柳の枝は
私の興奮した顔をなでる夜風のほどに
ただいそいそと足取りも暗く
薄青いガラスの灯影とまた闇の中に別れ
私のからっぽの空いた手は
もうあの柔らかい手を握りしめている
あの心をきゅうきゅう、ぎゅっと捉えている
友情 ――十一月
ゴールデンバット(たばこ)を吸いながら
僕は日暮れ方の倉庫街を思い出した
赤く金をかすめたちぎれ雲が
空いっぱいに光っている
一群の屋根の草は同じ色に染まって光っている
川沿いの倉庫は一列になって
掘割りの水深くに落ちている
その水はいつも流れず
いつも淀まず
胸もあらわにさらけ出して
冷たい嘆きを映している
僕はそのあと二か月の間
死に物狂いで心をむち打った
襲い来る薄肌の寒さに
常に氷の夢をつくった
日陰の鳥は羽ばたきして
つらい牢屋の夢をつくった
今こそ僕の肉体は
激しい熱を病んでいる
肌身離さず、ある人の肉体を
常に恋い慕って震えている
常にせき上げる慕い泣く声を
肌に耳をあてて聞いている
ここに本当の愛があった
いつも流れず
いつも淀まず
胸もあらわにさらけ出して
互いに激しい熱にふれあう愛があった
日の子 ――十二月十二日
※
僕はこれが美しいと一生言えないかもしれない
愛するものも愛すると言えなくてしまいかもしれない
ありがたいということも、ありがたいと言えなくてしまいかもしれない
それで僕の一生が終わるかもしれない
※
あぁ、しかし見えた、見えた
空中の美しい光が
あれあれ誕生だ、産声だ
石も動く
木もものを言う
死に顔をした月に紅がさして
日になる、日になる!
目をくりくりさせる
鳥がさえずる
木がものを言う
闇を吹き消す
世界が新しくなる
※
あれあれ
光が増えていく、力が増していく
ふらふら昇って
落ちそうで落ちない
日は空中を昇っていく
だんだん呼吸をはずませて
勢い込んで昇っていく
※
あぁ、この中に我が愛しい子よ
あぁ、この中に我が愛しい子よ
お前はまじまじと何を見ているのか
お前はおどおど何を怖がっているのか
自然はいつでもいちゃついている
自然はいつでもとりとめなく生きていく
けれどもそこに真の彼(神や真理)がいるのだ
それに逆らって泣いていてはいけない
泣き顔のまま進んでいけ
泣き涙でもよい、進んでいけ
恐怖を喜びに変えて胸を踊らせろ
深く深く自然を愛しながら進め
ますます勇気を振り起こして進め
お前は日の子だ
冬が来ても決してじけない
科学もいいもので、文明もいいものだ
自然はいつでも度量が大きく
いつでも機嫌よくわけてくれる
自然は人間を可愛がっている
分け隔てなく誰へも彼へもわけてくれる
決して「自然を僕らが征服する」などと大きな口をきくな
そんなことを言うから人間は堕落する
自分で自分の舌を噛んでいる
長い間、長い間怖い夢を見て暮らしている
悲しくつらいところをたどっている
※
私の愛しい子よ
日の子の一人よ
人間はみな堕落して
暗い嘆きの根を地におろしている
またそれだけ枝葉を高く茂らせている
しみじみと曲がりくねって生きている
恐ろしい夢にうなされながら
地獄の鐘を叩いている
※
それだけ闇を吹き消す愛がいるのだ
それだけ愛の清水が湧かねばならない
闇の業火を清めなければならない
早く出れば出るほどよく
早くほとばしればほとばしるほどよい
強く光って、いやな光を吹き消すのだ
お前の力で、お前の命から
強く激しい白光を放すのだ
※
それがライフ(命)の力だ
お前の愛の力だ
どこまで行っても果てしなく光れ
世界は決して暗くない
ただ人々の光が足りないのだ
お前は日の子だ
自然児だ
また文明児だ
自然が血をわけて育てたいとおしい子だ
隠し子だ
自然を愛するものに
自然はどこまでも力をくれる
味わっても味わい切れないほど
深い命をくれる
本当の力を感じ
