初級翻訳・海蛍の話 第1話

海蛍の話

一 はじめに

動物が光る仕組みについて、理科の実験や研究に一生懸命取り組んでいる人が、今、世界の学界にはたった三人しかいません。
その一人が、フランスのリオン大学で生理学を教えているラファエル・デュボアという人です。この学者は明治三十六、七年ごろから研究を続けていて、この分野にとても大きな貢献をしました。彼が研究に使っているのは、フランスの海岸の岩場に住んでいる「フォラス」という、光る貝の仲間です。

二人目は、アメリカのプリンストン大学で生理学を教えているニュートン・ハーヴェイという男です。彼は大正二、三年ごろから研究を始めました。彼は運がいいのか悪いのか、アメリカには研究にぴったりの材料がいないのですが、その代わりにお金はたくさん持っています。もちろん、そのお金は自分のお金ではなく、カーネギー財団というところから出ている研究資金です。彼はその資金をたっぷり使って、気ままに研究をしています。これまでに何万円もの大金をつぎ込んできました。彼は大正五年から七年にかけて、二回も日本にやってきて海蛍(うみほたる)の研究をしました。東京の帝国ホテルに泊まり込んで、ずいぶん贅沢な研究生活を送ったものです。それだけでなく、三回目にはフィリピン地方へも研究に出かけていました。

もう一人が、この私です。私が海蛍の研究を始めたのは大正七年のことでした。海蛍は、光る仕組みを調べるには本当に貴重な材料です。その理由は、これからのお話の中で少しずつ説明していきますね。ところが、日本はこんなに素晴らしい宝物を持っているのに、それを研究する人がいません。人がいてもお金がない。お金があっても研究者には使わせてもらえない。私は大正五年の七月末に福岡へやってきました。福岡の近くの海には海蛍がたくさんいることが分かったので、ぜひ研究してみたいと思ったのですが、二年間は何もできずに過ぎてしまいました。そんな中、大正七年の七月から、長崎県北松浦郡佐々村の浜野治八さんという、とても親切な方が私の生活を支えてくださることになり、ようやく念願の研究を始めることができたのです。もし浜野さんのご厚意がなかったら、今夜こうして皆さんに海蛍のお話を聞いてもらうこともできなかったでしょう。この場を借りて、学界のためにも、そして浜野さんの温かい心遣いにも、心から感謝を伝えたいと思います。

二 海蛍の形

海蛍は明治二十四年に、あるドイツの動物学者によって発見されました。しかも、日本で見つかったのです。海蛍は日本の海ならどこにでもたくさんいるのに、どうしてそれまで日本の動物学者たちが見つけられなかったのでしょう。本当に不思議な話です。

海蛍は動物学者たちから「介形類(かいけいるい)」と呼ばれているように、見た目は貝にとてもよく似ています。ですが、本当は貝ではありません。エビやカニに近い「甲殻類(こうかくるい)」という仲間の動物です。ですから「海蛍」とは呼ばれていますが、陸にいるホタルとは全く別の生き物で、ただ「光る」という点だけが似ているのです。

海蛍は、二枚の殻(から)にすっぽりと包まれています。大きさは長さが約三分(約一センチ)、高さはその三分の二くらい、幅は長さの半分くらいです。長丸い形をしていて、平べったい卵に似ています。殻の表面はツルツルしていて、薄いガラスのように透き通っており、壊れやすいのですが、少し石灰分が含まれていて、主に有機物でできています。この左右二枚の殻は、背中側にある薄い膜のような蝶番(ちょうつがい)でつながっています。さらに、左右の殻を動かす筋肉があって、その筋肉を縮めたり伸ばしたりすることで、殻を自由に開いたり閉じたりできるのです。

殻の前の方には「触手刻(しょくしゅこく)」という少しへこんだ場所があります。口のように見えますが、ここは口ではありません。海蛍には二対の触手があります。この触手をへこみから出して、海の中を泳ぎ回るのです。触手には関節や硬い毛などが生えていますが、そんな難しい名前まで覚える必要はありません。そのほかにも、大顎(おおあご)が一対、小顎(こあご)が二対、足が一対、そして尾叉(びさ)というものがあります。オスとメスで少し違うところもありますが、これも詳しく調べる必要はないでしょう。

海蛍はとても大きな複眼(ふくがん)を持っています。その目と触手が出る場所の間には唇があります。その上唇が分かれているところに、唾液腺(だえきせん)というものがあります。この唾液腺はいくつかに分かれていて、そこから黄色の液体を出します。その液体が海水に混ざると、光るのです。この液体こそが研究の最大のポイントです。私は今、それを一生懸命研究していますが、これがなかなか難しい。でも、とても面白いんです。もちろん、私はこの謎を解き明かすまで、死ぬまで研究を続ける覚悟です。とにかく今夜は、その難しい話をできるだけ分かりやすくお話ししてみようと思います。

三 海蛍のくらし

海蛍はあまり深いところにはいません。二尋(約三・六メートル)か三尋(約五・四メートル)くらいの浅いところにいます。夏から秋になると、波打ち際にもたくさんやってきます。海蛍が一番多いのは秋です。冬になると、白い砂の中に潜り込んで出てきません。

秋の暗い夜に、白い砂浜を歩いてみると、波に打ち上げられた海蛍が光っていることがあります。福岡なら西公園の南西の海岸にたくさんいるので、波打ち際に行けば誰でも捕まえることができるはずですよ。

海蛍にとって太陽の光は大敵で、昼間は海底の白い砂の中に隠れています。日が沈んで暗くなると、元気に外へ出てきます。エサを探しているのです。海蛍は肉食で、死んだ魚などには何百匹もの海蛍が群がります。もし生きている魚であっても、海蛍に取りつかれたら最後、あっという間に骨と皮だけになってしまうほど恐ろしい力を持っています。あるとき、十センチメートルほどの魚の骨だけが、採集用の甕(かめ)の中に入っているのが見つかりました。
その骨格から判断すると、おそらくコチという魚だったのでしょう。
もちろん、海蛍を採集するための餌としてコチを使っているわけではないので、そのコチはどこからか迷い込んで、採集用の甕の中に入ってしまったのだと思われます。ところが、海蛍を採集するために使っている餌は、あの食いしん坊な海蛍でさえも、そう簡単には食べきれないほど硬いものを選んでいます。
それなのに海蛍は、その臭いを嗅ぎつけて、甕の中にたくさん集まってきていました。
その中にコチが入り込んでしまったのですから、コチの運命は言うまでもありません。
あっという間に海蛍たちの餌食となり、わずかに白骨だけが残されていたのです。
そのため、網を張って魚を獲る漁師さんたちは、海蛍をひどく嫌っています。(実際には、海蛍以外にもっと有害な動物もいるのですが)。
臭い物にたかるのはハエばかりではありません(人間もまた、お金の臭いにはたかるものです)。
特に魚の嗅覚はとても発達しています。海蛍の嗅覚も非常に敏感なようです。
魚の臭いがすれば、たちまちのうちにたくさんの海蛍が集まってきます。これは生き残るための条件として、もちろん必要な長所です。

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