大きなめがねをかけ、白いあごひげを胸までたらし、茶色のコートを着て、黒いトルコ帽のようなものをかぶったおじいさんが、杖(つえ)にすがってヨチヨチと、陶器屋の店へ入っていくのです。
お店の中にはたくさんの客がいました。
おじいさんはその人ごみにまぎれて、だんだんと黄金のトラのかくしてあるオモチャの棚の方へ近づいていきます。
そして、その棚の前に立つと、キョロキョロとあたりを盗み見ながら、スーッと手を棚の上に伸ばしました。
「あっ、大変だっ。
トラが……!」
今井くんがさけびました。
あやしい老人は、陶器に見せかけてある本物の黄金のトラをひっつかんで、サッとふところへ入れてしまったのです。
店員も、すぐそばにいた客も、すこしもそれに気がつきません。
おじいさんはそのままコソコソと店の外へ出て、向こうの電車通りのほうへ歩いていきます。
「あのじいさんのあとを、つけてください!」
小林くんが運転席に声をかけました。
陶器屋の店を二十メートルも離れると、杖をついてヨボヨボ歩いていたはずのおじいさんの足が、にわかに早くなりました。
まるで青年のように、大股(おおまた)で歩くのです。
小林くんたちの自動車は、相手に気づかれないように遠く離れて、ノロノロとそのあとをつけていきます。
「あっ、変な自動車がいる。
あれに乗るのかもしれない!」
電車通りのかどに、青色の大きな自動車がとまっていました。
おじいさんはツカツカとそのそばに寄ると、いきなりドアを開けて、後ろの席にとびこんだのです。
そして、その自動車はものすごいスピードで走りだしました。
「にいさん、全速力だよ!
あの青い自動車を見うしなわないように!」
今井くんが運転席によびかけました。
「よしっ、まかせておけ!
にいさんのうでまえをよーく見ていなさい」
映画のワンシーンのような自動車の追跡劇が始まりました。
青と黒の自動車は、二十メートルから三十メートルの距離をあけながら、町から町へと恐ろしい早さで走っていきます。
青い自動車は、だんだんと人通りの少ない、さびしいほうへと曲がっていきました。
そして三十分ほどのちには、大きな川のそばに出たのです。
白いランチ
そこは、荒川区の隅田川(すみだがわ)の上流でした。
青い自動車は、長い橋の手前でスピードをゆるめ、川っぷちを右のほうへ曲がりましたが、すぐに方向をひきかえして、橋を渡っていきます。
「あっ、じいさんの姿が見えないぞ。
どうしたんだろう?」
今井くんがそれに気づいてさけびました。
青い自動車には運転手が乗っているだけで、後ろの席はからっぽです。
「さっき、橋の手前でスピードをゆるめたときに、とびおりたのかもしれない。
探してみよう!」
小林くんは今井くんのお兄さんに車をとめるようにお願いし、三人はそこで車から降りて川っぷちを右へ歩いていきましたが、おじいさんの姿はどこにも見えません。
そこには大きな工場の塀(へい)がずーっと続いていて、見渡すかぎり人通りもありませんでした。
川っぷちには、コンクリート工事のためのプレハブ小屋(バラックの事務所)がぽつんと建っています。
小林くんはなにを思ったのか、そのバラックの戸をガラリと開けて、中をのぞいてみました。
中にはたったひとり、三十五、六歳の労働者がいすにかけて、タバコをスパスパとふかしているばかりです。
バラック小屋には、隅田川のほうにも、川岸の道のほうにもガラス窓がついていました。
その中でタバコを吸っている労働者はちょうど道のほうを向いていましたから、さっきのおじいさんが外を通っていれば、気がついたはずです。
「おじさん、いまここを、トルコ帽をかぶった白ひげのおじいさんが通らなかったですか?」
小林くんがたずねると、その男はジロッとこちらをにらみつけて答えました。
「うん、じいさんのくせに、ものすごい勢いでかけだしていったぜ。
あっちのほうへね」
「ありがとうございます!」
小林くんはバラックの戸を閉めて、そこに待っていた今井くん兄弟といっしょに歩きだしましたが、バラックからすこし離れると……、小林くんはとつぜん立ちどまり、今井くんの耳に口をくっつけて、なにかひそひそとささやきました。
すると今井くんは大きくうなずいて見せ、
「うん、わかった!
しっかりやりたまえ!」
と言って、そのままお兄さんといっしょに、川岸をドンドンと向こうのほうへ走っていきました。
もちろん、白ひげのおじいさんを探すためでしょう。
なぜか、小林くんだけがひとりとりのこされたのです。あとにのこった小林くんは、川っぷちをたどって、すばやくバラック小屋のうしろにかくれ、その窓から、そっと中をのぞきました。
しばらくのぞいていましたが、やがてニコッと笑うと、そのまま橋のほうへ走っていき、そこにとめてあったさっきの自動車の中へとびこんで、姿を消してしまいました。
三分ほどすると、自動車のドアがそっと開いて、中からびっくりするような子どもが出てきました。
ボロボロのセーターに、ボロボロのズボン。頭の毛はボサボサにのびて、一年もおふろに入っていないような、まっ黒な顔。
まるで本物のこじきみたいな少年です。
こじき少年は、両手をズボンのポケットにつっこんだまま、ブラリブラリとバラック小屋のほうへ歩いていきます。
小屋の横までくると、バラックの壁にもたれて、その場にしゃがみこんでしまいました。
そして、ぼんやりと隅田川(すみだがわ)をながめています。
しばらくすると、川下のほうから一そうの白いランチ(小型船)が上ってきて、バラックのうしろの岸に近づくと、そのまま横づけになりました。
こじき少年はバラックのかげに身をひそめ、じっとその様子を見つめています。
すると、バラック小屋のうしろの戸がガラリと開き、さっきタバコを吸っていた男が、黒いふろしきづつみを持って出てきました。
そして、まわりをキョロキョロと見まわしてから、横づけになっているランチの中へと入っていったのです。
バラックのかげでそれを見ていたこじき少年は、何かを思いついたように、ポケットから紙とエンピツを取りだしました。
その紙に手紙のようなものをサラサラと書き、四つに折りたたむと、川っぷちの大きな石の上におき、風でとばされないように近くの小石をひろっておもしにしました。
それから、地面をはうようにしてランチに近づき、パッとその甲板(かんぱん)にとびのると、すばやくものかげに体をかくしました。
みなさん、この少年はいったい、だれなのでしょうか?
――こちらは、白いランチの船室(せんしつ)の中です。
いま乗りこんできた労働者のような男を、ふたりの船員がていねいに出迎えました。
「先生、うまくいきましたか?」
船員がたずねると、男は「ワハハハ!」と大笑いして、持っていた黒いふろしきづつみをほどきました。
すると、中から白髪のカツラや、つけひげ、トルコ帽、そして茶色のコートが次々と出てきたのです。
「さすがの小林団長も、これにはまいっただろうよ。自動車でみはりをつけて、わしを一生懸命に追跡してきたからな。だが、こちらにはとっておきの手があるのさ。
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