本当の涙を流し
本当の底に突き当たり
本当の命に生きろ
そのほかにお前に言うことは何もない
沈黙だ
太陽崇拝
来るべき詩人よ、来るべき雄弁者よ
ウォルト・ホイットマン
大正二年作
ボヘミアンの歌 ――七月八日
嵐は過ぎた
洪水は過ぎた
ただ流れていくのは川の泥水ばかりだ
土手(どて)の柳の木は
澄んだしずくをたらしている
砂は踏むたびにぐさりぐさりとつぶやく
土手の首根っこまでだぶりだぶりと浸して流れる大河
だぶりだぶりと両側の岸を浸して
流れる大河
おぉ、この空に高く飛ぶツバメの群れよ
どこをさして行くとも知れないツバメの群れよ
僕は君たちを見ると親しい憧れを感じる
そのぺちゃくちゃおしゃべり交わして行く声を聞くと
ついおかしくなって笑い出してしまえばいい
自分はボヘミアンだ
だけど人生の底から根ざしている愛がある
果てしない際涯(さいがい)は自分のラバー(恋人)だ
昨日のあの嵐の名残りで白く崩れる
河口の波は
人影もないそのあたりのアシの茂みは
愛するものの眠っている楽しいところだ
自分はそこに隠れ家を見出す
おぉ、川尻よ
限りもなくつづいている砂原であれ
おぉ、そこから見える海よ
限りもなく広い、休みのない動揺であれ
自分はそのまだ見ぬところに
小躍りしながら進む
嵐のあとの、誰も踏まない土手の上の
はにかむようなあたりの景色に溺れながら
だぶりだぶりと鳴る響きのよい
水音を聞きながら
あらし ――七月十九日
誰も感じない
このボヘミアンの心
すぐれた飢えを感じながら
歩くのである
吹き募る夜明け方の嵐に
自分は涙を感じる
まわりの林が狂乱しているからだ
頭ごなしにざわだって
西と東に吹き回されるからだ
自分はこの涙ある力を
いっぱいに感じながら
歩いて行くのである
すぐれた飢えを感じながら
歩いて行くのである
自分のものにする女に送る歌 ――七月二十一日
私はきみを恋している
なぜだか知らないけれど
自分はきみに引き付けられるのを感じる
きみはバカだ
盲目である
だけどきみには純な魂がある
きみは自分でそれを知らない
きみはこうして滅びてしまうのである
もっと生かすべきものを生かさないで
お墓のまわりの草のように
いつか花をしぼませ
幹はかたくなり
年老いた女の乳房のように
かたい実を結んで終わってしまうのである
自分はこうしてきみを軽蔑している
自分の目に見える美しい魂から
きみのこの後の一生を見通すのである
そしてそれに、今、たとえようのない生の二つの道を考えるのである
自分の愛はこうしてきみが貧しく生きることを許さない
自分はもっと燃えるべきことを欲している
自分はそれだけきみのとろけるような肉体に
体感的な愛に燃えている
このように自分を動かすきみに
力強い引き付けられる力を感じる
きみはどうだか知らないけれど
きみは自分に深いものを与えている
自分のなすことに一々きみの裏書きがある
焼き印がある
背中合わせのようにこの年月を過ごしたので
きみがこれほど自分に深かったとは知るまいが
これほど深いものが他にどこにあろう
自分はこれをむざむざ埋めてしまって平気でいられるだろうか
世界はこうして平面的だ
広い原野に日がひとつ
ぽかりと白く光っている
ただそれのみだ
声がない
自分のきみを慕う心は
このような沈黙には耐えられない
自分は眠っても体内の血はめぐっている
自分は死んでもその血は滞っていない
すべては血なのだ
自分はこの血の何もなさことに耐えられない
血は「やれやれやれ」と
血管をけいれん的にめぐっているのだ
「ぶつかれ、ぶつかれ、ぶつかれ」と
めぐっているのだ
あぁ、この血よ、この血よ
純粋なもののうちで最も純粋なものよ
自分はきみにぶつかって
この血を愛の肥料にしようと思う
