初級翻訳・日本の伝説 第24話

日本の伝説

その理由もやがて忘れ去られてしまい、しまいには「竜宮の乙姫様」などと言われるようになりましたが、ここでお話しした聞こえてくる機の音は、竜宮のものではなく、最初からその土地の神様のためのものだったのです。
ちょうど、片目の魚を生け贄(いけにえ)として特別におそれ敬ったように、のちのち神様の身につけられる大切な布であるため、その機の音がする場所へは、普通の人が布を織るようなことはおそれ多いとして、近づかないようにしていました。
昔の暦で五月の一定の期間は、普通の女の人は機を織ってはならないといういましめがあり、これを破る人がいると厳しく罰せられる村は、今でも残っています。
安芸の厳島(いつくしま)などは、島の神様が女神様だったせいか、昔は島のなかで機を立てる(機織りをする)ことが常に禁じられていました(『棚守房顕手記(たなもりふさあきてき)』)。
また、機を織る道具を持ったまま池のそばを通った女の人が、池に落ちて死んでしまったというお話がほかの村々にも多いのも、きっとそのためなのだと思います。
若狭の国吉山のふもとにある「機織り池」なども、今はすっかり水田になってしまいましたが、昔は水の中から機を織る音が聞こえると言われていました。
まだこの池が大きな池だった頃、一人の女の人が機織りの道具を持って池の氷の上を渡ろうとしたところ、氷が割れて水の中に落ちて死んでしまいました。
「機織姫神社(はたおりひめじんじゃ)」というのは、その女の人の霊をまつったものだと言われていますが、それはおそらく思い違いで、この姫神様の社があるほど神秘的な池だからこそ、こんな恐ろしいお話が生まれたのだろうと私は思います。
(『若狭郡県志』福井県三方郡山東村阪尻)
 それよりもさらに物すごいお話が、近江の「比夜叉の池(ひやしゃのいけ)」にあります。
もともとはこの池には水が少なかったので、「どうすればよいか」と占いを立ててみたところ、「一人の女を生きながら池の底に埋めて、水の神様におまつりするならば、きっと水が絶えなくなるだろう」という結果が出ました。
その時、領主であった佐々木秀茂(ささきひでしげ)の乳母(うば)である比夜叉御前(ひやしゃごぜん)が、自ら進んでこの人柱(ひとばしら)となり、自分の持っていた機織りの道具とともに水の下に埋められました。
それからは言い伝えの通り、いつも池いっぱいに水がたたえられるようになり、今でも「比夜叉女水神(ひやしゃめすいじん)」と呼ばれて大切に信仰されています。
そして、真夜中にこの池の脇を通る人は、今でもいつも水の底から機を織る音が聞こえてくると言われているのです。
(『近江輿地志略』滋賀県阪田郡大原村池下)
 乳母がわざわざ機織りの道具を持って池の底に入っていったという部分は、もう一つ古い時代からの古いお話の名残なのだろうと思います。
「比夜叉」という池の名前も、もとは恐ろしい池の主がいたためについたらしいのですが、美濃の「夜叉池(やしゃいけ)」の方でも、やはりそれを大蛇(おろち)に嫁入りした長者の愛娘(まなむすめ)の名前なのだと言い伝えられています。
つまり、こうした伝説は、昔話の形になりやすいのです。
昔話の中でいちばん面白い部分を持ってきて、結びつけられやすいものなのであります。上総の雄蛇の池(おじゃのいけ)のお話でも、若いお嫁さんがお姑さんに憎まれて、「機の織り方が気に入らない」といって厳しくいじめられてしまいました。
あまりのつらさに困ってしまったお嫁さんは、この池に身を投げたという言い伝えになっています。でも、雨が降る日には水の底から今でも「とントン、とントン」と梭(ひ:機織りの道具)の音が聞こえてくるというのは、まさに昔からの伝説なのです。
もともとはこのお話も、きっと池に住む雄蛇(おじゃ)と、もっと深い関係があったのだろうと私は思います。
(『南総乃俚俗』千葉県山武郡大和村山口)

 しかし、そうした昔話の方でも、もしも「水の底で機を織っている」という伝説がなかったら、ここまで面白くお話が発展することはなかったでしょう。
ひとつの例をあげると、土佐の地頭分川(じとうぶんがわ)の下流にある行川(なめかわ)という村には、深い淵があって、その岸には大きなどっしりとした岩がありました。
昔、ある人がこの岩の下をのぞいてみると、淵の底にぽっかりと穴が開いていて、その奥の方で美しい女の人がきれいな綾(あや:模様のある絹織物)を織っているのを見たという伝説が残っています。
(『土佐州郡志』高知県土佐郡十六村行川)

 この伝説は、特に全国のあちこちに広く行き渡っていますが、大抵はこのお話にともなって、少し気味の悪いお話や、反対にわくわくするような楽しいお話が語り伝えられているのです。
羽後(うご)の小安(おやす)の不動滝(ふどうたき)の滝つぼでは、昔、あるきこりが山刀(やまがたな)をこの淵に落としてしまい、水の中に潜って一生懸命さがし回っていると、突然パッと明るい、とても美しい里に出ました。
そこには立派な御殿があって、中にはきれいな女の人がいたのです。
「あなたがさがしている山刀はここにあるよ」といって男にそれを渡し、女の人はこう言いました。
「二度とふたたび、こんなところへ来てはいけません。
ほら、あの大きないびきの音を聞きなさい。
あれは私の夫である竜神の寝息なのです。
私は仙台の殿様の娘なのですが、竜神に連れ去られてしまって、もうここから逃げ出すことができないのです」
……とお話ししたというのです。
この小安のお話には、最初にあった「女の人が機を織っていた」というポイントが、すでにすっきりと抜け落ちています。
(『趣味の伝説』秋田県雄勝郡小安)

 ところが、私が耳にした陸中(りくちゅう)の原台(はらだい)の淵のお話では、長者の娘は水の底でひとりぼっちで機を織っており、きこりの落とした鉈(なた)は、ちゃんとその機織り機の台木にちょこんと立てかけられていたというのです。そうして、「お父さんやお母さん、心配しないでね」という伝言を伝えてくれたのだと言われています。
(『遠野物語』岩手県下閉伊郡小国村)

 さらに、岩代(いわしろ)の二本松の町の近くにある塩沢村(しおざわむら)の「機織御前(はたおりごぜん)」のお話などは、また少し違ったユニークな展開をしています。
昔、ある人が川の流れで鍬(くわ)を洗っていて、うっかりそれを水の中に落としてしまいました。
水底にもぐってさがし回っているうちに、なんとそのまま竜宮城までたどり着いてしまったのです。
竜宮では、美しいお姫様がたったひとりで機を織っていました。
「長い間お待ちしていました、よくいらっしゃいましたね」といって、それはそれは手厚くもてなしてくれたのですが、自分の家のことがどうしても気になったので、三日目に「お暇(いとま)をいただきます」と告げ、腰元(こしもと)に帰り道まで送ってもらって、もとの村へ帰って来ました。
ところが、自分では「たった三日だった」と思っていたのに、村に帰ってみたら、なんとすでに二十五年もの歳月が流れていたのです。
それから、その出来事を記念するために、この「機織御前」のお社を建てたというお話です。

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