陶器が割れたような自分の声が、いつもと少しも変わっていなかったので、「なんだ、やっぱりもう大丈夫だ!」と胸をなで下ろしました。
むさくるしい部屋の中がまだ薄暗いところを見ると、朝はまだ早いようです。
一日中ちっとも太陽の当たらない、まるで穴ぐらのような場所ですが、彼にとっては障子を透した明るさが時計の代わりになっていました。
奥に続いた台所の土間では、今日もばあさんが亭主と喧嘩をしているらしく、何かをトゲトゲしい声で怒鳴りながらかまどに火をくべていました。
土間にいっぱいに立ち込めた煙が、オンドルの紙が破れたところや、障子の穴、壁の割れ目などから、もやもやと部屋の中に入ってきます。
彼は息が詰まりそうになって、二、三度苦しそうに咳をしました。そして、顔を険しくゆがめたまま、不機嫌そうな顔でじーっとその桃の枝を見つめました。
花はすっかり落ちてしまい、枝の先も折れて、見る影もないほど泥に汚れていました。「触らぬ神にたたりなし」と、どんな男からも恐れられていた玄竜(げんりゅう)でしたが、これだけのくだらない夢を見せられては、一体どういうことだとなんだか急に腹が立ってきました。
無残にボロボロになった桃の枝の姿が、まるで今の自分の姿そのもののようです。
すると、昨夜出会った花売りのおじさんの悲しそうな姿がハッキリと思い浮かび、両手をバタバタと振りながら、絶望して叫んでいる声が聞こえてきました。
「どうしてみんな笑うんだ、笑うでねぇ、わしはもうダメになるんだ。笑うでねぇ!」
部屋の中は、まるで煙幕(えんまく)を張られたように真っ白でした。
玄竜は、そんな絶望的な声から逃げ出そうとして、急に頭を腕で抱え込み、自分の耳をぎゅっとふさぎました。
そして、その場にごろっと倒れ込んで、苦しそうにもだえ苦しみました。
そうだ、僕だってもういっそダメになってやる! 鐘路四辻(しょうろよつじ/大きな交差点)の真ん中で、自動車と電車の間に挟まって、まるで爆弾みたいにパーンと飛び散って死んでやるぞ! 実は彼は昨夜から、自分の「死に方」のことばかりを考えていたのです。
死ぬなら、やっぱり交通事故に限る。
大通りの真ん中で、めちゃくちゃにグロテスクに死んでこそ、最高の仕返しができるんだと思い込んでいたのです。
だからこそ、僕もこれで思い残すことなく成仏できるぞ。
するとその時、部屋の中が真っ暗になり、天井と言わず、壁と言わず、床(オンドル)の底と言わず、あらゆるところから、自分のボロボロの姿をバカにする群衆の笑い声が「わっはは!」と沸き起こりました。
彼はもう耐えきれなくなって、それを追い払うようにガバッと跳ね起き、
「僕は死にやしない、死にやしないぞ!」と、まるで悪魔のように叫びました。
まるで激しい戦いでもしているかのように、両手をめちゃくちゃに振り回しながら、すっかり慌てふためいてしまいました。
もう煙で目は見えなくなり、息をするのも苦しいほどです。
彼はついに正気ではなくなり、グルグルと床の上を這い回りはじめましたが、その膝がガタガタとブルブル震えていました。
「わっはは、わっはは」という笑い声が彼の進む道をふさぎ、さらにあちこちから赤い炎がメラメラと燃え上がりながら迫ってきます。
恐ろしい幻覚に襲われてしまったのです。
いよいよ恐怖のどん底に突き落とされた彼は、何かを叫びながら、出口を求めて部屋中を暴れ回りました。
おばあさんは「この気違い男はまたどうしたんだい」と戸口の方へやって来て、ブルブルと震え出しました。
でも、ちょうど都合よく、彼の逃げ回る体が障子戸にドスンとぶつかったため、いきなり外の明るい地面へと放り出されてしまいました。
おばあさんは「キャッ!」と叫んで飛び退きました。
少しは息苦しさも和らぎ、しばらく地面に倒れているうちに、恐ろしい幻覚もだんだんとおさまり、彼はただボーッとした状態で、大きな目をギョロギョロとさせていました。
空では、雲が激しく流れていました。
その時、約束通りに女性詩人の文素玉(ムン・ソオクさわやかな身なりで現れました。
彼女はその光景を見て驚いて立ち止まりましたが、すぐに大げさに手を叩いて腰をゆすりながら「キャーキャー」と声を上げて笑ってから、
「おやおや、どうなさったんですの?」
と、駆け寄ってきました。
けれど玄竜は、まるで気がふれてしまったかのように、ただジロジロと彼女を物珍しそうに見上げるだけでした。
おばあさんは「気味が悪いことだよ」と言わんばかりにブツブツとつぶやきながら、台所の方へ消えていきました。
文素玉は一人取り残されて困ってしまいましたが、ようやく気を取り直して、全身の力をふりしぼって彼を抱き起こしました。
彼は昨夜、泥酔して帰ってきたままで床にうつ伏せになり、「おーおー」と泣いているうちに寝てしまったので、スーツ(洋服)を着たままでした。
女性詩人は彼の洋服についたホコリをパタパタとはたきながら、「いったいどうしちゃったんですの?」と言いました。
「ねえ、玄竜さん、今日はまた何か素晴らしいインスピレーション(霊感)でも得たのかしら。早く行きましょうよ、もうすぐ時間になってしまいますわよ」
玄竜はまるでアホの子のように座り込んだまま、気味の悪いニヤニヤとした笑いを浮かべているだけでしたが、その時ほんの少しだけ意識のかけらがピカッと閃いたのでしょうか、不思議そうに首を長くして問い返しました。
「何が?」
「あらまあ」彼女は玄竜の顔つきにびっくりして一歩後ろへ下がり、もじもじしました。
「……今日は祭日じゃありませんこと、神社へ行きますのよ」
「神社?」
彼は何かすごく大げさで面倒くさいことでも思い出すかのように、やり返しました。
「……そうよ」
すると玄竜は、急にどうしたことか「ケッ、ケッ、ケッ」と笑い出しました。
「神社」という言葉が、彼には急に腹立たしく思えたのです。
神社の神様なんて「日本人(内地人)の神様だ」と誰も拝みに行かなかった頃、率先して日本人の群れに混ざり、神社の前でペコペコと頭を下げた当初の彼は、本当に重要な人物扱いで、頭の後ろに光(後光)さえ差しているような様々な役職も持っていました。
けれど今は、もう昔のようではありません。
むしろ、その他大勢の朝鮮人たちが「神社へ、神社へ」と雲のように群がっていく姿が、憎くて仕方がなかったのです。
文素玉は身の毛がよだつほどゾッとして体を縮こまらせると、
「行ってきますわ」
とかすかに一言だけ言い捨てて、命からがら逃げ出していきました。
それを見て玄竜は、気味の悪い笑い声をケラケラと立ててバカにしましたが、ハッと驚いたようにスッと立ち上がりました。
空はますますどんよりと曇り、雲が北へ北へと猛烈な勢いで押し寄せていきます。
彼はとっさに、文素玉の温かくもしっとりとした体に対する激しい欲情にかられ、「これは今すぐ捕まえなければならないぞ!」と考えたのです。
その足ですぐに、彼は慌てて崩れかかりそうなボロい門をくぐり、庭へと飛び出しました。
初級翻訳・天馬 第14話
天馬
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