あぁ、我が胸に潜む黄金の十字架は
こうしてきみの胸の中で明らかなものになる
あぁ、十字架を感じる
きみの胸の中に、である
千百人の美しい子供の魂を集めて
それをきみの母乳で育ててやる微妙な光や気は
きみの胸の中で生きているのだ
このようにきみを深く見抜いた人はどこにいる
世界中を探しても
このように洞察できた聖者はどこにいる
神罰を恐れよ
きみよ
この深い人間の根に従え
原始時代の人間の根に従え
原始時代の人間から将来の人間に至るまでも
深く人類に根ざしているこの地下層の清水を飲め
こうしてきみは幸せなのだ
あらゆるきみのこじれた心が潤うのだ
そして美しい自然を深く汲み分けられるのだ
あぁ、きみの手を握るべき自分よ
きみの心をやがて捕らえるべき自分よ
願わくはきみの手先のみで
きみ全身の魂をつかめ
願わくはきみの最奥の心の底に入れ
こうして微笑むのだ
どれくらい深いか分からない微笑を
自分はこうしてきみの万事に入り込み
きみのひと粒の種の魂にふれて
わが身をきみの一体にするのだ
わがなす命の種の力は
はにかんでいるきみの美しい肉体蒔かれることで
はじめて香りあり音あり色ある
高いリズムある花が生まれるのだ
あぁ、はにかめ
はにかめ
この燃えている私の愛の火から遠ざかれ
その高い煤(すす)まじりの炎をもっと嫌がれ、恐ろしいと思え
私はきみが無心な心に立ち返って眠っているとき
きみを最も自然に
微塵(みじん)も危なげなく
我が手の中の宝玉として見せる
その運命を我が眼の前につくって見せる
それまできみを人のものにして預けておく
きみを今の人に預けておく
それまでも感じる自分の心は
きみの内をひらかないことはない
いつかはその底をつかんで我がものとするだろう
自分の心ではそう思いながら
だんだん自分は肥えていくのだ
先へ先へと伸びていくのだ
根強く人間の魂を感じながら
男の仕事をやっていくのだ
あぁ LOVE よ ――八月九日
あぁ Love よ
きみよ
きみは僕をきつくしめる
かなり苦しいタガだ
苦しいタガだ
きみは今人のところにいる
妻にまでおさまっている
それでも自分は
きみを思うことはやめない
きみは僕が恋してることは知っているだろう
だけどこれくらい苦しんでいることは知るまい
この気持ちは分からないだろう
月日もたつから消えていると思っているだろうが
自分の Love はちっとも消えない
そして何もない空中をひた走りに走るのだ
意志はそれだけ苦しいのだ
そして手を差し伸べているのだ
差し伸べて真昼の星をつかもうとしているのだ
あぁ、その星はどこに輝いている
見えるのは一面に白い空ばかりだ
真昼の空だ
きみの影はどこにもない
このぼんやりしたものの中に
身体を投げ出しながら
自分はどんどん生むだけのものを生んでいく
生んで、生んで、生み飛ばすのだ
きみよ
きみは一時期、人のもの民間におれ
自分は一時期その運命を悲しむが
少しもまいらない
自分は出すだけのものを出していくうちに
いつかつかまえてやる
自分の所有にしてやる
そしてきみを美しい人間にさせてやる
僕のものになってこそ、きみは初めて女として生きられるのだ
ただ若くあれ
おぉ、きみよ
年寄りじみてはおしまいだ
若くあれ、若くあれ
この人生にちょっとでも油断したら
すぐ年をとらされる
それだけこの人生には実にいけないものがあるのだ
そして人間は弱いのだ
自分はいつでも若い
悪いものへの抵抗力が強い
どんどん若い力でその悪いものを
元気の満ちたものに
変えていく
あぁ、若くあれ
若くあれ
労働者に与う ――八月九日
きみに代わってこの歌を
叩きつける
きみたちが地面へ
つるはしを打ち込むように
きみに代わってこの歌を
叩きつける
あぁ、労働せよ
労働せよ
一箇所残らずだらけて
