七三に結った娘がいたり、土地の芸者らしい女が男と立って話していたりしましたが、二人は別にそれについて言葉を交わすでもなく、そのまま彼らが泊まっている旅舎の入り口のところまで戻ってきました。
ちょうどその時、旅舎の番頭が電報用紙らしいものを手にして、軽く挨拶をしてすれ違っていきました。
(今、打ちに行くんだな……)
そう思ったKは、どきりとしました。
それから二人は旅舎の裏の方へ回って、半ば庭園のようになっている広場をあちこちと歩きました。目も覚めるほど赤い色に咲いた薔薇が、あちこちにありました。
歩きながら、
「内地はもう五月雨で、びしょびしょ降っていますな」
「そうだろうね」
「こっちももう雨期に近づいてきていますからな」
「でも、満州は五月雨でも、そう毎日続いて降るようなことはないでしょう?」
「それはそうですがな……」「二、三日降るくらいのものでしょう」
二人は午後から曇り出し、どんよりと低い雲に覆われた山並みを仰ぎながら、静かに宿へと戻っていきました。
四
その夜と翌日をそこで過ごし、日が暮れる頃、SとKは自動車に乗って港へと向かいました。
Sの言葉通り雨期がやってきたようで、その日は朝から激しい雨でした。海が荒れなければいいがと心配されましたが、幸い四時頃からは小雨になり、これなら大丈夫だろうと思えるような天気になっていきました。
T温泉を出た頃には、あたりはすっかり薄暗くなっていました。
電車で行くこともできましたが、長い旅の最後の道のりですし、大きな鞄も持っていたので、自動車を呼ぶことにしたのです。
宿の番頭や女中たちに見送られて、自動車はF街道をひた走りました。
「それじゃあ、君の汽車の方が後になるんだね?」
「そうです」
「一体、何時なんだい?」
「確か直行便は十時二十分です。連絡船の出帆は八時半ですが、到着は九時になりますから、あなたを見送ってから一時間ほど、あのあたりをぶらぶらしていなければなりませんね」
「そいつは退屈だろうね」
「なあに、わけはありません。慣れていますから」
「でも、本当に君にはお世話になったね。こんなに世話になるとは思わなかった」
「私だって同じです。おかげでご一緒に旅行ができて、長年心にかけていた金剛山までも行けたんですから」
「でも、ここまで来てもらうのは気の毒だった。隅から隅までだからね」
「なあに、慣れていますから」
そうは言っても、海を越えて明るく賑やかな内地へ帰るKに比べ、自分は再びあの長く退屈な汽車に乗って、遠く大連まで帰らなければならないと思うと、Sは寂しさを感じました。何となく心も暗く、滅入っていくような気がしたのです。
自動車はところどころの明かりを右に左に見ながら、まっすぐに走ります。風はまだ吹いているらしく、時折大粒の雨がフロントガラスに叩きつけられ、アセチリンガスの光に反射してきらりと光りました。
それは気にならないわけではありませんでしたが、Kの心はそれ以上に「明日はあの人に会える」という喜びで満たされていました。少しくらい海が荒れたとしても、問題にするほどのことではありません。
Kは帯に巻きつけていた時計を取り出し、かすかなアセチリンガスの光に照らして見ました。まだ七時を少し過ぎたばかりです。
しかしそれだけで、彼の想像は遠くへ飛んでいきました。
(もう家を出た頃だろう。あのバスケットを持って、旅行用の化粧箱をその中に入れて、父親に見送られて、車で家を出たはずだ。ちょうど今、あの川に架かる橋を渡っているくらいだろう!)
そう思うと、赤や青の広告塔がぐるぐると回り、ビールの缶の形が空に浮かんだり消えたりする、東京の夜の賑わいがはっきりと目に浮かびました。東京駅のあの混雑さえも、目の前にあるかのように見えてきました。
(心というものは不思議なものだな)
そんなことを彼は考えました。海の荒れる音が左側に聞こえてきて、昼間ならば磯に砕ける白い波も見えるだろうと思われましたが、しばらくすると遠くに多くの明かりが見え始め、それは見る間に近づいてきました。Fの港町はもうすぐそこでした。
「着きましたね……」
「早いものですね……」
二人がそう言葉を交わした時、自動車はすでにF町の朝鮮人街を抜け、ぼんやりと動く電車の丸い灯をいくつも追い越して、大きな停車場へと近づいていました。
ついに別れの時が来た! そんな気持ちが二人の胸に込み上げてきました。
停車場から埠頭にかけては、大小無数の電灯が昼間のような明るさで煌々と輝き、その間を急ぐ人波が行き交っています。朝鮮人の荷運びたちが大きな荷物を背負ってせっせと運び、荷車を引く音が激しくあたりに響き渡ります。埠頭にはすでに連絡船が怪物のような大きな体で横付けされていて、時折鳴らす汽笛が、人々の心を驚かせるようにけたたましく響き渡りました。
五
「昼間はかなり荒れていたそうです。そのせいで一時間ほど遅れたみたいですよ」
Sは買ってきた乗船切符をKに手渡しながら言いました。
「では、荒れますね」
さすがのKも少しドキリとしました。
「いや、それほどではないそうです。さっきよりはずっと穏やかになったそうですよ……。なあに、この間は危ないことなんてありません。たとえどんなに荒れても大丈夫です。この連絡船がちょいちょいひっくり返るようなら大変ですが、なあに、大したことはありますまい」
「そうですかな」「それならいいのですが……」
「岸の近くには少し波があるかもしれませんが、沖に出れば穏やかだろうという話でしたよ」
「いや、本当にありがとう。私の鞄はもう船に積んでくれたのですね!」
「さっき積み込ませました。ほら、あの一等・二等の入り口にある手すりのところに置いてあります」
「どうもありがとう……。本当にいろいろとお世話になりました。ここまで見送ってもらって、本当に申し訳ないけれど……」
「いや――」
Sは旅行中ずっとそうしていたように、ヘルメット帽をかぶり、ロシア革の脚絆(きゃはん)を巻き、太いステッキをついていましたが、いかにも寂しそうにじっとKのことを見つめていました。
埠頭にはたくさんの乗客があふれ、特に三等の乗船口は押し合いへし合いの大混雑でした。小さな包みを持った人や子供連れの人々の上で、電灯が青白く、目がくらむほど明るく輝いており、あちこちに立って万が一に備える巡査の姿もはっきりと目立ちました。
「一等の方はそれほど混みませんから、ゆっくりしていても大丈夫ですよ!」とSは言っていましたが、やがて三等も一等・二等も乗船口が開くと、乗客たちが潮のように流れ込んでいきました。Kは、「それでは、いろいろとありがとうございました。東京にいらしたときは、ぜひ一度私のところにも来てください!」と何度も帽子をとって別れの挨拶をし、人混みとともに船の甲板へと上がっていきました。
指定された船室を確認し、大きな鞄をそこに運んでもらうよう頼んでから、Kが再び甲板の入り口へ戻ったときも、Sはまだそこに立ち、寂しそうにこちらを見送っているのが見えました。
「もうどうですか? 十分ですから……」と声を大きくして挨拶しても、Sは少し帽子を上げただけで、やはりそこに棒のように立ったままでした。
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