」
じいさんは腕組みをして、小首をかたむけました。
「じゃあ、深くはいれば道にまようかもしれないというのだな。」
「そうです。わしが案内したって、奥の奥まで行くわけじゃねえし、ましてひとりではいる見物は、おっかながって、ホンの入り口で引きかえしちまうだからね。ほんとうのことをいえば、だれもこの穴の奥を見とどけたものはねえでがす。」
「そうすると、子どもたちは奥深くはいりすぎたのかもしれない。ともかく一度ぼく自身で鍾乳洞の中をしらべてみたいと思うが、案内してくれるだろうね。こうして懐中電灯も用意してきているんだよ。」
明智探偵はポケットから、小型の懐中電灯をとりだして見せました。
「ようがす。じゃあ、これからすぐに、穴の中へはいってみますべえ。」
じいさんは気軽にいって奥の間へ立っていきましたが、何かゴトゴトやっていたかと思うと、すぐ店先へ引きかえしてきて、そこの土間にあった、きたないぞうりをひっかけ、先に立って歩きだすのでした。
明智探偵も、ステッキをつきながら、そのあとにしたがいましたが、ふたりが猟師の家を十メートルもはなれたころ、その家のかげから、ひとりのみょうな人物がソッと姿をあらわしました。
その人物は、このあたたかいのに、黒い将校マントのようなものを頭からスッポリかぶって、顔はもちろんからだじゅうをおおいかくし、まるで泥棒かなんぞのように足音をしのばせて、ふたりのあとを尾行しはじめたのです。
このあやしげな人物は、いったい何者でしょう。
もしかしたら二十面相の手下ではないか。いや、手下ではなくて、二十面相自身かもしれません。二十面相はそうして明智探偵のあとをつけて、洞くつの暗やみの中で、何かおそろしいたくらみをしようというのではありますまいか。
それがはたして二十面相であったか。
それとも二十面相などよりはもっともっと意外な人物であったかは、まもなくわかるときがくるでしょう。
いずれにもせよ、読者のみなさんはこのあやしげな人物のことを、よく覚えておいていただきたいのです。
猟師のじいさんも、明智探偵も、そんな後をついてくる人間がいるとは少しも気づかぬようすで、何か話しながら、鍾乳洞の入り口に近づき、そのまま洞くつの中へはいっていきました。
すると、黒マントの人物も、ふたりのあとから、ソッとすべりこむように、そのほら穴の中へ姿を消したではありませんか。
鍾乳洞にはいりますと、明智探偵はすぐさま懐中電灯をつけて、それをふりてらしながら、じいさんのあとについて進みました。
じいさんはなれたもので、せまい岩穴の中を、少しもためらわず、どんどんはいっていきます。
ところが、そうして、二十メートルほども歩いたときでした。
じいさんのあとにしたがっていた明智探偵が、「アッ!」とさけんだかと思うと、懐中電灯の光が消えて、あたりは真っ暗になってしまいました。
「おや、どうしただ? ころんだのかね。気をつけねえと、足もとが危ねえだから。」じいさんが暗やみの中でうしろをふりかえりました。
「いや、ちょっとつまずいたんだよ。その拍子に懐中電灯を落としてしまって、ああ、あったあった。さあ、もう大丈夫だから、かまわないで進んでくれたまえ。」明智は、拾いあげた懐中電灯をふたたびつけて、元気にふりてらして見せました。
そうして電灯が消えていたのは、ほんの三十秒ほどのあいだでしたが、それにしても、子どもたちでさえ、そんな入り口の近くでは、だれもつまずかなかったのに、日ごろ注意ぶかい名探偵が、懐中電灯をとりおとすなんて、少しへんではありませんか。
そこには何か深いわけがあったのではないでしょうか。
しかし、それからあとは、べつだん何も起きず、ふたりは、洞くつの奥へと進んでいきました。
ちょうど子どもたちの通った道と、じいさんのいつも案内する道と同じだったとみえ、広い部屋のような洞くつをすぎて、やがて、例の深い井戸のような穴のある道へ出ました。
「ここに橋があるだから、気をつけて。いいかね。足をふみはずしたら奈落の底へおっこちるだ。」
見れば、いつのまに、だれがもとにもどしたのか、例の板の橋がちゃんとかかっているのです。
ふたりはその上をしずかにわたりましたが、すると、じいさんは何を思ったのか、いまわたったばかりの橋の板を、いきなり持ちあげて、アッと思うまに、深い穴の底へ投げこんでしまいました。
「おい、何をするんだ。橋がなくなったら、ぼくたちは帰ることができないじゃないか。」明智が、おどろいてたずねますと、じいさんは、懐中電灯の光の中で、ニヤニヤと笑いながら、みょうなことを言いだしました。
「じゃあ、おまえさんは帰るつもりだったのかね。」
「わかりきった話じゃないか。きみは、いったい何を考えているんだ。」
「エヘヘヘ……、ここは地獄の一丁目といってね。一度わたったら二度と帰れねえところさ。」
「エッ、なんだって。おい、じいさん、きみは頭でもおかしくなったんじゃないか。」
「ウフフフ……、明智先生、きょうは少し勘がにぶいようですね。まだわかりませんか。」
ああ、それはどうしたというのでしょう。
今まで山奥の猟師とばかり思っていたじいさんが、にわかに若々しい声になって、江戸っ子のような言葉を使いはじめたではありませんか。
「エッ、それじゃあきみは……。」さしもの明智探偵もギョッとしたらしく、手にする懐中電灯の光がはげしくゆれ動きました。
「だれだと思うね。え、明智先生、こわくて言えないのかね。ハハハ……、きみのさがしまわっている蛭田博士さ。もう一つの名は二十面相ともいうよ。ハハハ……、どうだね。いくら名探偵でも、まさか鍾乳洞の案内人が二十面相とは気がつくまい。きみがさがしている少年たちは、いうまでもなく、おれがこの洞くつの奥へとじこめたのだよ。きみは知るまいが、この洞くつには人間ほどもある大コウモリの化け物がすんでいるのだ。少年たちは、その大コウモリにおそろしいめにあわされたのだよ。そして、今では十一人が十一人とも、迷路の中で、餓死を待つばかりのあわれな身の上なのさ。その大コウモリというのは、じつは、このおれが化けたのだ。二十面相は人間ばかりではなくて、動物にも変装する術を心得ているのだよ。ハハハ……。」
「で、ぼくをどうしようというのだね。」」明智探偵は、少しもうろたえないで、しずかにたずねました。
「十一人の少年たちと同じめにあわせてやるのさ。
餓死だよ。
きさまが生きていては、どうもじゃまになって、しかたがないのだ。
おれはいく度、きさまのためにあぶないめにあったかしれやしない。
だから、これからは、まったく手出しのできないようにしてやるのさ。
おれは人殺しはきらいだ。
だが、きさまときさまの手下の小僧たちが、かってに餓死するのは、おれの知ったことじゃないからね。
ハハハ……、なんとうまい考えじゃないか。
きさまたちの墓場には、この鍾乳洞はじつにおあつらえむきの場所だぜ。
オッと、ポケットへ手をやっちゃいけない。
それよりこちらの弾丸のとびだすほうが早いのだからね。
」じいさんに化けた二十面相は、いつのまにかピストルをにぎって、じっと明智探偵の胸にねらいをさだめていました。
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