力が抜けているこの人生に
魂を吹き込む力は諸君の腕にある
あぁ、歌を歌え
喜ぶのだ
自分たちの使命を
きみたち、僕らは
この大地へつるはしでぶっつける
一面にあるとも知れない
平々凡々な
広い平面盤
ここから掘り出し
えり出し
よいものを作る使命は僕らにある
僕らはこれほど気高い人間だ
僕らが気高いということは、僕らが手ぶらであることだ
裸一貫でよいものをぐいぐい作っていくことだ
そのよいこととは何なんだ
都会をつくることだ
めざましく力が動いている大都会をつくることだ
白く光りある煙、蒸気を空いっぱいに満たしている無数の煙突
朝の雲
大工場の都会をつくる
活発で
力に無駄のない
大音楽、大音響の都会をつくる
この素晴らしい使命は
僕らときみだけにしかあるまい
自分はいつもそんなことを空想している
そしてこの空想は万人の空想だと思っている
実に痛切で、取り除くことのできない空想だと思っている
あぁ、勉強なれ
わが友よ
わが兄弟よ
愉快に力いっぱい働き給え
きみや僕らくらい気高い人間はないのだ
僕らがなくなれば世の中は闇だ
葉を食うイモムシばかり残るのだ
この気高い僕らの使命に感謝せよ
あぁ、頼もしく正直な兄弟よ
この広い平面盤の上を闊歩(かっぽ)したまえ
大手を振って威張って歩きたまえ
航海の歌 ――八月十日
おぉ、殉難者
殉難者
自分は泳ぎも知らないで
泳いでいる
自分は海中に投げ込まれた
手をふり足をふり
もがいている
自分は赤ん坊である
一羽のカモメにも及ばない
死ぬのが怖くてただじたばたしている
体を浮かしている
おぉ、力を出す人間
力を出す人間
自分はそのうちどうやら泳げるようになってきた
そのうち、水のまにまに流れる丸太を見つけた
自分はそれをたよりにして泳いだ
また自分と同じような人に幾らも出会って、その人たちと握手し合った
自分と同じ水難者であった
みんな同じような目をくぐり抜けてきた
自分らは協力してイカダを作った
めいめい持ち寄りの丸太を集めてイカダを作った
それから永遠の潮にさおをさした
帆をあげた
波は荒くとも
しけであっても
自分らは行き着く果てまで行く歌を歌った
おぉ、敗残者よ
敗残者よ
自分らは多くの溺れる人を遠くに見た
自分らはそれを見過ごしていかねばならなかった
自分らの目の前には常に大きな敵がいる
息を引くばかり空中をあふれてくる熱風
大旋風
出る所を知らず、また行く所を知らない敵よ
自分らはそれと闘っていくのだ
山から山へ波のうねりを乗り越えて進んでいくのだ
おぉ、目もなく耳もない氷山よ
永遠に背を見せて走る潮流よ
自分らは無言の恐怖の世界のなかを
前のめりに進んでいく
おぉ、敗残
みじめ
底知れぬ波間に溺れていくものよ
きみたちを振り棄てていく気持ちは耐えられないけれど
自分らの目の前には恐ろしい敵がいる
後ろ髪を引かれながらも
自分らは前のめりに進んでいくのだ
あぁ、弱いもの、まいっているものは永遠に振り棄てるのだ
いつ会うか分からない世界に離れ離れになってしまうのだ
おぉ、イカダに折よく這い上がれた人は這い上がりたまえ
さおをさし
帆をあげ
舵(かじ)を切れ
その船頭役は、私たち少数がやっていく
私たちの舷灯(げんとう・船の灯り)は一つしかなく
私たちの舷灯は船首にかかっている
私たちの舷灯は光が鈍いけれど
私たちの舷灯は行く先を照らしている
油壺の油は私たちの涙である
深い涙である
夜の暗闇を照らしている
こうして永遠に吹き募る風に逆らって進んでいく
暗闇の行き着く先は知らないが
こうして進んでいく
あぁ、揺すられ揺すられて休む間もない
私たちのイカダに
夜な夜な輝く星よ
吹き募る嵐よ
大うねりする波の回転よ
その荒れ狂う声よ
日が明けて昼になる
