初級翻訳・人魚の姫 第4話

アンデルセン ハンス・クリスチャン

このありさまに、水夫たちはまた帆をおろしました。
大きな船は、あれくるう海の上を、ゆれながらも、矢のように速くつき進んでいます。
波は、大きな山のように、黒々ともりあがって、今にもマストをつきたおそうとします。
船は、まるでハクチョウのように、高い波の谷間に沈むかと思うと、すぐまた、塔のような波のてっぺんに持ちあげられました。
人魚のお姫さまには、おもしろい航海のように思われました。
ところが、船の人たちにしてみれば、それどころではありません。
船は、うめくような音をたてて、ミシミシときしりはじめました。
大波が船にはげしくぶつかると、そのいきおいで、あつい船板がまがり、海の水が流れこみました。
マストは、アシかなにかのように、まんなかから、ポキッと折れてしまいました。
船は横にかたむいて、水がどっと船倉へ流れこんできました。
船の中の人たちの命が、あぶなくなりました。
人魚のお姫さまも、ようやく、そのことに気がつきました。
でも、そうは思っても、お姫さま自身が、海の上をただよっている、船の材木や板切れに、気をつけなくてはなりません。
そのとき、きゅうに、あたりがまっ暗になって、なに一つ見えなくなりました。
と、思うまもなく、また、いな光りがして、ぱっと明るくなりました。
船の上のものが、またみんな見えました。
だれもかれもが、大さわぎをしています。
お姫さまは、その中で、あの若い王子の姿をさがしました。
と、船がまっ二つにさけたとたん、深い海の中へ、王子の落ちこんでいくのが見えました。
その瞬間、お姫さまは、すっかりうれしくなりました。
王子が、海の底の、自分のそばへくるものと思ったからです。
けれども、すぐまた、人間は水の中では生きていられない、ということを思い出しました。
だから、この王子も死ななければ、おとうさまのお城へは降りていくことができないのだと気がつきました。
ああ、王子さまを死なせてはいけない! どうしても死なせてはならない! そう思うと、お姫さまは、自分の身の危険も忘れて、海の上をただよっている材木や板のあいだをかきわけて、王子のほうへおよいでいきました。
もし、その材木の一つでも、からだにあたれば、お姫さまは押しつぶされてしまうのです。
お姫さまは、水の中へ深くもぐったり、大きな波のあいだに浮びあがったりしているうちに、とうとう、若い王子のところへおよぎつきました。
王子は、もうこれ以上あれくるう海の中をおよぐことはできなくなっていました。
手足はつかれきって、もう、しびれはじめていたのです。
美しい目は、しっかりととじていました。もしもこのとき、人魚のお姫さまがきてくれなかったなら、王子はきっと死んでしまっていたことでしょう。
お姫さまは、王子の頭を水の上に持ちあげて、どこともわからないまま、波に身をまかせてただよっていきました。
明けがたの近くになって、あらしはすぎさりました。
船はかげも形もなく、あたりには、木の切れはし一つ見えません。
お日さまがあかあかとのぼって、海の面をキラキラと照らしました。
すると、気のせいか、王子の頬にも、少し血の気がさしてきたように思われました。
でも、やっぱり、目はかたくとじたままでした。
人魚のお姫さまは、王子の高くて美しいひたいにキスをして、ぬれた髪の毛をなであげてやりました。
見れば、王子は、どことなく、海の底の小さな花壇にある、あの大理石の像に似ているような気がします。
お姫さまは、もう一度キスをして、王子さまがどうか生きていてくれますようにと、心の中で祈りました。
やがて、むこうのほうに陸地が見えてきました。
高い、青い山々のいただきには、ちょうど、ハクチョウが寝ているようなかっこうで、まっ白い雪がキラキラと光っていました。
下の海べには、美しいみどりの森があって、その前に一つの建物が立っていました。
それは教会なのか修道院なのか、お姫さまにはよくわかりませんでした。
見ると、庭にはレモンやオレンジの木が生えていて、門の前には高いシュロの木が立っていました。
海は、ここで小さな入り江になっていました。
入り江の中はとても静かでしたが、おくの岩のところまではたいそう深くなっていました。
その岩のあたりでは、白いこまかい砂が波にあらわれていました。
人魚のお姫さまは、美しい王子をだいて、そこへおよいでいきました。
そして、王子を砂の上に寝かせましたが、そのときも王子の頭を高くして、暖かいお日さまの光がよくあたるように、気をつけてあげました。
そのとき、大きな白い建物の中で、鐘が鳴りました。
そして、若い娘たちが大ぜい、庭から出てきました。
それを見ると、人魚のお姫さまは、そこから離れて、二つ三つ海の面につき出ている、大きな岩のかげまでおよいでいきました。
そこで、海のあわを髪の毛や胸にかぶって、だれにも顔を見られないようにしてから、この気の毒な王子のそばに、どんな人がやってくるか、じっと見ていました。
まもなく、ひとりの若い娘が歩いてきました。
娘は、王子を見ると、たいそうびっくりしたようでした。
でも、すぐにもどっていって、ほかの人たちを呼んできました。
人魚のお姫さまが、なおも目を離さずに見ていますと、王子は、とうとう気がついて、まわりにいる人たちにほほえみかけました。
けれども、命をたすけてくれた人魚のお姫さまのほうへは、ほほえんでも見せませんでした。
考えてみれば、それもむりはありません。
お姫さまに命をたすけてもらったことなどは、夢にも知らないのですからね。
でも、お姫さまは、たいそう悲しくなりました。
まもなく、王子が大きな建物の中にはこばれていってしまうと、人魚のお姫さまは、悲しみながら水の中へしずんで、おとうさまのお城へもどっていきました。
このお姫さまは、もともと、もの静かで、考え深いたちでしたが、今ではそれがもっともっとひどくなりました。
「ねえ、海の上で、どんなものを見てきたの?」と、おねえ사ま(おねえさま)たちはしきりにたずねましたが、お姫さまはなんにも話しませんでした。
それからは、幾晩も幾朝も、お姫さまは王子と別れた海べに浮びあがっていきました。
いつのまにか、庭の木の実が熟してもぎとられていくのを見ました。
高い山々の雪がとけていくのも見ました。
それでも、王子の姿は見えません。
そのたびに、お姫さまは前よりもいっそう悲しくなって、うちへ帰っていくのでした。
いまのお姫さまにとっては、自分の小さな花壇の中にすわって、王子に似ているあの美しい大理石の像を腕にだくことだけが、たった一つのなぐさめとなりました。
もう、お姫さまは花の手入れもしてやりません。
ですから、草花はまるで荒れ野のように、道の上までぼうぼうとおいしげってしまいました。
おまけに、長いくきや葉が木の枝とからみあっているものですから、あたりはまっ暗になりました。
とうとう、人魚のお姫さまは、もうこれ以上がまんができなくなりました。
自分の苦しい気持をおねえさまのひとりに、そっと打ちあけました。
すると、すぐにほかのおねえさまたちにも知れてしまいました。

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