金の網かゝれとてしも波の月(信章)
河童の生けどり秋を悲しむ(同)
うそ噺聞けばそなたは荻の声(桃青)
地獄のゆふべさうもあらうか(章)
飛ぶ蛍水は却つて燃え上り(青)
熊手鳶宮勢多の長橋(章)
釣瓶とり龍宮までも探すらむ(青)
亀は忽下女と現れ(章) (江戸両吟集)
河童の連想がまだ頭から消えきらないまま、四句ほど離れた「勢多の長橋」という言葉に刺激されて、ふたたび復活しているのです。
「釣瓶(つるべ)とり」の句もまさにそれですし、「亀の下女」の句もそれです。
ただ、河童の下女のお話をちょっぴりアレンジして逃がしているだけなのです。
私どもから言わせてもらえば、これはやっぱり古い発想の焼き直しにすぎません。
五 頭の皿
水の神様が、お膳やお椀ばかりを貸してくれた理由は分かったとしても、心のどこかにはやっぱり、まだすっきりとしない落ち着かない部分が残ります。
お客さんを盛大にもてなすための木のお道具を貸してくれることになった隠された原因として、ここで二つのことを挙げておきたいと思います。
一つは、宴会のおもてなしを受けにやってくる大切なお客さん(正客)とは、実は水の神様その人であったらしいということ。そしてもう一つは、河童の頭にある「皿」が、どうしてそんなにも人々の問題として騒がれるのか、というその理由についての説明です。
農村で行われる盛大な宴会に参加する人々の姿は、長い時代の流れの中でいろいろな形に変化してはきているものの、その本来の正しい姿にいま一度しっかりと直して見つめてみると、いつの時代も常に「水の神様」や、その仲間たちだったのでした。
少なくとも、ある特定の古い時代までは、人々は本気でそう考えて神様を迎え入れ、また自分たちも神様に招かれているのだと感じていたのです。
もちろん、この水の精霊たちの正体は、人間が神様の仮の姿に扮装しているものです。
それがいつしか、本物の人間の姿そのままで現れてくるようになります。
その一方で、もっと近代になると、田植えの苗を束ねて作った人形や、役割を終えた使い古しの案山子(かかし)を大切なお客さんに見立てるほど、神様という存在をすっかり空想の産物にしてしまった地方もあります。
水の神様のためにおもてなしをするんだという本来の意味をすっかり忘れてしまったあとも、「何だかこれは、水の神様と深くつながりがある行事なのだ」という心持ちだけは、人々の胸の奥にずっと残り続けました。
それこそが、お椀を貸してくれる相手として「水の神様」をぴったりと定めた理由なのです。
お話の順番としてはなんだか逆さまに聞こえるかもしれませんが、これこそが伝説を読み解く上での、最も正しい推理なのです。
河童の頭の「皿」についてお話しする前に、まずは「椀貸し穴」との関係についての結論をここでしっかりと述べておきます。
河童のように落ちぶれてしまうよりずっと昔の、神様だった大昔の時代から、すでに頭の上に「皿」をいただいていたという古い言い伝えがあって、そこから「水の神様というものは、そうした不思議な道具や特徴を持っているにちがいない」という考え方が導き出されたのでしょう。
お膳やお椀が、水の中のいったいどこにしまわれているのか、それとも河童の頭の皿の中にある「尽きることのない無尽蔵の宝物」と一緒にその中にしまわれているのか、この点についてはあとでじっくりと説明することにします。
ともかく、河童の頭の皿というものは、昔からあのような小さくてお盆のようなものだと考えられていたのでしょうか?
これもまた、大きな謎であり問題です。
河童とは、水の神様そのものであり、またその神様の大切な眷属(けんぞく=従者や仲間)でもあると考えられています。
だからこそ河童は、ある時はものすごい霊的な不思議なパワーを発揮するかと思えば、ある時はちょっとお間抜けで、群れをなしては人間たちにイタズラを仕掛けたりするのです。
あるいは、海の神様の分霊(わけみたま)が、水のある場所ならどこにでもちゃっかりと陣取っているものとして、人々が無数の河童たちの姿を想像したのかも知れません。
現代に残る近代の河童のイメージから見れば、どうしてもそのように説明せざるを得ないようです。
でも、私自身はこれとはまた別の、独自の考えを持っています。
河童という存在を通してよーく見つめてみると、私たちの日本に伝わる「水の神様」という概念は、大昔のずっと古い時代からすでにぐにゃぐにゃに乱れていました。
遥か遠い海の向こうからやってくるありがたい善神なのか、それともその土地にずっと根づいている地元の精霊なのか、その境界線がものすごく曖昧でぼやけているのです。
人間にとってありがたい「神様」と、それに反抗して人間を困らせる「精霊」とは、本来はっきりと分かれているはずです。
それにもかかわらず、神様がやるようなすごい所仕業(わざ)を、ただの精霊の上に移してしまったり、あるいは昔はただの精霊だったものを、いつの間にか偉い神様として丁重に扱ったりしているのです。
河童なども、もとはといえば偉大な神様だったのに、いつの間にかただの意地悪な精霊に成り下がり、村々の人々を苦しめるだけの存在になってしまいました。
しかし、ただの精霊でありながらも神様としての要素を完全に消し去ることはできず、農民たちがペコペコと機嫌を取って仕えたりすると、ちゃんと幸せを与えてくれる力を持っている——そんな過渡期の姿をいまなおあちこちに残している地方すらあるのです。
河童の頭にある皿とは、「無限の富が蓄えられている貯蔵所なのだ」という考え方の土台の上に、「生命力の隠し場所である」という古い信仰心がさらにプラスされたもののようです。
ただ単に水をためておくためのお皿ではなく、むしろ「皿」に対する強い信仰心が先にあって、あとから「すべての水を司る力の源として、そこに水が満たされているのだ」と考えられるようになってきたのです。
だからこそ、「生命力が隠されている場所なのだ」という信仰は、二重の意味を持つことになりました。
そういうわけで私は、河童の頭の「水」のほうはあとから付け加えられたものであり、むしろ「皿」という器の存在のほうがずっと古いものなのだと見ているのです。
「皿」のサイズがたとえ小さくても別に問題ないと感じてしまうのは、どうしても私たちが「水」のほうばかりに気を取られて考えてしまうからなのです。
日本の土地土地によっては、河童の頭の皿の形を、子供の頭の髪を丸く残してまわりを剃った「芥子坊主(けしぼうず=おかっぱ頭の子供)」の頭のてっぺんにある剃り跡と、すっかり同じものとして結びつけて考えているところもあるようです。
また、その場所の頭蓋骨の骨が、もともと自然とへこんでいるのだと説明するものもいます。
あるいは、「そんな皿なんてどこにあるんだい? いやいや、ちゃんとふさふさとした髪の毛の中にすっぽりと隠れているんだよ」と言う人もいます。
大体においては、この程度のごく漠然とした感覚が人々の間で共有されているのです。
北九州の西の海に面した地方は、河童に対する信仰心が、現代の私たちにとっても一番はっきりと色濃く残っている場所です。
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