荒れることはやむことはない
あぁ、その中に見る
太陽よ
我が血を満ちふくらせるその熱度よ
空中でががんとして燃える巨大な銅板
おぉ、その下を吹く熱風
あらゆる生物をしおれ返らせる極熱風
あるいはアラレが降り
吹雪が吹き散り
氷山が流れ
お葬式の黒い鳥が叫ぶ
極北よ
あぁ、我がイカダはこのような中を行く
あぁ、我がイカダはこのような中を行く
陸にいるものは知らない
遠くに別れ別れに溺れているものは知らない
目の見えないものは知らないけれども
あぁ、我がイカダはこのような中を行く
あぁ、我がイカダはこのような中を行く
満ち満ちていく格闘の力を感じながら
えいえいと乗り切っていく
いつかはこの暴逆な大洋を自由自在に乗り回し
あらゆる嵐
熱
みじめな一切を外にして
氷結、眠り、死のすべてを外にして
強烈異常の船を一艘
作る力を感じつつ
太陽崇拝 ――八月十一日
あぁ、太陽よ
自分はきみを愛す
きみは一人であって
あらゆるものに超越している
あらゆるものを愛していて
常にきみは孤独である
きみは絶え間なく自転している
伸び縮みしている
そして進んでいく
無限に生まれ、無限に走っていく
きみ運行する線は
むなしいけれども
きみはその何もないところを
まるで何かがあるかのように走っている
きみはむなしくぶらさがっているのではない
絶えず内から
中心から
ぐるぐる力を出して弾んでいくのだ
あぁ、まぶしい光を放して
空間から空間へと移っていく
きみよ
めげず
出し惜しまず
燃えていく
偉大な運行者よ
きみはひとりだ
しかも万人を愛している
常に万物の先頭に立って
あらゆる暗い影に
きみの光をさしていく
あぁ、きみこそひとりである
ただひとりである
自分はきみを崇拝する
あらゆるものに先立って運命を切り開き
常にひとりであって
とどまる所を知らない
きみよ
その行く手を知らない
きみよ
あぁ、このような運命にあって
めげず力を抜かずたゆみなく進むきみよ
ゆるみないきみよ
内から内から全面に燃え輝くきみよ
何も助けなく
その出す力で空中に浮かび
無限の中に進みゆくきみよ
自分はきみを思うとき
力が湧く
嵐が吹き
雨がしとしみ降り
みじめのどん底に沈んでいるときでも
力が湧く
こうして自分はきみを崇拝するのだ
嵐の上に張り詰めているきみの力を感じるのだ
この嵐と闘っていく力を感じるのだ
やがてこの嵐を圧倒していく力を感じるのだ
あぁ、万物の先頭に立って
常に誰も手をつけていない先頭に立つきみよ
寂しさを寂しさとせず弾んでいくきみよ
ひとりのきみよ
内から光となって全身光り輝くきみよ
自分はきみを崇拝し、きみを讃美し
きみとわれとの愛を邪魔するあらゆるものを切り伏せて
踏み越えて
きみへ行く
あぁ、あらゆる人間よ
心ある多くの兄弟よ
彼を崇拝し
彼を讃美して
共に力を合わせて進もう
彼を崇拝し
彼を讃美して
あらゆる艱難辛苦(かんなんしんく)を踏み越えて進もう
あらゆる邪魔ものを切り離して
偉大な彼の正体と
全面と
共に手をとり合って生き得る所へ進もう
自分は太陽の子である ――八月十一日
自分は太陽の子である
まだ燃えるだけ燃えたことのない太陽の子である
今、口火をつけられている
そろそろいぶり始めている
あぁ、この煙りが炎になる
自分は真昼の明るい幻想にせめられてやまないのだ
明るい白光の原っぱである
光に満ちた都会の真ん中である
山嶺にはじかしそうに純白な雪が輝く山脈である
自分はこの幻想にせめられて
今、いぶっているのだ
黒い、息の詰まるような重い煙を吐きつつあるのだ
あぁ、光ある世界よ
光ある空中よ
あぁ、光ある人間よ
全身が目のごとき人よ
全身が象牙彫りのごとき人よ
怜悧(れいり)で健康で力あふれる人よ
自分は暗い、水っぽくじめじめした所から産声をあげたけれど
