「――悠ちゃんの苦労するのを見て、あたしが平気でいられると思って、……あたしがどんなに心配しているか、あんたわかっちゃあ呉れないの」
悠二郎はそこへ寝ころんだまま、長いこと黙っておみつの泣くのを聞いていた。
それからやがて眼をつむったまま、低い囁くような声でこう云った。
「おらあこの家で育った、生れるとすぐに来て、おめえのおふくろを母ちゃんと呼んで育った、大川の水も、観音さまの境内も、向島から小梅の端のほうまで、みんなおれの幼な馴染だし、喧嘩友達も大勢いる、ここがおれの故郷だ、――この家がおれの家だ、おめえのおふくろがおれの本当の母親だ」
おみつはひとしきり激しく泣いた、「悠ちゃん」と叫んで、袂で顔を包んだままそこへ泣き伏した。
悠二郎はぐらぐらと頭を揺り、それからやはり低い声でこう続けた。
「おらあこの家の船頭になる、いつかお祖父さんが云ったそうだ、――当人がよければ船頭になるのもいい、あれはあれで気楽だし、なかなか粋なしょうばいだってよ、……おれにだって、猪牙船ぐれえ漕げるからなあ」
十
「杏花亭筆記」にいう、致仕してのち市井にかくれ、親族旧知と断って、無為に一生を終った、というのはこの事をさすのであろう。
彼は仙吉を説きおつねをくどいた。
仙吉はそのとき初めて、祖父から悠二郎のためにといって、多額の金を預かっているとうちあけた。
「あれは野育ちだからどうせ侍ではおさまるまい、もししくじって転げ込むようなことがあったら、これで舟宿の株でも買ってやって呉れ、そういうことでこれだけお預かり申しました」
仙吉はそこへ金を並べてそう云った。
年があけるとおみつは厄年になる、悠二郎は強引におみつを嫁に欲しいと云い、誰にいなやもなく、押詰ってから祝言の盃をした。
――披露は中洲の「百尺」でやった、舟宿なかまはもちろん、悠二郎は勝んべも熊も、むかしの友達でいどころのわかる限り集めて、そうして宴の終るまで賑やかに飲んだ。
その前後に二度ばかり、土井の母が来たそうである、良人に禁じられているからと、そっとおつねだけに会い、ゆくすえをくれぐれも頼むと云って、自分で縫った肌着や着物や、帯などを置いて去ったということだ。
そして、それなり本当に土井とは往来が絶えてしまった。
「信さんはどうなすったのかしら、ちっともおみえにならないわねえ」
まだ丸髷のおちつかないじぶん、おみつはふと思いだしてはそう云った。
「侍なんてあんなものよ、あいつはとんだ出世をしやあがった、もうおれなんぞに用なんかありゃしねえ、あいつのことなんざ忘れるがいいんだ」
「だってあんなに仲がよかったのに……」
そんな会話が幾たびかあったが、やがて悠二郎は本気に怒った声でこうどなった。
「いいかげんにしねえか。
こんどおまえの前であいつの名を云ったらぶん撲るぞ」
おみつはあっけにとられ、まじまじとこちらの顔を見まもった。
そしてなにかわけがあると察したのであろう、それからは信さんの「の」の字も口にしなかった。
二年めの夏におみつは子を産んだ、女の子で、仙吉が「つならびにしよう」と云い、おなつと名をつけた。
そのときちょうどいいきっかけだからと、仙吉夫婦は隠居して、家をそっくり悠二郎とおみつに譲った。
――舟仙に猪牙船が七はいに釣舟が五はい、ほかに屋形船が三艘あり、川筋でも繁昌することではひけをとらなかった。
おなつが五つの年に長男が生れ、おみつの望みで勇吉と名づけた。
「あんたのような気性に育って貰いたいの、もういちどゆうちゃんて呼べるのもうれしいわ、ねえ、いい名でしょ」
おみつはしおのある眼で、良人の顔をじっとみつめた。
