初級翻訳・日本の伝説 第18話

日本の伝説

また、お社の前の池にいる鯉(こい)や鮒(ふな)、鰻(うなぎ)ばかりが片目であるという理由もどこにもありません。
おそらく、はじめから「目が二つある普通の生き物」よりも、「片方しかないもの」に対して、人々は得体の知れない恐ろしさを感じたり、あるいは逆に特別なものとして大切に扱ったりする理由があったのでしょう。
だからこそ、「伝説の片目の魚」や「片目の蛇」という言い伝えが生まれ、そこに後からいろいろな昔話がくっついてきたのではないでしょうか。
そうした謎を解き明かすことが、いま私たちが向き合っている問題なのです。

歴史の世界でも、伊達政宗(だてまさむね)のように「独眼竜(どくがんりゅう)」と呼ばれた偉大な人物は少なくありませんが、伝説の世界では、とりわけ「目が一つの人」や「隻眼(せきがん)の人」が特別な尊敬を集めている傾向があります。
その中でも、先ほど名前を出した山本勘助(やまもとかんすけ)などは、武田家で一番の知恵者として伝えられていますが、この勘助もまた斜視であり、さらには足が不自由(ちんば)であったと言われているのです。鎌倉権五郎景政(かまくらごんごろうかげまさ)といえば、歴史の記録には「若いころに合戦に出て、目を矢で射られた」ということ以外はほとんど残っていないのに、大昔から鎌倉の御霊神社(ごりょうじんじゃ)に神様として祀(まつ)られてきました。
九州でも、あちこちの八幡様(はちまんさま)のお社に、この権五郎の魂が一緒におまつりされています。
東北地方のたくさんの村にある池で、「権五郎が目の傷をそこで洗った」という伝説が残っているのも、昔の人たちが彼が目を射られた勇敢な姿を心から尊敬していたからなのだと思います。

そう考えてみると、「この池の魚は片目だから、ほかの普通の魚とは違うんだ」と特別扱いしていたのにも、きっとそれとよく似た理由があったはずです。「人間の女性の激しい恨みだ」とか「池の主のたたりだ」なんていう話は、ちょうど池のそばにいる子安神(こやすがみ・子供や安産の神様)のところに「おばあさんはなんてかいなび(甲斐がない・役立たず)なんだ」という別の昔話をくっつけてしまったのと同じように、あとから色々な昔話がパズルのようにつなぎ合わされたもののようです。

つまり、昔の私たちの神様は、「目が一つの生き物」が大好きだったのです。
あたりまえに目が二つある生き物よりも、片目になった生き物のほうが、よりいっそう神様に近づくことができ、神様にお仕えすることができたのではないかと考えられるのです。

片目の魚が「神様の魚」とされていたわけは、ちょっと考えてみると簡単に想像がつきます。
神様にお供えする魚は、川や湖から捕まえてきて、すぐに「はい、どうぞ」と差し上げるのはなんだかもったいないし恐れ多いので、しばらくの間、清らかな神社の池に放して泳がせておくことにしました。そのとき、普通の魚と区別するために、「あらかじめ片方の目を取っておこう」ということが行われたのかもしれないのです。
もっとも、最近のお祭りの中で実際にそんな乱暴なことが行われていたかどうかは分かりませんが、「片目の魚は捕まえて食べてはいけない」「食べたら恐ろしいバチが当たる」といった言い伝えが残っているのは、そういう大昔からの決まりや習わしがあったからだと思われますし、ほかにも色々な物語が残っています。

たとえば、滋賀県(近江)の琵琶湖の南にある磯崎明神(いそざきみょうじん)では、毎年四月八日のお祭りの前日になると、網を下ろして二匹のフナを捕まえ、一匹は神様にお供えし、もう一匹は片方のウロコ(あるいは目)を取ってから、ふたたび湖へ逃がしてやるという行事がありました。そして次の年の四月七日になると、網の中にまた二匹のフナが入ってくるのですが、そのうちの一匹は必ず去年のそのフナなのだと言われていました。
そんなことが本当にあるのかどうかは怪しいものですが、とにかく「魚に目印をつけて一年間放しておく」という古い習慣をもとにしたお話があったのは確かなのです。

また、「天狗様(てんぐさま)は魚の目が大好きだ」というお話もありました。
静岡県(遠州)の海の近くの平らな土地では、夏になると夜の田んぼの上を、たくさんの火の玉がフワフワと高く低く飛び回るのを見かけることがありました。
人々はこれを「天狗の夜とぼし(灯り)」と呼び、山から天狗がドジョウを捕りにやって来ているのだと言い伝えました。
その不思議な現象があったあと、しばらくの間は、用水路や小川のドジョウの中に「目がなくなっているもの」がゴロゴロ見つかったそうです。それは、山からやって来た天狗様が、ドジョウの「目玉だけ」を抜き取っていくからなのだと言われていたのです。
これとまったく同じお話は、沖縄の島々や、奄美大島の村々にもありました。
沖縄では「キジムン」という山の精霊(あるいは山の神)が有名ですが、このキジムンは人間と友だちになって海へ魚釣りに行くのが大好きでした。キジムンと一緒に釣りに行くと、驚くほどたくさんの魚が釣れます。しかも彼は「魚の目だけを取って、残りの身はすべて人間にくれる」ので、人間にとっても非常にありがたいというお話もあったのです。

また、宮城県の漁師の間で語り継がれている話では、金華山(きんかさん)の沖で採れるカツオは、なぜか必ず「左の目が小さいか、潰れている」のだそうです。
これは、カツオたちがはるか南の海から泳いできて、金華山のお社の灯明(とうみょう)の火を見つけてそれに向かって泳いだからだと言い伝えられており、漁師たちはこれを「カツオの金華山詣(まい)り」と呼んでいたそうです。
もちろん「必ずそうなる」といっても、一匹残らず実際に調べて確かめることなどできません。
それでも人々が「カツオの目は片方潰れている」と思うようになった原因は、やはり「神様は片目が好きなんだ」という言い伝えを知っていた人が昔からいたという証拠なのだと思います。

それからさらに、お社の大きなお祭りの日に、神様の前で「魚の目を突いて片目にした」という伝説が残っている場所もあります。
宮崎県(日向)の都万神社(つまじんじゃ)のお池や、花玉川(はなたがわ)の流れには、今でも片目のフナが泳いでいると言われています。
大昔、女神さまである木花開耶姫(このはなさくやひめ)がこの池の岸で遊んでいらっしゃったとき、神様の美しい「玉の紐(ひも)」がポチャンと水に落ち、池にいたフナの目を貫いてしまいました。それからというもの、この池には片目のフナが住むようになったのだそうです。
この社では「玉紐落(たまひもおとし)」という言葉を「フナ」と読み、フナのことを「神様の親類だ」と大切にするようになったのは、まさにこうした理由からなのだと言い伝えられています。

また、石川県(加賀)の横山にある賀茂神社(かもじんじゃ)でも、こんな言い伝えがあります。
大昔、まだお社が別の場所にあった頃、神様がフナの姿になってお御手洗川(みたらしがわ)です楽しそうに泳いでいらっしゃいました。すると、急に強い風がビューッと吹いて、岸にあった桃の実がポトリと落ち、そのフナの目に当たってしまったのです。

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