自分は太陽の子である
燃えることを憧れてやまない太陽の子である
あぁ自分のぼんやりした夢を ――八月十六日
あぁ、自分のぼんやりした夢を覚ましてくれた自然よ
自分を生きたものにしてくれた自然よ
水先案内人のようなきみは
いま姿をくらまして
自分ひとりだけを残している
いま自分は舵(かじ)をとる
帆を張る
石炭を放り投げるスコップをとる
自分は絶え間なくきみを夢みながら
きみの叫んだ声
自分のかつて叫んだ声を
また叫ぼうとして海に乗り出している
光を慕う歌 ――八月十六日
自分は暗い
自分は貧しい
自分はじめじめしている
自分はひとりぼっちだ
自分は行き詰まった
自分は一時期、目も当てられなかった
自分が明るさを求め
賢さを求めるのは
このような自分だからだ
それらの奥に潜んでいる心から
今叫び出したのである
こうして自分は永久に光を求めてやまない
光の子である
日本の文学者に与ふる歌 ――八月十六日
※
詩人、小説家という言葉は実に嫌な言葉だ
そして諸君はそのあまりに詩人小説家らしい
自分は諸君と人間同士として握手する
自分は日常生活のゴロゴロだ
丸太ん棒だ
この丸太ん棒がとてつもない大きな望みを抱いている
それでよければ自分は諸君といつでも握手する
※
自分はドジだ
別に新しいものも何も持っていない
自分はドジの骨組みで
そのドジを世界の最も偉大な聖人にしたいと思っている
これが今言った自分のとてつもない大きな望みだ
聖人には大いなりたい
今は諸君の嫌われ者かもしれないが
今は諸君の煙たがられ者かもしれないが
自分はゆくゆくは世界最大の聖人になりたいのだ
あぁ、自分はドジであるために
万事万端抜け落ちているがために
そのような聖人になり得る資格がある
自分はその点で今いちばん人から遅れがちだが、あとでいちばん進んだ人間になる
やがてはあらゆる難しいものは皆僕のところへ来てほどけるようになる
人生の欠陥
つまずき
災害
怪我
気が抜けてどうにでも倒れるもの
滅びるもの
実らないもの
ぐにゃぐにゃしたもの
皆、確かな命を吹き込まれる
活発な生き方を感じる
弾力がつく
どんでん返しで弾んで生きる
世界はこれまで暗いものが勢力をしめた
シェイクスピアのハムレット、マクベス、オセロ、ロメオとジュリエット
ワーズワース、エドガー・ポオ、ヴェルレーヌ
暗い中から美しい宝石のきらめきを見せたアルチュール・ランボー
幻惑的なジャン・モレアス
行き詰まった苦しいフロベール
発狂したモーパッサン
ガルシン
アンドレーエフ、チェーホフ、ソログーフ
悪魔の讃美者、死面のボードレール
ヘッダ、ヤルマル、グレイゲルス、オスワルド――涙も出ない現実生活の苦痛や悲惨
すべて諸君に万遍なく包まれた暗黒の殻を破って
光に目を見開いたのは僕たちである
地殻を破って出た子である
飛び出した子である
永遠に光を憧れてやまない光の子である
ドジである自分はこうして世界最大の聖人になる
最も多く太陽を吸収する子である
太陽の子である
こうしてだんだん成長する
こうしてドジな自分は最も光を吸収し
聖人になる
※
そのような自分は諸君の作のすべてを否定する
諸君は根もない暗黒を好むから
もっと自分を突出して言わないから
決まり切ったものにかかっているから
いつまでたっても同じことの繰り返しだから
諸君はめいめい自分の一番欲するものに
熱心に突っかからない
熱心の度が浅い
だから自分とは永遠に遠い
今のままで行けば永遠に離れる
手を握る機会がない
握っても力が入らない
永遠に離れる
自分はひとりになっても一向にかまわない
孤立は覚悟の上だ
自分ほど人間を愛して一緒になりたがる人間もすくないが
自分ほどとかく人と離れがちな人間もすくない
