初級翻訳・山椒魚 第4話

山椒魚

一度は計画を中止しようと思ったけれど、兼子さんがすでにその毒の入ったお椀に箸をつけてしまっているのを見て、『もう今さら引き返せない』と覚悟を決め、自分もいっしょに死ぬつもりで近子さんのお椀を自分のものと取り替えたのか……」あるいは、最初から兼子(かねこ)を殺すことが目的だったけれど、罪のない近子(ちかこ)が何も知らずにその毒を食べようとしているのを見て、急にたまらなくなってそのお椀を自分のものと取り替えたのか――。どちらにしても、それが毒だと知りながらそのお椀に箸をつけた以上、彼女も生きるつもりはなかったに違いありません。

みね子がお椀を取り替えたことは、お部屋にお料理を運んだ女中さんだけでなく、生き残った近子自身もはっきりと認めています。

そこへちょうどタイミング悪く「山椒魚(さんしょううお)」をめぐる大騒ぎが起きてしまったため、事件はものすごくややこしいことになってしまいました。でも、その山椒魚の件は一種のハプニングにすぎず、今回の毒草事件とはまったく関係がなかったということが、あとになってようやくはっきりと分かったのです。

近子は、遠山くんと二人の女友達のあいだの秘密の関係について、よく知っていたみたいなんです。だから、それを最初にもっと早く警察に教えてくれていれば、事件の解決ももう少し早かったはずなのに、彼女があくまでも隠そうとしたものだから、取り調べがすごく面倒になってしまったんですよね。

遠山くんもそうなんです。
最初から正直にすべてを白状すればいいものを、この男もできるだけ自分の秘密を隠そうとしたものだから、警察にも余計な手間をかけさせることになりました。

それでも遠山くんは、兼子との関係については最終的に白状したものの、みね子との関係については最後までかたくなに否定し続けました。
どちらが本当のところなのか、今となってはもう分かりませんけどね」

「でも、そこまで事件の真相が分かったなら、あなたが東京の新聞社へ送る通信記事を書くにはもう十分なんじゃないですか?」

「ところが、それがダメなんですよ。
じつは、すっかり損をしてバカを見ちゃいましたよ」
通信員は、とても不満そうな顔をしてそう言いました。

「学校側はもちろん、亡くなった二人の女学生のご遺族たちも、『どうかこの秘密を世間に発表しないでください』と、警察の方に涙を流して頼み込んだものですから、表向きのニュースとしては、単に『なにかの食中毒』ということになってしまうらしいのです。

これじゃあ、読者がワクワクするような面白い通信記事なんて書けませんよ。
私も新聞社から頼まれて取材に来た手前、書かないわけにはいかないから仕方ありません。
仕方が無いので、『どこのものとも知れないキノコにあたった中毒』ぐらいのことにして、ごく短くまとめて東京へ送るつもりです」

そして翌日の朝早く、通信員は宿泊していた旅館から出ていきました。
僕もちょうど同じ町の方へ向かう予定だったので、彼といっしょに連れ立って旅の出発をしました。

その道の途中、彼はひょいと指をさして僕に教えてくれました。
「ほら、見てごらんなさい。
あそこのお店でも、山椒魚を売っていますよ」

僕はその、ヌルヌルしてぶかっこうな魚の姿を思い浮かべるだけで、なんだかぞっとして耐えられない気持ちになりました。
なぜなら、その醜い山椒魚の姿が、さきほどの恐ろしい女の人の姿のように見えて仕方がなかったからです――。

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