わからないかなあ、田舎の百姓のおじいさんがどんな格好をしているか……」
あや子 「百姓のおじいさんっていったって、普通のお百姓さんじゃないんでしょう?」
亮太郎 「大して変わりやしないよ。僕がクシを使って髪を整えていたら、息子が女の真似をするようになったって、村中みんなに言いふらされたくらいだからね」
あや子 「まさか、そんなことないでしょう」
亮太郎 「(笑いながら)まあ、そういうところなのさ」
(少し間)
亮太郎 「今のうちに寝ておきなよ」
あや子 「もう眠くなくなったわ。なんだか少し寒いかしら……」
亮太郎 「自分の体調はどうなんだい。羽織はすぐに取り出せるようにしてあるんだろうね。これからの時間は、朝晩ずっとこの調子なんだから……」
あや子 「夏の時期なのに涼しいなんて変な感じね」
亮太郎 「夏だと思わなきゃいいさ。なにしろ、裏の森ではウグイスが鳴いているんだからね、この時期にさ……」
あや子 「本当よねえ、去年の夏に軽井沢へ行った友達がそう言ってたわ。軽井沢とそんなに変わらないんじゃないかしら」
亮太郎 「いや、もっといい所さ。変な外国人がうろちょろしてないからね……」
あや子 「あなたは外国人が嫌いなのね」
亮太郎 「大嫌いさ、あんな化け物みたいな連中は……。それはそうと、僕の地元にね、昔はじめて外国人がやってきたことがあるんだ。もう二十年も前の話だけれどね。その外国人が、今で言えば山岳旅行ってやつをやったんだよ、外国人らしくね。そうしたら、一人の百姓が山の中でその外国人にばったり出くわしたらしいんだ。その百姓はびっくり仰天して、ものすごい勢いで山を駆け下りてきてさ。『天狗がいた! 天狗がいたぞ!』って村のひとたちに大慌てで知らせたから大変だったんだ。当時は青年団なんてものもなかったから、力自慢の若い者たちが手に手にごんぼ棒や鎌を持って『天狗退治に行くぞ!』って大騒ぎになった……というのは嘘かもしれないけどさ。とにかく、あとになってそれが外国人だとわかって、『なるほど、鼻が高かったな!』ってみんなで納得したって話さ」
あや子 「うそばっかり、そんなお話……。でも、ありそうなことね。(と言って、今度は腹を抱えて笑い始める)」
亮太郎 「それ見たことか、面白いだろ。君、外国人は好きなのかい?」
あや子 「好きでも嫌いでもないわ」
亮太郎 「それならいいや」
あや子 「何がいいのよ」
亮太郎 「なんだか忘れちゃった」
あや子 「……」
亮太郎 「とにかく、うちの栗の木は一見の価値ありだよ。花が咲いていれば、一里(約4キロ)手前からでも見えるんだから」
あや子 「あたし、お弁当を食べようかしら……。お茶がないわね。そうだ、お茶がないわ。どうするつもりだったのかしら……」
亮太郎 「飲むつもりなんてなかったんじゃないのかな。水で我慢するさ。この辺の水は美味しいよ。もしかしたら薬効があるかもしれない。ラジウムとかが含まれていてさ……」
あや子 「それなら悪いけど、ちょっと汲んできて頂戴よ」
亮太郎 「何に汲むんだよ?」
あや子 「何かに決まってるでしょ、その辺に空きビンか何か落ちてない?」
亮太郎 「よし、君がそこまで言うなら、水を汲みに行く甲斐もあるってもんだ。ちょっと待っててくれ」
(外へ出て行く)
あや子 「(お弁当を開いて食べ始める)」
この間に、温泉巡りをしている上方(関西)出身らしい男が、芸者や仲居風の女性を連れて、列車の時刻表を見にやって来る。
だが、しばらくすると、またどこかへ行ってしまう。
亮太郎 「(ビールビンを提げて戻ってくる)」
あや子 「(片手でそれに触れてみて)あら、温かいのね。お茶を入れてもらってきたの?」
亮太郎 「男がその気になれば、お茶くらいちゃっかりもらってくるものさ。僕も食べるぞ」
(腰を下ろし、お弁当を食べ始める)
亮太郎 「この魚、傷んでないだろうな」
あや子 「お茶って、どうやって飲むのよ」亮太郎 「自分で考えなよ」
あや子 「こうするの?」 (と言いながら、瓶のまま直飲みしようとするが、うまく飲めない。ただ唇を尖らせるばかり)
亮太郎 (知らん顔をして)「飲み終わったら、こっちへ寄越しなさい」
あや子 (すぐに)「じゃあ、はい」
亮太郎 「なんだ、飲んでないじゃないか」 (さすがに呆れて、手際よく瓶を傾けてやる)
あや子 「これで、せっかくの紳士気取りの旅行も台無しね」
亮太郎 「台無しなもんか」
あや子 「だって、あの汽車の中でのすました様子ったら。私、おかしくって……。普段は吸もしない葉巻なんかふかしてさ……。足をこう組んで、眉間にしわを寄せて、『文芸春秋』なんか読んでいる姿は、たしかに歴史的な珍景だったわよ」
亮太郎 「君は自分のことどうなんだよ……。いや、やめよう、顔が赤くなってきたぞ」
あや子 「言いなさいよ。私のどこがおかしいっていうの?」
亮太郎 「おかしいさ、あんなに何度も何度も時計ばかり見て……」
あや子 「時計? あら……」 (笑いながら)「汽車旅には時間がつきものでしょ」
亮太郎 「駅長じゃあるまいし……。でも、君には案外、可愛らしいところがあるよ。四十円もする腕時計のせいで、とうとう一晩の睡眠を棒に振るなんてさ」
あや子 (もう相手にするのをやめて)「おいしくないわね、このお弁当……」 (ちょっと顔をしかめて)「ねえ、お茶を飲ませてよ……」
亮太郎 「おやじより、弟を見てびっくりしやしないかなあ」
あや子 「どうして?」
亮太郎 「無愛想な奴だからさ」
あや子 「そんなに?」
亮太郎 「いつだったか、模範青年だとか言って県で表彰されたんだけどさ、なんでもその時、知事なんかが見ている前で、『こんな免状みたいなものは何の役にも立たないから返す』って言い出して、大問題を起こしやがったんだ」
あや子 「でも、痛快な人じゃない」
亮太郎 「痛快じゃないこともないけど、誰に対してもあの調子だからね。君なんかに対しても、平気でとんでもないことを言い出すかもしれないよ」
あや子 「それくらい、心づもりはできてますっば。でも……」
亮太郎 「乱暴はしないよ。いるのかいないのかわからないような男だからね。十日間も口をきかないことだってあるんだ」
あや子 「まあ……」
亮太郎 「だから、こっちからあまり話しかけないほうがいい。うるさいと思うと、誰が相手でも返事すらしないんだから」
あや子 「あなたに対しても……?」
亮太郎 「(曖昧に)」うん。
(少し間)
亮太郎 「自然、まわりとも折り合いが悪くなってね。もっとも、それは最近のことなんだけどさ」
あや子 「まわりって、おうちの方々と……?」
亮太郎 「それより、村の顔役連中とかね。そのくせ、使用人たちには評判がいいらしいんだ。変なもんだよね。使われている連中からの評判はやけにいいんだ」
あや子 「それって社会主義なんじゃ……?」
亮太郎 「そうかも知れんよ。まあ、そんな大層なもんでもないだろうがね」
あや子 「ずっとおうちにいらっしゃるのね」
亮太郎 「師範学校を途中でやめてさ、学校が嫌いでね……。
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