本当のところ、玄竜はもっともらしい愛国主義という綺麗ごとの裏に隠れて、朝鮮語で作品を書くことどころか、その言葉が存在すること自体を政治への無言の反逆だとデタラメを言いふらして告発するような男の一人だった。
だからこそ、たとえ純粋な文化活動であっても、朝鮮という特殊な事情のもとでは、その本来の芸術精神までが何でも政治的な意味を含んでいるとみなされ、お役所から勘違いされやすいと言えば言えた。
特に時節柄、そうした警戒や恐れはなおいっそう強かったはずである。
玄竜はそこに付け込んで、愛国主義を大げさにふりかざし、人々を売り渡しながら幅を利かせていたのだ。
そのせいで、いったいどれほど多くの罪のない人々が、不安や焦り、そして苦しみのどん底へと突き落とされたことだろう。
実際、あのときの集まりは、玄竜の一派がまき散らす言葉や考え方に対する批判の会合だったのである。
そのとき玄竜は、体をのけぞらせて相手を心からバカにしたように、
「朝鮮語だって?」
と一言であしらい、冷笑したのだった。
その態度に、ついに李明植(イ・ミョンシク)は怒りを爆発させ、近くにあった皿をつかみ取って投げつけた。
会場は一気に騒然となった。
だが玄竜は、頭を打たれてあおむけに倒れた後も、まるでふてくされたかのようにケラケラと笑い続け、結局李明植は傷害の罪で警察に連行されたということは、すでに皆さんもご存じの通りである。
その事件の後、玄竜は会場を飛び出すと、一人で新町の遊郭へと繰り出し、どこかの安い銘酒屋でウイスキーを何杯もあおっては、そのままの勢いで売春宿の門をくぐったものだった。
彼はそのときのことをふと思い出すと、なぜだか急に恥ずかしような、おかしいような気持ちになり、くすりと笑ってしまった。
そして、その気まずさをかき消そうとするかのように、慌てて立ち上がりかけた。
「今、何時頃かしら」
「まあ、そんなに急がなくてもいいじゃありませんの。本当にせっかちなんだから」と言いながら、文素玉(ムン・ソオク)はちらっと腕時計に目をやった。
「まだ六時前ですわよ。
ねえ、早くコーヒーを持ってきてってば」
「じゃあ、ついでにトーストも頼もうかな」と言いながら、その言葉に引き込まれるように、玄竜は再び席に腰を下ろした。
「……それでね。
とにかく雑誌社の社長である大村君がわざわざ直接やって来たものだから、とうとう私も負けて原稿を書いてあげたんだよ。
そしたらあの男、すっかり大喜びしちゃって私を引っ張り出し、ぐでんぐでんに酔っぱらわせた挙句、あのノイエ・シュタットっていうお店に連れ込んだんだ。
ところがそれがね、メロンみたいに頬が黄色い女だったのさ……」
玄竜は、「メロンのように」という自分の表現がとても官能的で気に入ったらしく、自分で自分にすっかり酔いしれながら、もう一度それを繰り返して強調した。
「メロンのように、ね」
さすがの女流詩人も、彼が平然とそんな場所に行ってきたという意味をやっと理解したとみえ、思わず顔を赤らめた。だが、ここで自分が戸惑っている様子を見せたら安っぽく思われてしまうと考え直し、「そんなこと、もうとっくによく知っているわよ」と言わんばかりの調子でこう応じたのである。
「よかったじゃありませんの……素敵だわ。
でも、玄さんをお寺に入れるなんて言っているあの人が、よくまあそんな所へあなたを連れて行ったりしましたね」
「だからだよ」と、小説家は顔の筋肉をひきつらせ、慌てたように大声を上げた。
「だからお役人たちの考えることはさっぱり分からないって言うんだ。
一種の気まぐれなのさ。
要するに大村君は、この私のことがまだ分かっていないんだよ。
つまり、並外れた芸術家の魂というものがね」
「そうよねえ」と女流詩人はどこか物寂しそうにうなずき、それから急におほほほ、と笑い声を上げた。
「いや、笑いごとじゃないんだよ。
ランボーやボードレールが、普通の俗人たちからどれほど非難されたか、少しでも思い出してごらんよ」玄竜はますます調子に乗り、熱を込めて大きく手を振り上げた。
「朝鮮の芸術家、それはなんと不幸な存在なのだろう。
自然は荒れ果て、民衆は無知であり、インテリたちもまた芸術の高貴さを理解していない。
私はここで、ゴーゴリがペテルブルグの画家たちに対して抱いた嘆きを思い出さずにはいられない。
何もかもが鈍く重苦しく、喜びもなく、朝鮮の芸術家を大切にしてくれる人なんて一人もいないんだ。
ただ捨てられたゴミ屑の中で、もがき苦しんでいるだけなのさ。
私もまた、そのゴミ屑の中に掃き出された一人の犠牲者というわけさ。
確かに私は、誰よりも大村君と親しくしてきたし、どんなことだって相談し合ってきた。
だが、今になって彼はこの私に向かって、お寺へ行って座禅でも組んでこいと言うんだ。
彼のそう言った気持ちも分からないわけではないがね、しかしそんなことをするのは、芸術家にとっては自殺を意味するんだよ。
お坊さんになるなんてね。
だがまあ、いいさ。私にも考えがあって、『分かりました』と言ったのさ。
ボードレールだって、詩の中で『ああ、静けさよ、静けさよ』と憧れたじゃないか」
そう締めくくりながらも、口元に笑みを浮かべた彼の顔は、まるで奇妙な発作でも起きたかのようにブルブルと震えていた。
「それって、一種の保護観察みたいなものなのね。思想犯というわけじゃないけれど……」
「そうなんだよ」と、彼はまるで泣き顔をつくるように顔をしかめながら、か細い声をしぼり出した。
「私は明後日までにお坊さんになって、お寺に行かなきゃならないんだ」
そこで彼はぶるっと身震いをし、前のめりになってテーブルに乗り出した。
「ところがね、実に素晴らしいことに、東京の作家で私の大親友でもある田中君が、この京城(けいじょう)にやってきているんだよ」どうしても会いたかったものだから、さっき朝鮮ホテルまで行ってきたんだ。でも時間が遅すぎたせいで、彼は待ちくたびれて大村くんたちと一緒にどこかへ出かけちまったらしいんだよ。あまりにもかわいそうだから、今から俺が探しにいこうとしているところなのさ。
どうだい、君にも紹介してあげようか? 朝鮮のジョルジュ・サンドとして、そして僕の大切な恋人としてさ……」
「…………」
女性詩人は目をパチリと閉じ、うっとりとした笑みを浮かべた。
彼女は、これから若い大学生と待ち合わせの約束をしていたことなんて、すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
「ほんと? うれしいわ、ぜひ紹介してちょうだい!」
「それじゃあ決まりだな」
玄竜はじっと彼女の笑顔を見つめていたが、その瞬間、心の中で「よし、今夜は久しぶりにこの女を連れて帰るぞ」と密かに決心した。
「これをきいたら、田中くんの妹さんが焼きもちを焼くかもしれないな、へへへ」
「あらそうなの? 東京の恋人って、その人の妹さんなの? おほほ、なんだか面白そうね」
「そうなんだよ、そうなんだよ!」
玄竜は「しめた!」と言わばかりに、いかにも楽しそうに声を張り上げた。
「僕が東京を離れるとき、彼女が後を追いかけてくるって言って大変だったんだから。
初級翻訳・天馬 第5話
天馬
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