悠二郎はてれ、眼をぱちぱちさせて脇へ向いた。
「でもあんたのせっかちと、わる悪戯だけはごめんだわね、年じゅう泥んこの瘤だらけ傷だらけ、出れば喧嘩というのもまっぴらだわ」
「自分の玩具だと思ってやがる、世話あねえや」
そのころからのことだが、正篤の噂がときどき耳にはいった。
武家の客たちの話すのも聞いたし、世間にも評判好きな者がいて、少し珍しいことがあると自分のことのように触れまわるから、坐っていてもしぜんいろいろなことが聞けた。――正篤は立派な殿様だと噂されていた。藩の政治でたくさんの立派な実績をあげ、領民から慕われているだけでなく、幕府からの信頼も厚いようだった。体も健康で、武士の名簿である「武鑑」には、すでに三人の子供の名前が載っていた。
――立派な殿様。あのときの信さんが、名君、だって。
悠二郎は、かすかに昔をなつかしむ気持ちに包まれた。
しかし、それはもう遠い思い出であり、今の自分とは何の縁もない人のことだった。
悠二郎は、高い空を吹き抜ける風の音を聞くような、どこかぽっかりと心に穴があいたような気持ちで、そっとため息をついて窓の外に目をやった。
勇吉が三歳になった年、また女の子が生まれた。
「おっ母さんよりもずっとしっかり者だぜ」
仙吉は大喜びして、今度も名前にちなんで、今度は「お初」と名づけたが、自分はその年の夏が始まってすぐ、急なお腹の病気で亡くなってしまった。
――ひどい痛みをともなう下痢で、しまいには血の混じったものまで出てしまい、わずか十日ほどの、あまりにもあっけない死に方だった。
仙吉の初七日が無事にすんだ、その翌日のことだった。
朝の九時ごろだったが、突然、原精一郎がたずねてきたので、みんなびっくりした。
「くいしんぼうの俺だよ、覚えているかい?」
原はこう笑って、こっちがまだ返事もしないうちに、急ぎの使いなんだと言って、持ってきていた手紙を差し出した。
すぐに読んでくれと言うので、開けてみると、正篤からの手紙だった。
――会って話したいことがある。昔のままの素直な気持ちで来てほしい。来てくれると信じて待っている。
こういう意味の走り書きで、署名はただ「信さん」とあり、宛て名は「悠どの」となっていた。
署名の「信さん」という文字が、突然、ギュッと彼の心臓をつかんだ。
昔の気持ちで来てほしいという、その昔の気持ちが全身によみがえり、今にも飛び出していきたいような気持ちで、彼は おみつに急ぐように言って身支度をした。
原と駕籠(かご)を並べて上屋敷へ行き、原の案内で、そのまま奥庭へ入っていった。
――正篤は麻の着物を着ていて、袴(はかま)はつけず、短刀だけを差した格好で、日月亭(じつげってい)の縁側に腰をかけていた。
ふっくらとしただけでなく、筋肉質のたくましい体つきになり、唇のあたりにも目つきにも、強い力と意志の力が表れていた。
「挨拶は抜きにしよう。久しぶりだったな」
「お変わりなく……」
悠二郎はそう言いかけて、言葉に詰まってしまった。
「原はもういい、下がってくれ」
正篤はこう言って、しばらく黙った。
ほかの人を追い払ったのだろう、原が去ると、そこには誰もいなくなった。
――正篤はあらかじめ用意をしていたらしく、そこにあった小さな酒壺(さかつぼ)を取り、二つのガラス(ギヤマン)の足付きの杯に、黒っぽい色の、濃くてドロッとした液体を注いだ。「俺の手作りの酒だ。俺も飲む。飲みながら話そう」
正篤は悠二郎に杯を一つ渡し、自分も自分の杯を持った。
「お前は俺に腹を立てただろうな。
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