作った「ねり皮(丈夫な革のムチのようなもの)」を船に積んで、小川の市へとやってきました。
よその土地から来た新顔の商人をいじめるのは、昔も今も悪い顔役のやり口です。
美濃狐はさっそく尾張の女性の船に乗り込むと、ハマグリを無理やり押さえつけて言いました。
「おい、お前はどこのどいつだ。誰の許しをもらってここで商売をしているんだ!」
尾張の女性は最初は黙っていましたが、四回目にしつこく聞かれたとき、「どこから来たかなんて、大きなお世話ですよ」と言い返しました。
すると美濃狐が怒って、尾張の女性を殴ろうと手を振り上げました。
その瞬間、尾張の女性はその手をパッと捕まえると、用意していたねり皮で美濃狐をバシッ!と打ち据えました。
その力があまりにも強かったので、なんと、ねり皮に美濃狐の肉がくっついてくるほどでした。
何度も何度も打ち据えるたびに、肉が剥がれ落ちるほどの威力です。
さすがの美濃狐も、これには参ってしまい、「ごめんなさい! 許してください!」と泣いて謝りました。
尾張の女性は、「これからは二度と商人たちを困らせるんじゃないよ」と厳しく言い聞かせて、許してあげました。
それからというもの、美濃狐は二度と市に姿を見せなくなったので、町の人たちはみんな大喜びして、平和に商売ができるようになりました。
この尾張の女性は、そんなすごい力を持っているとは思えないほど、姿形は「ねり糸」のようにしなやかで上品でした。
彼女はその土地の「大領(郡長さん)」の奥様だったのです。
あるとき、彼女は旦那さんのために、麻の布を織って、素敵な着物に仕立ててあげました。
それは今でいう最高級の布のように、しなやかで、とっても品のある着物でした。
ところが、旦那さんがその着物を着て、国司(今の知事のような役人)の役所へ行くと、それを見た国司が欲しくなってしまったのです。
「その着物をわしに寄こせ。お前のような者が着るにはもったいない!」
国司は無理やり着物を取り上げてしまい、返してくれませんでした。
五
旦那さんが家に帰ってくると、今朝着せてあげた着物を着ていません。
妻である尾張の女性が理由を尋ねると、「国司様に巻き上げられてしまったんだ……」と言います。
妻は「あなたは、あの着物を心から惜しい(返してほしい)と思いますか?」と聞きました。
旦那さんが「ああ、本当に惜しいと思っているよ」と答えると、尾張の女性は翌日、さっそく国府(役所)へ出かけていきました。
そして国司に面会を求め、「着物を返してください」と言いました。
しかし国司は「うるさい女だ、追い出せ!」と部下たちに命じました。
大勢の役人たちが寄ってたかって彼女を連れ出そうとしましたが、彼女はビクとも動きません。
それどころか、あっという間に役人たちを跳ね除けると、国司に詰め寄り、片手で国司を引き倒しました!
そしてそのまま国司の体をズルズルと引きずって、役所の門の外まで連れ出してしまったのです。
国司は顔を真っ青にして、「返す! 返すから助けてくれー!」と悲鳴を上げました。
この女性は、硬い竹(呉竹)を糸のようにクシャクシャに絞り込めるほど、指の力が強かったのです。
ところが、こんなに強い女性でも、昔の「家」の決まりには勝てませんでした。
旦那さんの両親がこう言ったのです。
「国司様に乱暴を働くような女を妻にしていたら、お前の出世はもうおしまいだ。私たちにどんな迷惑がかかるかわからない。すぐに離婚しなさい!」
旦那さんはもともと気が弱かったようで、両親の言う通りに、すぐに彼女と離婚してしまいました。
尾張の女性は仕方がなく、故郷へ帰って暮らしていました。
あるとき、故郷を流れている川の岸辺へ行って、洗濯をしていました。
すると、ちょうど荷物を積んだ船が通りかかりました。
船に乗っていた男たちが、洗濯をしている彼女を見つけて、しつこくからかってきました。
あまりにもしつこいので、彼女はこう言いました。
「女だと思ってバカにしていると、ほっぺたをひっぱたきますよ!」すると船の人たちは、勝手気ままにいろいろな物を彼女に向かって投げつけてきました。
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