だけど自分はいつでもあらゆる人と手と手を握り合っている
自分は人は好きだ
後ろから後ろへと手を回して握り合っているのだ
相手はそう思うまいが、握り合っているのだ
今はそれしかできない
できないから明るみへ出て公然と握りたいと思うのだ
自分は暗闇に埋もれたものを明るみへさらけ出す
しかも美しく、強くさらけ出すことができる光の子なのだ
だけど今自分のすることはギラついていて
いやかもしれないが
心の病気の人が明るみを嫌がるように
私のすることは嫌がられるかもしれないが
自分はかまわず荒療治をしていくのだ
がむしゃらに出ていくのだ
冷酷残忍にやっていくのだ
人がまいろうが倒れようが顧みず、すべてやっていくのだ
「地に泰平を出さん為めに我来れりと思うなかれ」だ
「人をその父に背かせ、女をその母に背かせ、嫁をその姑に背かせんが為めなり」だ
そのためのなりだ
だから自分はいつもひとりぼっちだが
永遠にまいらない
君らを友にしないことで永遠にまいらない
自分の友は道端の漁師や不良少年やうろつき者から出てくるのだ
自分に勝手についてくるのだ
彼らが永遠の人間になるのだ
あぁ、諸君よ
諸君と同じ人間であって
自分はこうして諸君を軽蔑しなければならないのだ
無視しなければならないのだ
自分と諸君との大きな相違点は
職人が捨てた石を、家の要石(かなめいし)にするのだ
真理の灯(ひ)を升(ます)の下から出すのだ
一切の邪魔ものを取り去って、その光をあらわにするのだ
砂の上の家を無残に突き飛ばして
岩から新しい家を建てるのだ
どんな家かも分からない諸君とはだから永遠に離れるのだ
自分もその家がどういう家か分からないが
四方の城壁はががんとして大きく
白亜の岩よりも銅の鏡板よりも堅い光ったものにしたい望みだ
屋根も分からず
鐘楼も分からず
尖塔(せんとう)も分からないけれども
土台の仕事はやや出来ている
流動する水のようだけれど
コンクリートより丈夫だ
柱はふらつくようだけれど
それにかかっては鉄骨の骨組みも粉々になって崩れ折れてしまう
あぁ、城だ
城だ
白くががんとした美しい城だ
この城の土台に穴をほじくっていく虫のように
自分はしみじみとしながら生きている
押せばつぶれるようなもろさを強めるために
穴をほじくっている
そこに永遠の命あるものを詰め替える
ホコリのように小さいけれども
吹けば飛ぶように小さいけれども
地球を背負うアトラスほどの力あるものを
世界の中心に真っ直ぐに線を引いて、外れることのないものを
そこに入れるのだ
こうして力がある
永遠に抜けることのない力がある
※
自分は諸君に考えてもらう
海底に働いて沈没船を引き上げる
潜水夫を
彼らはハンマーを持って船の破れ口に板をはめ
鋲(びょう)を打ち
こうして内と外との水の交通を断ち切って
船中の水をポンプでかき出して
船を水面へ浮遊させるのだ
あぁ、こうして船は思い掛けない白昼の明るい世界へ出る
彼らの鋲を打つ手
破れ口をふさぐ手はのろくさいけれども
こののろくさに耐えきれなくて
腹が立つ人があったら
自分も共々に潜水夫になれ
世界の多くのそのような人は残らず潜水夫になれ
その高みにとまってあれやこれや言うのをやめてハンマーをとれ
労働者になれ
こうしてわが手に打つ鋲一つが船の浮くのを一瞬でも早めるものである事を知れ
どのようにどんな具合で浮くかは今の時として分からないけれども
我がなす事が船を浮かせる所以(ゆえん)である事を知れ
あぁ、水夫になれ
あらゆる人々
幾千年前からして海底にいた人生は
暗闇にせめぎ泣き悲しみ
無駄に苦しみ
暗から暗へ葬られていた人生は
こうして今どことも知れない海上へ浮かび上がる人類の力を待ちつつあるのだ
光みなぎる青空のもとに
跳躍させる人類の手を待ちこがれつつあるのだ
