船の人たちは、お姫さまが氷山の上に座って長い髪を風になびかせているのを見ると、びっくりして進路をかえていってしまいました。
やがて日が暮れかかると、空は雲でおおわれました。
稲妻がピカピカと光り、かみなりがゴロゴロと鳴りだしたのでした。黒い海の波に、大きな氷山が、高く持ちあげられ、赤いいなずまに照らしだされて、キラキラ光りました。
どの船も、みんな帆をおろして、船の中の人たちは、おそろしさにふるえていました。
お姫さまは、波のあいだをただよう氷山の上に静かに腰をおろして、青いいなずまが、ジグザグに、ピカピカ光る海の面にきらめき落ちるのをながめていました。
おねえさまたちは、はじめて海の底から水の上に浮びあがったとき、新しいものを見たり、美しいものを目にして、みんな夢中になってよろこんでいました。
けれども、一人前の娘になって、好きなときに、いつでも行けるようになると、いままでほど心をひかれなくなりました。
それどころか、かえって、うちが恋しくなりました。
一月もたつと、海の底がやっぱりどこよりも美しくて、うちにいるのがいちばんいいと、口々に言うようになりました。
五人のおねえさまたちは、夕方になると、よく手をつないでは、ならんで、海の上に浮びあがっていきました。
お姫さまたちは、どんな人間よりも、美しい、きれいな声をもっていました。
あらしがおこって、船が沈みそうになると、その船の前をおよぎながら、それはそれはきれいな声で、海の底がどんなに美しいかをうたいました。
そして、船の人たちに、海の底へ沈んでいくのをこわがらないでください、とたのむのでした。
けれども、船の人たちには、お姫さまたちのうたう言葉がわかりません。
あらしの音だろうぐらいに思いました。
それから、その人たちは、美しい海の底を見ることもできません。
それもそのはず、船が沈めば、人間はおぼれて、死んでしまうのです。
そうしてはじめて、人魚の王さまのお城に行くのですからね。
こうして、夕方、おねえさまたちが、手をとりあって、海の上に浮びあがっていってしまうと、いちばん下の小さなお姫さまは、たったひとり取りのこされて、おねえさまたちのあとを見送るのでした。
そんなときには、さびしくって、泣きたいような気がしました。
けれども、人魚のお姫さまには、涙というものがありません。
涙がないだけに、もっと苦しい、つらい思いをしなければなりませんでした。
「ああ、あたしも、早く十五になれないかしら」と、お姫さまは言いました。
「海の上の世界と、そこに家をたてて住んでいるという人間が、きっと好きになれそうだわ」
とうとう、お姫さまも十五になりました。
「もう、おまえも大きくなりました」と、お姫さまにとってはおばあさまにあたる、王さまのおかあさまが言いました。
「さあ、おいで。
おけしょうをしてあげましょう。
おねえさんたちにしてやったようにね」
こう言って、おばあさまは、白ユリの花輪をお姫さまの髪につけてやりました。
見ると、その花びらは、一つ一つが、真珠を半分にしたものでした。
それから、お姫さまが高い身分であることをあらわすために、お姫さまのしっぽを八つの大きなカキにはさませました。
「あら、いたいっ!」と、人魚のお姫さまは言いました。
「りっぱになるのには、すこしくらい、がまんをしなくてはいけませんよ」と、おばあさまが言いました。
お姫さまは、そんなおかざりなどは、どんなにはらい落してしまいたかったかしれません。
重たい花輪なども、取ってしまいたいと思いました。
そんなものよりも、お庭に咲いている赤い花のほうが、お姫さまにはずっとよく似合うにきまっています。
でも、いまさら、そうしようとも思いません。
「行ってまいります」と、お姫さまは言って、すきとおったあわのように、かろやかに、水の中を上へ上へとのぼっていきました。
お姫さまが海の上に頭を出したとき、ちょうどお日さまが沈みました。
けれども、雲という雲は、まだバラ色に、あるいは金色に照りはえていました。
うすモモ色の空には、よいの明星が明るく、美しく光っていました。
風はおだやかで、空気はすがすがしく、海の面は鏡のように静かでした。
むこうのほうに、三本マストの大きな船が浮んでいました。
風がすこしもないので、帆は、たった一つしかあげていません。
そのまわりの綱具や、帆げたの上には、水夫たちがすわっていました。
船からは、音楽と歌も聞えてきます。
そのうちに、夕やみがこくなってくると、色とりどりの、何百ものちょうちんに、火がともされました。
そのようすは、まるで万国旗が風にひらひらと、ひるがえっているようでした。
人魚のお姫さまは、船室の窓のすぐそばまでおよいでいきました。
からだが波に持ちあげられるたびに、すきとおった窓ガラスを通して、中のようすをのぞくことができました。
そこには、きれいに着かざった人たちが、大ぜいいました。
なかでも美しく見えたのは、大きな黒い目をした、若い王子でした。
年のころは十六ぐらいでしょうか。それより上には見えません。
きょうは、この王子の誕生日だったのです。
それで、こんなににぎやかに、お祝いの会が開かれているのでした。
水夫たちが、甲板で踊りをはじめました。
そこへ、若い王子が出てきますと、花火が百いじょうも空高く打ちあげられました。
そのため、あたりが、ま昼のように明るくなりました。
人魚のお姫さまは、びっくりぎょうてんして、水の中にもぐりこみました。
でも、すぐまた、頭を出してみました。
と、どうでしょう。
空のお星さまが、みんな、自分のほうへ落ちてくるようです。
お姫さまは、こういう花火というものをまだ一度も見たことがなかったのです。
大きなお日さまが、いくつもいくつも、シュッ、シュッと音をたてながら、まわりました。
すばらしい火のさかなが、青い空に飛びあがりました。
そうしたすべてのありさまが、すみきった、静かな海の面にうつりました。
船の上は、あかあかと照らし出されました。
人間の姿はもちろんのこと、どんなに細い帆づなでも、一本一本をはっきりと見わけることができました。
ああ、それにしても、若い王子は、なんという美しい方でしょう! 王子は、にこにこしながら、人々とあくしゅしていました。
そのあいだも、このはなやかな夜空に、音楽はたえず鳴りひびいていました。
夜はふけました。
それでも、人魚のお姫さまは、船と、美しい王子から、目をはなすことができませんでした。
もう今は、色とりどりのちょうちんの火は消えて、花火も空に上がらなくなりました。
お祝いのための大砲の音もとどろきません。
けれども、深い海の底では、低くブツブツといううなりがしていました。
お姫さまは、あいかわらず、水の上に浮びながら、波のまにまにゆられて、船室の中をのぞいていました。
ところが、船は、きゅうに、今までよりも速く走りだしました。
帆が一つ、また一つと、張られました。
気がついてみると、波は山のように高くなり、空には黒雲が集まってきて、遠くのほうでは、いなずまがピカピカ光っているではありませんか。
ああ、おそろしいあらしがやってきそうです。
初級翻訳・人魚の姫 第3話
アンデルセン ハンス・クリスチャン
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