初級翻訳・日本の伝説 第23話

日本の伝説

山姥は少し意地悪で、いつも子どもがいやがるような、にくらしい口答えをよくするというところから、「あまんじゃく」という言葉が、素直ではない子どものあだなのようになりましたが、本当はこの山の反響する声こそがその始まりなのです。
前にお話しした「姥が池(うばがいけ)」の伝説と同じように、「あまん」も「おまん」も、どちらも姥神(うばがみ)様のことを指しています。
東京のような山から遠く離れた都会でも、昔は夕焼け小焼の空を見ることを「おまんが紅(べに)」と言っていました。
空が半分ほどもまっ赤に染まるのを、どこかで山の大女が、お化粧用の紅を溶かしているのだと面白おかしく語り合っていたのです。

この山姥が機を織ったというお話も、土地によってまたいろいろな形に変って伝えられています。
遠州(えんしゅう)の秋葉(あきは)の山奥では、山姥が三人の子どもを産み、その三人の子どもたちがそれぞれ大きな山の主になったと言われており、その山姥がまた里の近くまでやって来て、水のほとりで機を織っていたという言い伝えがあります。
秋葉山のお社の少し後ろの方には、深い井戸があります。
この山にはもともと美味しい湧き水がなかったので、千年以上も昔に神主が神様にお祈りし、はじめて授けていただいたという井戸でした。この泉の名前を「機織(はたおり)の井」と呼ぶのは、その昔、奥山に住んでいた山姥が久良支山(くらきやま)からやって来て、この井戸のわきに住み着き、神様の衣を織っては献納していたから、この名前がついたのだと言い伝えられています。
そのような言い伝えが残る井戸は、この近辺の村だけでも、まだ二つや三つもあります。
(『秋葉土産』静岡県周智郡犬居村領家)

秋葉の山の神は、世間では「三尺坊さま(さんしゃくぼうさま)」とお呼びして、今でも火の災難を防いでくれる神様として大切に拝んでいますが、それはおそらくこの貴い泉を支配していらっしゃる神様だったからなのだろうと私は思います。
山姥とこの三尺坊様の間には、一通りではない深い関係があったので、神様の御衣を山の姥がわざわざやって来て織ったというのにも、それなりのちゃんとした理由があったのです。
相州(そうしゅう)の箱根の入り口にある風祭(かざまつり)という村は、のちに築地(つきじ)へ持っていった「咳(せき)の姥」の石像があった場所ですが、その近くにも「大登山秋葉寺(だいとうざんあきばでら)」という大きなお寺があって、いつの頃からか三尺坊様をお迎えしてまつっています。
このお寺にも、一夜にして湧き出したという不思議な清水があり、水の底には二つの玉が納められているとも言われていて、昔はここで雨乞いのお祭りをしていました。
今から三百五十年ほど前にも、ここへ一人の姥がやって来て布を織ったことがあるので、人々はその井戸を「機織りの井」と呼ぶようになりました。
姥はその布に五百文の鏡を添えてお寺へ贈り、どこへともなく去っていってしまいました。
その銭は長くこの寺の宝物として大切に残され、布は和尚様が亡くなるときに身にまとって旅立ったということです。
(『相中襍志』神奈川県足柄下郡大窪村風祭)

今でも姥神様は絶えず機を織り続けていらっしゃるけれど、それを人間の目で直接見ることはふつうできないのだと言われている場所もあります。
信州(しんしゅう)の松本あたりの地域では、人が病気になると「神降し(かみおろし)」という神様のお告げを聞く人に占ってもらうことが多いそうですが、それは水神様のたたりであることがよくあると言います。
水神様がきれいな水の上に五色の糸を縦糸として張り巡らせ、機を織って楽しんでいらっしゃるのに、人間がそれとは知らずにうっかり飛び込んで、その糸を切ったり汚したりしてしまうと、水神様がものすごく怒って人間にたたりをなさるのだと、昔の人たちは想像していたのです。
そのため、時々小さな川の流れの岸などに、紙で作った御幣(ごへい)を立てて五色の糸を張り、丁寧に神様をまつってある光景を見かけることがあったというお話です。
(『郷土研究二編』)

戸隠(とがくし)の山のふもとを流れる裾花川(すそばながわ)の岸には、「機織り石(はたおりいし)」と呼ばれる大きな岩があって、その脇には「梭石(ひいし:杼の形の石)」「筬石(おさいし)」「※石(※は「糸+恵」の字:巻糸の形の石など)」といった、機織りの道具にそっくりな形をした不思議な石がたくさん並んでありました。雨が降りそうになる少し前の頃になると、この石のあたりで「からから、からから」と音が聞こえてきます。これは神様が機(はた)を織っていらっしゃる音だと言われていました。この音が聞こえると、どんなに晴れている日でも空が曇り、二、三日のうちには必ず雨が降ると言われていたのですが、おそらく昔はここで雨乞い(あまごい)をしていたからなのでしょう。
(『信濃奇勝録』長野県上水内郡鬼無里村岩下)
 木曽の「野婦池(のふいけ)」という池も、ひでりの年に村の人たちが雨乞いに出かけた池でした。
この池では、時々山姥が水の上で機を織っているのを見たという人がいました。
この山姥は、もともとは大原という村の百姓の女房だったのですが、ある時髪が逆立って角が生え、しまいには家を飛び出して山姥になってしまったのだと言われています。
あるいは、自分が突いていた柳の杖を池の岸にさしたまま水の中へ入っていったという話もあり、そのあたりに柳の木がたくさん茂っているのは、山姥の杖が芽を出して大きくなったものだとも言われていました。
(『木曽路名所図会』長野県西筑摩郡日義村宮殿)
 水の底から機を織る音が聞こえてくるという伝説は、土地によって少しずつ語られ方が違っていますが、よく探してみると、あちこちの大きな川や沼に同じような言い伝えがあります。
羽後の「湯の台の白糸沢(ゆのだいのしらいとさわ)」では、水の神様がいつも機を織っていらっしゃるので、夜になってまわりが静かになると、いつでも「ひ(杼:ひ)」の音がこの淵の方から聞こえてくると言われていました。
(『雪之飽田根』秋田県北秋田郡阿仁合町)
 飛騨の「門和佐川(もんわざがわ)の竜宮が淵」というところでは、昔は竜宮の乙姫様が機を織る音が、何度も水の底から聞こえてきたものでした。
それがある時、一人のいたずら者が馬の「しがい(鞦:馬のしりがい)」をこの淵へ投げ込んで以来、ぱったりとその音が聞こえなくなってしまったと言います。
神話の時代にある「天の岩屋戸(あまのいわやと)」の物語にも少し似ている、不思議なお話です。
(『益田郡誌』岐阜県益田郡上原村門和佐)
 昔は村々のお祭りでも、毎年新しく神様のための衣服を作ってお供えしていたようです。
そのためには何よりもけがれを嫌って、こういう人里から少し離れた清らかな泉のほとりに「機殿(はたどの)」という建物を建てて、若い娘たちにその大切な布を織らせていたのだと思います。
その風習がだんだんとすたれていくと、後には「神様にお仕えする女神様がその役目をしているのだ」と考えられるようになっていきました。

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