初級翻訳・探偵少年 第11話

探偵少年

」
それでも支配人はまだ安心できないのか、「わたしも、四時をすぎるまでここで番をしますよ」と言って、金庫の前のイスに腰をおろしました。
実は、支配人は金庫のなかに入っているのが本物ではなく陶器のトラだということを知らないのです。それは少年探偵団員だけの秘密でした。
みんなはすっかり黙り込んで、ジロジロとあたりを見まわしていました。
まるで忍術つかいのような魔法博士のことですから、いったいどこから忍び込んでくるのか、全く見当がつかないからです。
地下室にはたくさんの少年たちがいるのに、まるで誰もいない部屋のようにシーンとしずまりかえっていました。
今にもあやしいやつが飛びこんでくるのではないかと、みんな胸をドキドキさせていましたが、いつまでたっても何ごとも起こりません。
支配人は腕時計を見つめながら、小声でつぶやきました。
「四時五分前です……二分前……一分前……あっ、ちょうど四時になりました!」

意外なトリック

「あっ、四時だ!」
坂口くんと井上くんが自分の腕時計を見て叫びました。
いよいよ約束の四時がやってきたのです。
しかし、不思議なことに、まわりでは別に変わったことも何も起こりませんでした。
「なんだ、とうとう魔法博士は来なかったじゃないか」
井上くんがそう言うと、支配人がにやにやと笑いました。
「魔法博士は、本当に来なかったのでしょうかね?」
「だって、だれも来ていないじゃないか!」
坂口くんは、にやにやしている支配人の顔を見て、少し怒ったように言いました。
「来ていますよ。」支配人が、妙なことを言うのです。
「えっ、来ているって、どこに?」
「ここに来ていますよ。」
 それを聞くと、少年たちはハッとして、ギョッとした顔で支配人を見つめました。
 しかし支配人は、相変わらずニヤニヤと笑っています。
 なんだかその顔が、いつもの優しい支配人とはちがっているように見えて、みんなはうすぐらい不気味な気持ちにとらわれました。
「きみは……きみは、いったい、だれだっ!」
 坂口くんが、おびえた声を張り上げました。
「ハハハ……、魔法博士が変装の名人だということを、忘れたのかね?」
 その瞬間、支配人の顔が、みるみる別の人にかわっていくように感じられました。
「あっ、それじゃ、きみは……!」
「そうだよ。わしは魔法博士だよ。どうだ、おどろいたか?」
 それを聞いた八人の少年たちは、サッと金庫の前に駆け寄り、そこに立ちはだかりました。
 魔法博士にこれ以上、金庫の扉を開けさせないためです。
「ワハハハ……、いまさら金庫をまもったって手遅れだよ。黄金のトラは、とっくに魔法の力で、わしが盗み出した。ウソだと思うなら、きみたち、金庫を開いてあらためてみるがいい。」
「だって、金庫の扉は一度も開かなかったよ! ぼくたちがちゃんと見ていたんだ。扉を開けないで、なかのものが取り出せるはずなんかないっ!」
「ハハハ……、そこが魔法だよ。ともかく、金庫を開いてみるがいい。」
 そう言われてしまうと、しらべてみないわけにはいきません。
 坂口くんはドキドキしながら暗号のダイヤルを回しました。
 そして、重い金庫の扉を力まかせにガチャンと開けたのです。
 なかから小箱を取りだして、おそるおそる開けてみますと、綿でくるんだ陶器のトラは、たしかにもとのままそこに入っていました。
「なあんだ、ちゃんと、ここにあるじゃないか!」
「ウフフフ……、それが黄金のトラかね? ちょっと見せてごらん。」
 支配人はそう言うと、いきなり坂口くんの手から小箱をひったくり、中からニセモノのトラを取りだすと、パッと床になげつけました。
 ガチャンと鋭い音がして、陶器のトラはこなごなに割れてしまいました。
「ワハハハ……、これでも黄金のトラかね? まっかなニセモノじゃないか!」
 支配人は勝ち誇ったようにカラカラと笑いました。
「そうだよ! それはニセモノだよ。ホンものはちゃんと、べつのところにかくしてあるのさ。ハハハ……、魔法博士のくせに、そんなことも知らないんだね!」
 坂口くんが胸を張って言い返すと、支配人はニヤリと不敵に笑いました。
「ウフフフ……、ところがね、実をいうと、わしは魔法博士の『弟子』でね。ほんものの博士が、とっくにあの黄金のトラを盗み出しているのさ。ウソだと思うなら、陶器屋の今井くんの家へ電話をかけて聞いてみるがいい。いま、あそこでおそろしくおもしろいことが起こっているからね」
 ――あぁ、なんと、魔法博士はなにもかもお見通しだったのです。
 少年たちを油断させるために、博士の弟子が坂口くんの店の支配人に化けて、こんな見事なお芝居を演じてみせたのでした。
「きのう電話をかけたのはね、魔法博士がここの金庫をねらっていると思い込ませて、きみたちを全員ここへひきつけておくためだったのさ。そして、そのすきに、ほんものの魔法博士が今井くんの店から黄金のトラをすっかり盗み出してしまったのさ。ハハハハ……、きみたちがいくら知恵をしぼったって、博士にはかないっこないのさ!」
 支配人に化けた博士の弟子は、カラカラと大笑いしながら、優雅に階段をのぼって地下室から出ていきました。
 残された八人の少年たちは、あまりのショックにそこに立ちすくんだままぼんやりしていましたが、やがて坂口くんがハッと気を取りなおして一階へ駆け上がり、今井くんのお店へ電話をかけますと、やっぱり黄金のトラはすでに盗み出されてしまったあとだということがわかったのです。

追跡

 お話はかわって、ちょうどその日の午後四時すこしまえのことです。
 陶器屋である今井くんのお店のむかい側に、一台の黒い自動車がひっそりととまっていました。
 その車の中には、小林団長と、今井くんと、今井くんのお兄さんである大学生の三人が身をひそめてかくれていたのです。
 魔法博士が、黄金のトラが今井くんの店にかくしてあることをかぎつけて、コソコソとやってくるかもしれないと予測していたからです。
 今井くんのお兄さんは車の運転がとても上手だったので、少年探偵団の強い味方として協力し、知り合いのガレージから自動車を借り出して運転席に座り、そこでじっと待ちぶせをしていたのです。
 小林団長と今井くんの二人の少年も、後ろの座席に身をかがめてかくれていました。
誰もが窓のふちより低く体を伏せていたため、外から見ると車には誰も乗っていないように見えたのです。
 小林団長は、トラックなどに使う丸いバックミラーをガレージから借りてきて、それを自動車の窓のところへそっと差し出し、下から周囲の様子を警戒していました。このバックミラーは外側にふくらんだ凸面鏡(とつめんきょう)になっているので、ふつうの鏡よりもずっと広い景色が映し出されます。
少年たちはそれを、向かい側にある陶器屋の店に向けて、黄金のトラがかくしてある棚を見張っているのです。
「あっ、変なおじいさんが来たよ。
見てごらん。
ねえ、なんだかすごくあやしいやつだね」
 鏡の中にその姿が映し出されていました。

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