」
そのとき、急にピチピチと音がして、それからバイオタ(黒雲母)が泣き出した。
「ああ、痛い、痛い、痛い、痛い! 痛いわ、痛いよお!」
「バイオタさん!
どうしたの、どうしたの?
」
「早くプラジョさんを呼ばないとだめだ!
」
「ははん、プラジョさんっていうのはプラジオクレース(斜長石)のことで、体が青白いからお医者さんなんだな。
」
大学士はひとりごとを言いながら、耳をすました。
「プラジョさん、プラジョさん!
プラジョさんっ!
」
「はあい。
」
「バイオタさんがおなかをひどく痛がっています。
どうか早く診てあげてください!
」
「はあい、なになに、べつに心配はいりませんよ。
風邪をひいたのでしょう。
」
「ははん、こいつらは風邪をひくとおなかが痛くなるんだな。
それがつまり、風化(ふうか)ってやつだな。
」
大学士はめがねをはずし、ハンカチで拭きながらつぶやいた。
「プラジョさん、どうぞお急ぎください!
たった今、気絶してしまいました!
」
「はあーい。
いま次第そっちに向かいますからねー。
よっと。
はい、はい。
これは、なるほど……ふふん。
ちょっと脈を拝見、はい。
こんどはお舌を見せて、ははん、よろしい。
そして、第十八劈開(へきかい)予備面が痛むと。
なるほど、ふんふん、いやあ、わかりましたよ。
どうもこの病気は怖いですねえ。
おまけにあなたの体は、大地の底にいたときから慢性リョクデイ病にかかって、ずいぶん柔らかくなっていますからねえ、どうも回復の見込みはありませんなあ。
」
病人はキシキシと声をあげて泣く。
「お医者さん、私の病気はいったい何なんでしょう?
いつごろ私は死んでしまうんでしょうか?
」
「さよう、患者さんが病名を知る必要はありませんけれど、まあ『蛭石(ひるせき)病』の初期ですね。
いわゆる風病(ふうびょう)というやつの一つです。
世間では『風邪は万病のもと』と言いますがね。
それから、ええと、もう一つのご質問は、あなたの命についてでしたかな?
そうですねえ、まあ長く見積もっても一万年はもちませんよ。
お気の毒ですが、一万年はもちませんね。
」
「あああ、さっきのホンブレンのやつの呪いがきいたんだあ!」
「いやいや、そんなことはありませんよ。
そもそも風病にかかって土にかえるというのは、すべて吾人(ごじん)にとって免れることのできない定めなのですからね。
そもそも、ねえ……」
「ああ、プラジョさん!
いったいどんな手あてをしたらよろしいのでしょうか……!」」
「さあ、そう言うふうにめそめそ泣いているのは一番よくありません。
体をねじって、あちこちの割れ目にすきまをつくるのは、もっとよくありません。
それに、風にあたれば病気がひどくなるし、
お日さまにあたれば病気が悪化する。
霜にあたれば病気はどんどん進むし、
露にあたれば病状はどんどん深刻になる。
雪にあたれば症状が一変して危なくなるよ。
じっとしているのはもっといけない。
それよりは、そうだなあ、心の中で目を閉じてあきらめるのが一番だね。
私たちの恐れる『死』とはいったい何なのか、その正体とは何なのか……生と死の崖っぷちに立って、おかしいぞ、どうしてだ、変だなあ、いやこれは大変だ、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!」
「プラジョさん、プラジョさん、しっかりしてください!
いったいどうされたんですか!」
「うむ、私も、うむ、風の病気にかかって、うむ、うむ……」
「苦しいでしょうねえ、これは本当に本当にお気の毒なことです」
「うむ、うむ、いや、苦しくはありませんよ、うむ」
「何かお薬や手当てをしましょうか?」
「うむ、うむ、実は私も、大地の底にいたころから、うむ、うむ、だいぶカオリン病にかかっていたのだよ。うむ……オーソクレさん、オーソクレさん!
うむ、今こそあなたにも打ち明けよう。
あなたも私と同じ病気なのですよ、うむ」
「ああ、やっぱりそうでございましたか!
まったく、まったく、まったく、本当に、本当に……痛い、痛い、痛い、痛い!」
そこで、ホンブレンドの声が聞こえた。
「みんな、ずいぶん神経過敏だなあ。
ということは、病気にかかっていないのは僕とクォーツさんだけだな」
「うむ、うむ、そのホンブレンドも、バイオタと同じ病気だよ」
「あ、痛い、痛い、痛い!」
「おや、おや、みんなずいぶん体が弱いんだねえ。健康なのは僕一人か」
「うむ、うむ、そのクォーツさんもお気の毒だが、空洞の中に入っているガスが病気の原因なのだよ、うむ」
「あいた、いた、いた、いた、た……」
「ずいぶんひどいお医者さんだなあ。
昔の中国の薬を使うような、頼りない藪医者じゃないか。
とうとうみんな風化しちゃうのかなあ」
大学士はまた新しくたばこをくわえて、にやにやと笑った。
耳の下では、小さな鉱物たちが声をそろえて叫んでいた。
「あ、痛い、痛い、痛い、痛い、た、たた……」
みんなの声はだんだん小さくなり、とうとうしーんとなってしまった。
「あれれ、みんな死んでしまったのかな?
それとも、僕の耳だけに聞こえなくなったのかな?」
大学士は、みかげ石のかけらを手に取ってじっくりと眺め、パチッと向こうの隅へはじき飛ばした。
それから、たきぎを一本くべた。
その時すでに夜は明けており、大学士は背負い袋から紙巻きたばこを二箱取り出すと、たきぎのお礼としてわらの上に置き、背中をしょって小屋から出て行った。
石切り場の壁はすっかり白くなっていて、その西側の面だけに、月のあかりがうつっていた。
野宿第三夜
(どうも、引き受けた仕事が少し軽率だったなえ。
グリーンランドの成金がびっくりするくらい立派なオパールなんてものを、たった二週間で見つけてやろうなんて、本当に少し調子に乗りすぎたよ。
それにしても、こうして誰もいない海岸へやってきて、夕方にしみじみ歩いていると、東京の真ん中で鼻の赤い連中を相手にして、いい加減な大ぼらを吹いていた自分が、まったく情けなくなっちまうなあ。
どうだ、この頁岩(けつがん)の暗いことといったら!
まったく、うんざりしちゃうな。
おまけに海も暗くなったし、なかなか流紋のガラスにも出会わないしねえ。
おまけに今夜もやっぱり野宿だ。
野宿だって二晩くらいならいいけれど、三晩目ともなるとさすがにうんざりするよ。
けれども、まあ、仕方がないさ。
ビスケットがあるうちは、歩いて野宿して、面白い夢でも見られたらそれだけでもうもうけものってもんさ)
例の楢ノ木大学士が、上着のポケットに両手を突っ込んで、少し背中を高くしながら、しみじみと考え込みながら、もう夕方ですっかりネズミ色になった頁岩の波に洗われる海岸を、大股で歩いていた。
すっかり海は暗くなり、そのほの白い波の頭だけが、一列になって、まるで何か獣のように見えたのだ。
いよいよ今日はもう歩いてもダメだと学士はあきらめて、ぴたっと岩のところで立ち止まり、しばらく黒い海面と、向こうに浮かんでいる腐ったジャガイモのような雲を眺めていたが、またポケットからたばこを取り出して火をつけた。
それからくるっと振り返って、陸の方をじっと見定めると、急いでそっちへ歩いて行った。
コメント