※
自分は今このハンマーを握って辛苦する
聖人になりたい
打つ鎚(つち)が常に狙いを外さず打ち続けられる
聖人になりたい
永遠に打ち続けて倦(う)むことを知らない
聖人になりたい
自分はまた彼の石に穴をほじくる
頭の固く歯の強い虫になりたい
むさぼってやむことのないその虫に
あらゆるものをこうして食い滅ぼしていきたい
そして強いものを出していきたい
このような聖人になりたいのである
山ほどある労働をものともせずやっていく聖人に
あぁ、自分はドジである
世界最大のドジである
このようなドジが今このような望みに向かって行きつつあるのである
あぁ、底に隠れている愛のために
底に忍び泣きしている命のために
置き去りになってる魂のために
世界の最も遅れたものに
片足突っ込んでいるのである
わがまま者の歌 ――八月十六日
自分は子供のとき泣き虫といわれたが
あまり泣いたことのない子だ
人が死んでも泣いたことがなかった
ただ自分が一度、あまりにバカだと気づいたとき
前後を忘れて泣いた
声も涙も一度に爆発してきた
あれは二十歳くらいの年であった
自分がもしこのとき涙の味を知らなかったら
一生、本当に泣くということを知らずに過ごしただろう
悪いものにぶつければぶつけるほど力が出る
負けが込めば込むほど力が出る
自分はそれだけ光を追ってやまない子だ
追い回してやまない光の子だ
つまずけばすぐ起き上がる
そしてまた立ち直っていく
それは目に涙がたまっていることはあるだろう
だけど自分は泣いてなんかいられない
そんなところに片時もぐずついていられない短気者だ
冷酷だというものは勝手にしろ
山上の火よ ――九月
山上の火よ
爆発する浅間(あさま)よ
灰色なる暴風よ
流れる如くこずえをなびかせる山林よ
やむことのない流動の声よ
きみは絶えず爆発する
うなる
電光をひらめかす
東京の静かな街の交差点に自分がふと立ち止まるとき
四方に電車が別れ別れに遠ざかるとき
自分はきみを思って嘆息する
憧憬(しょうけい)する
あぁ、どこにあんな強い力がきみにはあるのか
爆発せよ
きみよ
街を人は歩いている
煙草屋の店先に三四人ひと集まりしている
おぉ、爆発せよ
きみよ
灰色の暴風を吹き給え
おぉ、自分は嵐を讃美する
都会の屋根が大雷雨の下で
青くひっそりとしているのが好きだ
暗い中からぴかりとするのが好きだ
あぁ、縮こまる人間よ
息を殺している人間よ
目に見えない力が
僕らの目の前に迫っているのだ
暗闇にさしてくる大潮のように
この真昼にむき出しになっているのだ
おぉ、空中よ
ホコリでまっ白な
この中に嵐が潜んでいるのだ
爆発がひそんでいるのだ
全世界の秘密が常に隠れているのだ
自分はその大通りを大股で闊歩しているのだ
どしりどしりと歩いているのだ
そして腹の底からわなないてくる歌を感じるのだ
勢いのよい真に微妙な歌を感じるのだ
あぁ平原のかなたに ――九月一日
あぁ、平原のかなたに
夜はまだ明けない
星は霧の中にざわめき
水蒸気は冷たく草むらを潤している
わが命は濡れて渇くことなく
わが戦いの旗は肩越しにしおれている
ラッパは夜中の夢をつづけ
兵隊は暗闇の間に起き伏す草のように眠っている
このような中にわが魂は目覚めて
一線になっている敵を見る
遠い、眠っている地平線の先を見る
葉擦れの中にただひとり目覚めて
永遠に覚めている目が一つある
それが敵を見る
眠れる味方と敵の中に
たったひとり目覚めてそれを見る
白いウジ虫の歌 ――十月二日
「私はこの人種の息子である
その頭脳は、歯よりも
堅く、熱く
そして貪欲(どんよく)である。
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