「怪力乱神を語らず(不思議な話はあまりしないものだ)」と言いますが、紳士たちの中には、夫人たちを怖がらせて楽しもうという遊び心も少しはあったのでしょう。
後になってデニュウ博士は、現場に近いドイツのデュッセルドルフ市にいた連合通信の特派員からインタビューを受けた際、こう語っています。
「今から思うと全く不必要な、そして不気味な雑談でした。話の内容そのものが不気味だっただけでなく、なぜあの晩に限って、そんな古い事件にあんなに新しい興味を感じて話し合ったのか、それが実に不気味なのです。私たちはまるで、自分たちの上に広がっている大きな手によって操られているかのように……そうです、何かに取り憑かれたように、熱心に顔を寄せ合って話し込みました。海の不思議――あの『メアリー・セレスト号事件』について語り合っていたのです。『メアリー・セレスト号』! なんという永遠に呪われた名前でしょう」
その夜、このメアリー・セレスト号事件を話題に話が弾んだことは、デニュウ博士だけでなく、エドワルド氏をはじめ、キュヴァリエ少将もモッファ氏も洋服屋のポール・フェラル氏も夫人たちも、パリ警視庁の取り調べに対して口をそろえて証言しています。
ここが、この「ジャネットの悲劇」に言いようのない怪奇な色を塗る大事な点なのですが、問題のメアリー・セレスト号事件というのは1872年の出来事です。
この年、1911年から見れば39年も前のことでした。
モッファ氏だけが当時青年時代だっただけで、夫人たちの中にはまだ生まれていない人もいましたし、紳士たちの多くもようやく子供の頃でした。しかし、有名な海上のミステリーとして今でも語り草になっており、記録や書物で読んでいたので、みんな一通りは知っていました。それだけでなく、実際にシャルル・キュヴァリエ少将やデニュウ博士は、いかにも趣味の良い読書家らしく、当時の大騒ぎを直接耳にしていただけでなく、何でも知っている古老として通っているモッファ氏や、海事の専門家であるデュポン船長が、逆に聞き役に回らなければならないほど、二人はそのメアリー・セレスト号事件に詳しく、また魅力的な話し手でもありました。
そのため、エドワルド氏もときどき口を挟みましたが、主に話したのはキュヴァリエ少将とデニュウ博士でした。
夫人たちは、ライン川の夜風だけでなく、どこか寒いものを感じて肩をすくめていました。
キュヴァリエ少将が後日『マタン』紙に寄せた絵画的な描写によれば、「皆は臆病な女学生のように顔を見合わせ、難破船の船員のように真っ暗な甲板に集まっていた」そうです。
2
ノバスコシアとイギリスの間を通っている帆船「デ・グラシア号」が、大西洋をビスケー湾へ差し掛かり、ジブラルタル海峡を目指して航行していたときのことです。帆をいっぱいに張った二本マストの大型帆船に出会ったのは、1872年12月5日の午前10時頃でした。
その朝、同時にデ・グラシア号は西インド諸島へ向かっている一隻のドイツ貨物船ともすれ違い、両船は海の上で遠く挨拶を交わしています。そのとき、両船の乗組員たちが、自分たちの間を割り込むように進んできたその二本マストの大型帆船を望遠鏡で覗いたところ、船そのものには特に異常な様子は認められませんでした。船体は新しく、どこも壊れた様子はありませんでした。しかし、眺めているうちに、どうも様子が変だということに気づきました。
まるで千鳥足のようにふらふらと進路から外れ、風向きも気にせず、帆はだらりと垂れ下がったり、風を横から受けて傾いたり、あまつさえ後ろに下がったりしているのです。
海は穏やかで、風の状態も申し分ないというのに、このデタラメな動きを見せる大型帆船の様子は、デ・グラシア号とドイツの汽船の注意を引くには十分でした。
誰も操縦していないのか、あるいは酔っぱらいが舵を取っているとしか思えません。
両船とも信号を送ってみましたが、帆船からの応答は一切ありません。ドイツの汽船はそのまま水平線の向こうへ消えていきました。
しかし、大いに好奇心をそそられたデ・グラシア号は、相手の不安定な動きに注意しながら、ぶつからないようにゆっくりと近づいていきました。ボイス船長とアダムス運転士が望遠鏡で覗き込むと、その帆船は、確かに只事ではない状態でした。
甲板の上には、人っ子一人いないのです。
暴風雨に遭って全員が船を捨てたにしては、船の外観は完璧すぎるほど完璧でした。
しかし、のんびりとした帆船のことですから、この快晴で広い大西洋に安心して、しばらく船を流したまま、乗組員全員が船底で昼寝でもしているのかもしれません。
当時の帆船にはよくあることだとデ・グラシア号で話し合っているうちに、帆船は漂うように接近してきました。
「寝ているなら起こしてやれ」というボイス船長の命令で、運転士のアダムス氏が綱を引いて、デ・グラシア号から咆えるような非常警笛を鳴らしました。
それでも返事がないばかりか、帆船からは何の活気も感じられません。
ボイス船長は初めて重大な不審を感じ、帆船に乗り移って調べてみることにしました。
急いで停船したデ・グラシア号から、ボイス船長自身と、クリフトンという二等運転士、そして二人の船員を乗せた短艇が降ろされました。
海面は鏡のように波一つありませんでしたが、四人は不気味な予感に襲われながら漕いでいきました。
疫病船かもしれないし、乗組員の一人が発狂して仲間を皆殺しにし、船の中に潜んでいる可能性もあります。
あるいは、そうやって通りがかりの船の注意を引いておいて、一気に襲いかかろうとする海賊船かもしれないので、うかつには乗り込めません。
大声で呼びかけながら帆船の周りを漕ぎ、船尾へ回ってみると、そこには船名と船籍港が書かれていました。
「メアリー・セレスト号、ニューヨーク」。ボイス船長たちは欄干に綱を投げかけ、間もなくそのメアリー・セレスト号の甲板に立っていました。
船の中はひっそりとしています。
甲板には生きた人影がありません。
と言って、死体があるわけでもありません。
四人は代わる代わるに呼びかけました。
「おうい!」と声を上げても、人が出てくる気配はありません。
誰もいない船――無人船だったのです。
しかし、乗組員が慌てて船を離れたような跡はなく、船具やその他の船内の状態は整然としていて、何らかの異変があったとは想像もできませんでした。
主な積み荷はアルコール類とおもちゃでした。
それらも安全に船倉に積まれており、手をつた形跡もありません。
整頓された甲板に太陽が照りつけ、操る人のいない帆が風にはためいて、まるで怪鳥が羽を叩くような音を立てていました。
ボイス船長以下、デ・グラシア号から来た四人の訪問者は、言いようのない戦慄に捉われました。
船首から船室、船尾楼の下まで覗き回り、一応くまなく船内を調べてみましたが、どこにも異常は見当たりません。
ただ、人がいないだけなのです。
船底に水が入っていないことから、どこも漏れていないことがわかりますし、円帆も、ロープも帆も、すべてあるべき場所にあり、帆船としての設備や備品などは完璧で、清潔そのものでした。
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