冗談じゃないや。
自分の姿をよく見直してみろよ……。
多田はすごすごと部屋を出ていく。
小森 まあまあ、そんなに怒るなよ。
あいつも親切心から言ってきたんだからさ。
でも、人間って感情の生き物だからね。
あんな切り出し方は、たしかにまずかったよ。
だからさ、僕たちのほうの話を聞いてくれよ。
男らしく、大きく「うん」と言いなよ。
阿部 僕たちの話は、同じ親切でも、ちゃんと君の気持ちを一番に考えての提案なんだ。
悪いようにはしないからさ。
「うん」って言ってくれよ。
彼 いやだ。
長い沈黙。
彼女はテーブルの片付けを始める。
小森 君には、僕たちの本当の気持ちが通じないのかい?
彼女は食器を運んでくる。
阿部 僕たちは、君たち二人によろこんでもらえると思って持ってきた話なんだぜ。
彼女は彼の向かいに腰を下ろし、焼きたてビーフステーキをそれぞれの皿に分け、スープ皿にご飯をよそっていく。
彼女 それでは失礼して、いただきましょうか。
彼の友人二人も、それぞれ椅子を動かす。
彼女 こっちのナイフがよく切れるわよ。
いいのよ、あなた、二切れ食べていいんだからね。
小森 そういうところを見てると、僕は本当に、この二人を幸せにしてあげたいって思うんだ。
そのためなら自分の人生を捧げてもいいような、そんな気持ちにさせられるよ。
彼 熱血漢ぶるのはいい加減にしてくれ。
阿部 この二人を幸せにするっていうのは、友人として本当にやりがいのある仕事だよね。
彼 人が言ったことを、すぐあとからそのまま真似して言うなよ。
小森 こいつ、なんだか今日はどうかしてるぞ……。阿部 たしかに、どうかしてるな。
彼女は、お肉をほおばったまま、笑いたい気持ちを一生懸命がまんしている。
小森 こんな時に何を話しても無駄だな。帰ろう。
阿部 また機嫌のいい時に出直してくるとしよう。
二人は彼女に会釈をして部屋を出ていく。
彼はナイフとフォークをテーブルに放り出し、不機嫌そうな顔をして二人のあとを見送る。
彼女は素早く、かんしゃく玉の入った缶を持ってきて、彼の方に差し出す。
彼はその中から一つを取り出すと、床の上へ勢いよく叩きつける。
パーンと大きな音が響く。
さらに、もう一つ叩きつける。
再び大きな音が響く。
彼 あんな話をされて、君はなぜ黙っているんだ!
(また叩きつける。大きな音)
彼女 どんな話のこと……?
彼 バーでも開けなんていう話さ!
彼女 あたし、面白いなと思って聞いてたわ。
彼 (また叩きつけながら)なにが面白いんだ!
彼女 (彼女もすぐに缶の中に手を突っ込み)面白いじゃないの!(叩きつける。大きな音)
彼 世間の奴らは、おれのことを馬鹿にしてるんだ!(叩きつける。大きな音)
彼女 それはあんたのひがみよ。あたしが働いちゃ、どうしていけないの? このあいだの時から、そう言ってるでしょ。一緒に外へ出て働きましょうって……。それを、あんたが許してくれなかったんだわ。どうしてなのよ? 女に稼がせたら、男のプライドに関わるとでも思っているの? そんな馬鹿なことってないわ。
彼 おれは、君に働いてなんぞもらいたくないんだ。貧乏をするのも辛いけれど、君に食べさせてもらうのはもっと辛いんだよ。
彼女 誰も、あんたを食べさせるなんて言ってないわよ。めいめいが、自分の食べる分を稼ぐだけだわ。それもいやなら、あたしにあたしを食べさせたうえで、自分で稼いだお金は自分で贅沢をするって言うの?
彼 その贅沢だって、おれがさせてやるのでなければいやなんだ!
彼女 あたしも、その方が結構だわ。なによ、そんなまぶしそうな顔して。そこは夕日が当たっているからよ。もっと、こっちを向きなさいよ。
(彼女は彼の両肩を持って、自分の方へぐっと引き寄せる)
彼 おれには友達なんぞ一人もいない。あいつらはみんな、君の友達だ。
彼女 おや、また、別の話になったの?
彼 あいつらは、君にだけ親切なところを見せたいんだ。
彼女 (かんしゃく玉を彼に渡し)はい、どうぞ。
彼 絶交だ!(叩きつける。大きな音)
彼女 (それに応じるように、自分で叩きつける)もちろんよ!(大きな音)
彼女 酔っ払いの膝に、しなだれかかる気かい、君は……そんな、そんなことがさせられるか!(叩きつける。大きな音)
彼女 あぁ、そういう意味だったの? 衣装を作ってやるって、そういう意味だったのね! そんなこと、誰がするものか!(叩きつける。大きな音)
彼 もうひと息だ、我慢してくれ。おれの愛し方にも欠点はあるだろう。君がその欠点に耐えられなくなった時は、おれはもう、君にとって用のない人間だからな。
彼女 (彼の後ろから抱きつくようにして)大丈夫よ。大丈夫だから。
彼 ほんとに大丈夫か? ほんとに大丈夫なんだね?
この時、隣の部屋の女がそっとドアを開ける。
隣の女 あら、ごめんなさい。これ、みんな使っちゃったけど、とにかくお返しするわね。
彼女 (ヘチマコロンの空き瓶を受け取り、ドアを閉める)
彼 あの女、いやにおめかしをしているじゃないか。
彼女 そんなの、見なくたっていいことよ。
彼 見るわけじゃないさ。ただ、君の前ではもっと遠慮をするといいんだ。
彼女 そんな下らない心配はおよしなさい。あたし、こうするから……。
(かんしゃく玉を激しく叩きつける。大きな音)
彼 ほんとだ。おれは、どうしてこんなケチな器の小さいことしか考えられないんだろう。われながら腹が立つよ。どれ、貸してみろ。もうないのか? なんだ、からっぽじゃないか。えぇい、くそっ、どうしてもうないんだ……!
彼女 もっといるの? もっと欲しいの、かんしゃく玉が……? だって、だって、もうおしまいよ。じゃあ、じゃあ……(あたりを見回し)ちょっと待って頂戴……。これはいける?(ヘチマコロンの空き瓶を差し出し)ねえ、これじゃあ、いけなくて……。
彼 (ヘチマコロンの瓶を受け取り、それを振り上げるが、急にぐったりと椅子にもたれかかり)こんなもの、ぶつけたってどうしようもないや……。
彼女はいきなり彼の胸に顔をうずめ、声を忍んで泣き始める。
――幕――
初級翻訳・かんしやく玉 第3話
かんしやく玉
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