初級翻訳・大金塊 第15話

大金塊

「やっぱり、そうかもしれない。
ああ、きっとそうだ。
もしそうでないとしたら、ここに秘密の通路があるわけがない。
この女性はあんなに美しい顔をしているけれど、秘密の出入り口の場所をちゃっかり知っているんだ。
この部屋に住んでいて、それを知らないはずがない。
それに、悪党のボスは、なぜ手下の前でも顔を隠しているのだろう?
それには何か深いわけがあるにちがいない。
そうだ!
悪党のボスというのは、この女性なんだ。
女だからこそ、あんなに用心深く顔を隠しているんだ。
そういえば、きのうボスの声を聞いたとき、なんだかつくり声のような気がした。
細い声を無理に太くしているような感じがしたっけ。
そうだ!
あそこで眠っている、あの美しい女性こそが、悪党のボスなのだ!」

小林君はそこまで考えると、まるで本物のお化けでも見ているような、なんとも言えない恐ろしさに、背中がゾクゾクと寒くなってきました。
ヒゲもじゃの大男なんかだったら、かえってここまで怖くはなかったでしょうが、あのおそろしい大悪人が、こんな美しい女性だったのかと思うと、心の底からゾッとせずにはいられませんでした。
そう思って見直してみると、その女性の顔は美しいことは美しいのですが、決して優しい顔ではありません。
なんだか男性でもかなわないような、恐ろしい企み事をしそうな、すごみのある美しさなのです。
小林君はふと、むかし本で読んだ西洋の女泥棒の写真を思い出しました。
その女泥棒は美しい顔をしていながら、何人もの男性を毒薬で殺したり、変装をしたり、宝石を盗んだりするいろんな悪事を働き、しまいにはとうとう死刑になったのですが、今ベッドに寝ている女性の顔は、その女泥棒とどこか似ているのです。
じっと見つめれば見つめすぎるほど、その女性の寝顔が恐ろしく見えてきました。
美しすぎるからこそ、なおさら怖いのです。
美しい顔がこんなにも恐ろしく見えるものだということを、小林君は今の今まで知りませんでした。

ところが、そんなことを夢中になって考えているうちに、小林君は大変な大失敗をしてしまいました。
カーテンをつかんでいた手が、知らず知らずのうちに動いてしまったのです。
そして、カーテンを通している金の輪が、「チーン」と音を立てて鳴ってしまいました。
はっとして体を縮こまらせましたが、もう手遅れでした。
その小さな物音に、ベッドの女性はたちまち目を覚まし、びっくりしたような顔を上げてこちらを見ました。

【ふたつのなぞ】

小林君は逃げ腰になりながら、胸をドキドキさせ、カーテンのすきまをできるだけ細くして、なおも部屋の中をのぞき見ました。
女性はベッドの上に起きなおり、ヒョウのようにキラキラと光る目で部屋の中を見まわしましたが、
「おや、今のは夢だったのかしら。なんだか変な音がしたと思ったけれど……」
と、ひとりごとをつぶやきました。
小林君は石のように体を固くし、息の音さえ立てないようにしていたので、カーテンのうしろに人が隠れているとは気づいていないようです。
それでも、なんとなく心配になったのか、女性はベッドから降りて反対側の入り口の方へ歩いていき、ドアのノブに手をかけて動かしてみましたが、そこには裏側から鍵がかかっているらしく、開く様子もありません。
女性はそれを確かめると、安心したようにうなずきました。
しかし、こんどは急いで部屋の一方の壁ぎわにある立派な化粧台の前に近づき、その上にならんでいるいろいろな化粧品の中から、大きめのクリームの容器を手に取って、そのフタを開けました。
小林君は、「こんな真夜中にお化粧を始めるのかしら?」と、びっくりしながらその様子を見ていましたが、女性は別にお化粧をするわけでもなく、クリームの容器に元どおりフタをして、また化粧台の上に戻したのです。そしてこんどは、小林君のかくれているカーテンのほうにむきなおって、そろそろと近づいてくるのです。
まさか秘密の通路から人がくるはずはないけれど、ねんのためにしらべておこうというような顔つきです。
小林君は、ハッとして身がまえました。
もうぐずぐずしてはいられません。
ここで見つかったら、せっかくの苦心が何もかもだめになってしまうのです。
そこで、音をたてないように、すばやく、もとの小部屋にはいり、さかいの戸をそっとしめて、れいのマンホールのような板を持ちあげると、鉄ばしごをつたって穴の中へ逃げこんでしまいました。
そして、しばらく聞き耳をたてていましたが、女はカーテンを開いてみただけで安心したのでしょう、小部屋の中へはいってくるようすはありません。
うまいぐあいに、相手にさとられないで、逃げだすことができたのです。
「これだけ見とどけておけば、今夜はもうじゅうぶんだ。
ぐずぐずしていて、部屋のやつらが起きてきてはたいへんだから、早く牢へ帰ることにしよう。」

小林君はそう思って、急いで鉄ばしごをおり、地下室の首領の部屋にもどりました。
そのとちゅうの秘密戸は、みな、もとのとおりにしめておいたのです。
それから、懐中電灯を、部下の寝ている部屋に返しておいて、急いで牢に帰り、鉄ごうしの戸にももとのようにかぎをかけて、そのまま、わらのベッドに横になりました。
「ふふん、うまくいったぞ。
ぼくが、あれだけ歩きまわっているのに、だれも気がつかないなんて、賊のやつらものんきなもんだなあ。
でも、首領が女だなんて、ほんとうに思いもよらなかった。
あんなきれいなおばさんが大どろぼうとは、おどろいたなあ。」

小林君はあおむけに寝ころんだまま、しばらくは、いま見てきた女首領のことばかり思いだしていましたが、そのうちに考えが、だんだんかんじんな点にむいていきました。
「だが、暗号文のかくし場所が見つからなかったのはざんねんだなあ。
きっとあの女首領の寝室の中にかくしてあるにちがいないんだが……。」
小林君はくらい天井を見つめて、しばらくのあいだ、じっとしていました。
すると、とつぜん、頭の中にピカッといなずまでもさしたように、すばらしい考えがひらめいたのです。
「ああ、そうだ。
そうにちがいない。
わかったぞ。
暗号文のかくし場所がわかったぞ、ああ、なんてきばつなかくし場所なんだろう。
ぼくはあのとき、それに気がつかないなんて、よっぽどどうかしていたんだ。」

小林君はうれしまぎれに、思わずわらのベッドの上にすわってしまいました。
そして、胸をわくわくさせながら、その暗号文を取りかえすことを考えました。
「首領のるすのときを考えて、もう一度あの部屋にしのびこめばいいんだ。
そして、暗号文を手に入れて、この地下室を逃げだせばいいんだ。
暗号文を持ってぶじに明智先生のところへもどったら、先生、どんなにほめてくださるだろうなあ。
きっとにこにこして、さすがに小林君だって、おっしゃるにちがいない。」
それを思うと、もう、うれしくてしかたがないのでした。
「だが、待てよ。
暗号文は手に入れても、この地下室を逃げだせなかったら、なんにもならないぞ。
夜中に、みんなの寝ているすきに逃げるにしても、きっと、ひとりぐらいは寝ずの番がいるにちがいない。

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