初級翻訳・大宇宙遠征隊 第16話

大宇宙遠征隊

どうして帰りにそんなに長い十年もかかるのかというと、隊員みんながムビウムという物質を採ったあとで、ひとつの場所に集まるのにもかなりの日数がかかるだろうし、いよいよそれを船に積みこむと、噴行艇(ふんこうてい)の荷物が重くなるため、帰りの道中は行きよりも時間がかかると予想されたからです。さらに、万が一なにかの故障があったときのことも考えて、十分に安全であるように、その十年のゆとりを持たせていたのでした。

さて、お話をもとに戻しましょう。
ここは司令艇の司令室です。
大竹(おおたけ)司令中将が、めがねをかけて書類をしらべているところへ、幕僚長(ばくりょうちょう)を先頭にして、何人もの幕僚たちが少し興奮した様子で部屋に入ってきました。
「司令、会議の時刻になりました」
と幕僚長が言うと、大竹司令はめがねをはずして、
「おお、もうそんな時刻になったか。今、例の火星世界の偵察報告を夢中になって読んでいたが、なかなか前途多難じゃのう」
と言って、司令のめがねは、火星世界の偵察報告が開かれたページの上に置かれました。
「はい、司令。そのことでございますが、実はたったいま、ちょっと気になる火星世界のニュースがまた一つ入ってきました」
と、幕僚長は手にしていた受信した紙を司令の前に出しました。

気になる火星世界のニュース?
いったい、それはどんなことだったのでしょう。
そしてそれは、今、月世界で怪物のグループにつかまって捕虜になっている風間三郎(かざまするお)少年や、木曾九万一(きそくいち)少年の身の上と、どんな関係があるのでしょうか。

中佐のおどろき

司令は、めがね越しに受信紙の上の文字を読み取っていきます。
その文は、次のようなものでした。

『偵察者213報告――火星人の月世界派遣隊から火星本国に向けて発せられた通信によると、その派遣隊は、地球人類の乗っている一隻の噴行艇が月世界に到着したのを見た。
また、その噴行艇の乗組員である二人の日本人を捕虜にして、ただいま取調べ中である。
なお、その噴行艇との間では、まだ戦いは始まっていない。』

司令である大竹中将の太い眉毛が、ぴくんと動きました。
「ふむ、これはただごとではないニュースだな。のう、幕僚長」
司令はそう言って、机の前に立っている幕僚長の顔を見上げました。
「はい、非常にとんでもないことでございます」
「月世界に火星人の先発隊が行っていたなどとは、わしは知らなかった。これは本当かね」
「はっ、月世界に不時着したアシビキ号に対し、ただいま連絡中でございますので、もう少しお待ちいただきたいと存じます。しかしこれまでの報告では、月世界は昔のままの誰もいない場所だと書かれておりました。もし偵察者213の報告が本当だとしたら、一大事であります」
「そうか。早くアシビキ号の辻(つじ)中佐を呼びだしてもらいたいものじゃ。二人の日本人が火星人につかまったというが、いったいどうやってつかまったのだろうか。そもそも、そいつは誰と誰なのだろうか、それも早く知りたいものだな」
「はっ、おっしゃる通りでございます」
「もし火星人と戦うようなことになれば、こっちは捕虜になっている者が二人もいるわけだから、かなりこっちは不利じゃのう」
「はっ、その通りでございます」
「辻中佐の度胸のすわり方については、わしだってよく知っているが、そういう不利な状態で、思いがけず火星人と月の上で戦うとなると、ずいぶんやりにくいだろうな」
司令は、辻中佐のことをかなり心配している様子です。

ああ、火星人!
火星人が、月の上で二人の日本人を捕虜にしたと言っていますが、そうすると、その日本人というのは、風間三郎少年と、その大親友である木曾九万一少年なのではないでしょうか。
きっと、それに間違いありません。
そうすると、二人の少年をとりかこんでいる、あの甲虫(こうちゅう)ともペンギン鳥ともつかない怪物こそが、ほかならぬ火星人なのです!

おお、なんて気味の悪い火星人の姿でしょう!
なぜ火星人は、まるで鳥のような形をしているのでしょうか。
ふくろうのような大きな目をピカッと光らせているのでしょうか。
なぜ、あんなに細い足をしているのでしょうか。
あの羽のようなものは、本当は羽なのでしょうか。
ひとつひとつ考えていくと、どれもこれも不思議に思えることばかりです。
いったい、火星には生き物が住んでいるらしいということはわかっていましたが、それがどんな形のものなのかは知られていませんでした。
だから今回、はじめて火星人の姿がわかったというわけです。
二人の少年こそが、はじめて火星人を見た地球の人間なのです。
もし今、二人の少年に対して「きみたちの目の前に立っている怪物こそが火星人なんだぞ」とこっそり耳打ちして教えてあげたとしても、彼らはきっとそれを信じないことでしょう。なぜならば、彼らは日頃から火星人もやはり地球の人間と同じように、手もあり足もあって、人間と同じ形をしているだろうと考えていたからである。
司令艇からは、すぐさまこのことが、月世界に不時着中のアシビキ号に向けて、無線によって知らされた。
この知らせをうけとった、アシビキ号の艇長・辻中佐のおどろきは、たいへん大きなものであった。
「おい、火星人がこの近くにいると、司令艇から知らせがあったのだ」
「ええっ、火星人がこの月世界に……」
「そうなんだ。
しかも、この火星人のために、日本人の少年が二人捕虜になっているというが、いったい誰と誰だろうか」
「日本人が二人? はてな、誰でしょうか。
では、すぐ点呼をしてみましょう」
「それがいい」
辻中佐の命令で、非常呼集が行われた。
乗組員一同は、なにごとであろうかとおどろいて、それぞれの仕事をそのままにして噴行艇の中にかけこんだ。
点呼が行われた。
たしかに二人足りない。
それはもちろん、風間少年と木曾少年の二人であった。
「ふーむ、船の雑用をする少年二名が、火星人の捕虜になったのか。こいつは厄介なことが出来たぞ」
艇長の辻中佐は、心配そうな顔つきで一同の前に立ち、アシビキ号の乗組員たちに対して、司令艇から通知のあった様子をはじめて知らせたのであった。
「なに、火星人がこの月世界にいたのですか。
それは意外だな」
「アシビキ号が不時着して修理しているところをねらって、火星人は一暴れするつもりだな」
乗組員たちは、拳を固めて噴行艇の外をにらみつけた。

斥候隊の行方

火星人がアシビキ号の乗組員に対してどんな気持ちをもっているか、それはぜひとも早く知りたいことだった。
だが、辻中佐をはじめ乗組員の中には、今のところ、火星人の本当の気持ちを知っている者はただの一人もいなかった。
しかし、二人の少年を捕虜にしたという話なのだから、一応これは、火星人が地球の人間に対して敵意をもっているものと思って警戒したほうがよいであろう。
そう思った辻中佐は、総員に対して一時噴行艇の修理を中止するように命令し、火星人に対する警戒陣をしかせたのだった。
一同はそれぞれ武器をもって立ち上がった。
決死の斥候隊が五隊編成され、直ちに噴行艇を出発した。
それは、二人の少年と火星人の居場所をつきとめるためだった。

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