ただ違うのは整形病院では、ギプス型を患者が入ってくるたびに取るのですが、この心のなかでは、人が出ていったあとで型をとって、保存されることでした。
ここにあるのは女のお友だちの型で、そのからだと心の欠点がそのままここに保存されていました。
すぐまた、ほかの女のなかに入っていきました。
しかし、これは大きな神々しいお寺のように思われました。
無垢の白鳩が、高い聖壇の上を飛んでいました。
よっぽどひざをついて拝みたいと思ったくらいでした。
しかし、すぐまた次の心のなかに入っていかなければなりませんでした。
でも、まだオルガンの音が聞こえていました。
そうして自分が前よりもいい、別の人間になったように思われました。
いばって次の聖堂に入る資格が、できたように感じました。
それは貧しい屋根裏の部屋のかたちであらわれて、なかには病人のおかあさんが寝ていました。
けれど開いた窓からは神さまのお日さまの光が温かく差し込みました。美しいばらの花が、屋根の上の小さな木箱のなかから、がてんがてんしていました。
空色した二羽の小鳥が、こどもらしい喜びの歌を歌っていました。
そのなかで、病人のおかあさんは、娘のために、神さまのお恵みを祈っていました。
それから、肉でいっぱいつまった肉屋の店を、四つんばいになって這い歩きました。
ここは肉ばかりでした。
どこまでいっても、肉のほか何もありませんでした。
これはお金持ちの立派な紳士の心でした。
おそらく、この人の名前は紳士録に載っているでしょう。
こんどはその紳士の奥さまの心のなかに入りました。
その心は、古い荒れ果てた鳩小屋でした。
ご亭主の像がほんの風見の鶏代わりにつかわれていました。
その風見は、小屋の戸にくっついていて、ご亭主の風見がくるりくるりするとおりに、開いたり閉じたりしました。
それから次には、ローゼンボルのお城でみるような鏡の間にでました。
でもこの鏡は、うそらしいほど大きく見せるようにできていました。
床のまんなかには、ダライ・ラマのように、その持ち主のつまらない「わたし」が、自分で自分の家の大きさに呆れながら座っていました。
それからこんどは、針がいっぱいつんつん刺さっている、せまい針箱のなかに運ばれました。
これはきっと年をとって嫁に行けない娘の心に違いないと思いました。
けれど、実はそうではありません。
たくさん勲章をぶら下げている若い士官の心でした。
しかし、世間ではこの人を才と情を兼ね備えた人物だと言っていました。
あわれな助手は、列の一番おしまいの人の心から抜け出したとき、すっかり頭が変になっていて、まるで考えがまとまりませんでした。
やたらとはげしい妄想が、自分といっしょに駆けずり回ったのだと思いました。
「やれやれ、驚いた。」と、助手はため息をつきました。
「おれはどうも気違いになる生まれつきらしい。
それに、ここは、むやみと暑い。」血が頭にのぼるわけさ。
そこで、ふと昨夜の、病院の鉄柵にあたまをはさまれた大事件を思い出しました。
「きっとあのとき病気にかかったにちがいない」と、助手は思いました。「すぐどうにかしなければならない。ロシア風呂がきくかもしれない。ならば一等上の棚にねたいものだ」
するともう、さっそくに蒸風呂のいちばん上の棚に寝ていました。ところで、着物を着たなり、長ぐつも、うわおいぐつもそのままで寝ていました。天井からあついしずくが、ぽた、ぽたと顔に落ちてきました。
「うわあ!」と、とんきょうに叫んで、こんどは灌水浴(冷たい水のシャワー)をするつもりで下へおりました。湯番は着物を着こんだ男がとびだしたのを見てびっくりして、大きな叫び声をたてました。でも、そういうなかで、助手は、湯番の耳に、「なあに、かけをしているのだよ」と、ささやくだけの余裕がありました。
さて、部屋にかえってさっそくにしたことは、首にひとつ、背中にひとつ、大きなスペイン発泡膏(皮膚を刺激して血行を良くする塗り薬)をはることでした。これでからだのなかの気ちがいじみた毒気を吸いとろうというわけです。明くる朝、助手は、赤ただれた背中をしていました。これが幸福のうわおいぐつから授けてもらった御利益のいっさいでした。
五 書記の変化
さて、わたしたちがまだ忘れずにいたあの夜番は、そのうち、じぶんが見つけて、病院までもはいていったうわおいぐつのことを思い出しました。そこで、とってかえりましたが、むこう二階の中尉にも、町の誰彼に聞いても、持ち主は分かりませんでしたから、警察へ届けました。
「これはわたしのうわおいぐつにそっくりだ」と、この拾得物を見た書記君のひとりが言って、じぶんのと並べてみました。「どうして、くつ屋でもこれを見わけるのはむずかしかろう」
「書記さん」と、そのとき小使が書類をもって入って来ました。書記はふりむいてその男と話をしていました。話がすむと、またうわおいぐつのほうへむかいましたが、もうそのときは、右か左かじぶんのがわからなくなってしまいました。
「しめっているほうがわたしのにちがいない」と、書記君は思いました。でも、これは考えちがいでした。なぜなら、そのほうが幸福のうわおいぐつだったのです。だって警察のお役人だって、まちがわないとはかぎらないでしょう。で、すましてそれをはいて、書類をかくしに突っ込みました。それからあとは小わきにかかえました。これを内へかえって読んで、コピー(副本)をつくらなければならないのです。
ところで、その日は日曜の朝で、いいお天気でした。ひとつ、フレデリクスベルグへでもぶらぶら出てみるかな、とかんがえて、そちらに足をむけました。さて、この青年ぐらい、おとなしい堅人はめったにありません。すこしばかりの散歩を、この人がするのは、さんせいですよ。ながく腰をかけ通していたあとで、きっとからだにいいでしょう。
はじめのうち、この人もただぽかんとしてあるいていました。そこで、うわおいぐつも魔法をつかう機会がありませんでした。公園の並木道にはいると、書記はふとお友だちの、若い詩人にであいました。詩人は、あしたから旅にでかけるところだと話しました。
「じゃあ、もうでかけるのかい」と、書記はうらやましそうに言いました。「なんて幸福な自由な身の上だろう。いつどこへでも、好きなところへとんでいけるのだ。われわれと来ては、足にくさりをつけられているのだからね」
「だが、そのくさりはパンの木にゆいつけてあるのだろう」と、詩人は言いました。「そのかわりくらしの心配はいらないのだ。年をとれば、恩給がもらえるしな」
「やはりなんといっても、きみのほうがいいくらしをしているよ」と、書記は言いました。「うちにすわって詩を書いているというのは、楽しみにちがいない。それで世間からはもてはやされる。おれはおれだでやっていける。まあ、きみ、いちどためしにやってみたまえ。こまごました役所のしごとに首をつっこんでいるということが、どんなことだかわかるから」
詩人はあたまをふりました。書記も同様にあたまをふりました。てんでにじぶんじぶんの意見をいい張って、そのままふたりは別れました。
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