初級翻訳・海蛍の話 第2話

海蛍の話

ところが、その長所が逆に、生き残る上での短所になってしまうことがあります。
なぜなら、その敏感な嗅覚を利用して、私が今まさに海蛍を採集しているからです。

四 海蛍の採集

まず、高さ約三十センチ、口の広さが二十センチほどの甕(かめ)を三十個用意します。
この甕の中には、きれいに洗ったサメの頭を一個ずつ入れてあります。
このサメの頭こそが、海蛍を集めるための餌です。
採集の餌については色々試して失敗した結果、サメの頭が一番良いということが分かりました。
サメの頭は、あの海蛍でさえも、そう簡単には食べ切ることができないからです。
もしサメの頭が足りないときは、サメの体を五センチくらいの輪切りにして使います。
それから、直径三センチくらいの丸い穴を真ん中に開けた布で甕の口を覆い、その布を紐で甕にしっかりと縛りつけます。
ちょうど、布で甕に頬かむりをさせたような形です。
こうして準備した甕を、五メートルから六メートルほどの間隔をあけて、長い紐で親指くらいの太さの麻縄に結びつけます。
その麻縄を操って、船の上から甕を一個ずつ、できるだけ一直線になるように海底へと沈めます。
つまり、海底に一直線に張った太い麻縄に、間隔をあけて甕がぶら下がっている形になるのです。
すると海蛍は臭いに誘われて、布の真ん中の穴から甕の中に入ります。
ところが、入るのは簡単でも、出るのはとても難しいのです。
それに、餌がサメの頭なので硬く、海蛍は一生懸命それにかじりついています。
そうして一時間半から二時間ほど経ったら、甕を一つずつ船の上に引き上げます。
そのとき、海水はまるで光る水のように輝いていて、その美しさは言葉では言い表せないほどです。
海蛍を採集する時期は、晩秋が一番良いでしょう。
すでに述べたように、海蛍は日光を嫌いますが、月明かりも多少は影響するような気がするので、月夜を避けて闇夜に採集することにしています。
そのため、夕方の暗い時間なら午後七時頃から九時頃まで、明け方の暗い時間なら午前三時頃から五時頃までに採集します。
どちらかと言えば、明け方の暗い時間の方が良いのです。
それには理由があります。
夕方の暗い時間にたくさん獲れたと喜んでいても、獲れば獲るほど、翌日処理するまでの間に死んでしまうことがあるからです。
特に暖かい晩はそうなりがちです。
翌日処理するまでに海蛍が死んでしまうと、肝心の光る物質が処理の前に流れ出てしまいます。
光る物質が出てしまっては、研究の材料としては使い物になりません。
その点、明け方の暗い時間であれば、採集して帰ってすぐに処理に取りかかれるので、光る物質を安全に守ることができます。
ただ、晩秋の夜はまだ寒いというほどではありませんが、午前二時半頃から起きて海へ船を出すのは、あまり心地よいものではありません。
海蛍の採集には三つの条件があります。
第一には餌です。
私の採集場所は福岡県の津屋崎という海で、餌は津屋崎町で調達するのですが、天気や漁の状況によって、餌にする魚が全く手に入らないことがよくあります。
第二には、採集に行く晩の天気です。
雨や風が強い晩はダメです。
第三には、採集した翌日の天気です。
採集した海蛍は海水でよく洗ってから、生きているうちに日光に当てて完全に乾燥させる必要があります。
ですから、晴天でなければ話になりません。
海蛍を思いがけずたくさん採集できても、その翌日が曇りではダメなのです。
この翌日の天気を予測するというのが、また非常に難しいのです。
特に秋の空は変わりやすいものです。
それを予測するには、気象学の知識が必要になるくらいです。
夜明けまでは雲一つない星空だったのに、日が昇ると突然、空一面が曇ってしまうことはよくあります。
雨が降らなくても、曇り空では海蛍は乾きません。
以上の三つの条件が都合よく揃う日は、二、三週間に二、三日ほどしかありません。
そのようなわけで、海蛍の採集にはいつも苦心しているのです。

五 海蛍の乾燥

採集した海蛍を海水でよく洗って、吸取紙の上に載せて十分に水分を取り除きます。
それをさらに乾いた吸取紙の上に移し、日光に当てて乾燥させます。
朝の日光は弱いうえに、海蛍の殻の中には海水が残っているので、すぐには乾きません。
幸い、秋の空気は乾燥しているので、気温が同じでも秋の方が乾きが早いのです。
この「乾きが早い」ということが大切で、海蛍の光る物質に大きな影響を与えるのです。なぜなら、日光にさらされても海蛍は一、二時間くらいは生きているからです。
そしてその間は、光るための物質を少しずつ出し続けています。
ですから、早く乾燥させないと、光る物質がいくらか失われてしまうのです。
とにかく晴れてさえいれば、海蛍は四、五時間あればすっかり乾燥してしまいます。
このように乾燥させた海蛍は、湿気をとる薬を入れた乾燥器に入れておけば、二年くらいは安全に保存できます。もっとも、そうして保存しておいた海蛍は、採集して乾燥させたばかりのものに比べれば、当然ながら光る力は弱くなります。
しかし、こうして保存ができるというのは、研究家にとっては非常にありがたいことです。
海にはいろいろな生き物がいるので、海蛍だけを採集するというのは無理な話です。
必ず他の、しかも海蛍よりも小さな生き物が、海蛍と一緒に甕の中に入り込んでしまいます。
そのため、海蛍を乾燥させてから、それらを選り分けなければなりません。
これには大変な時間がかかりますし、とても面倒な作業ですが、仕方ありません。
これもまた、研究のひとつの過程なのです。

六 実験の材料

上記の方法で採集し、乾燥させただけの海蛍は、光る物質の実験に使う材料としては不十分です。
それにはさらに、海蛍の殻を取り除く必要があります。
殻を取り除くには、まず海蛍を乳鉢に入れ、その上から乳棒で軽く押さえると、殻は小さく砕けてしまいます。
砕けた殻は、特別なふるいにかけて振るい落とします。
そうすると、海蛍の体と、砕けた大きな殻がふるいの中に残ります。
殻の破片は軽いので、弱く息を吹きかければ飛んでいってしまいます。
あとには海蛍の体だけが残るというわけです。
こうして残った海蛍の体を、さらにエーテルの中に入れます。
すると、無色だったエーテルが赤黄色に変わります。
これは海蛍の体に含まれる脂肪分が、エーテルに溶け出したためです。
そこで二、三日の間に六、七回エーテルを入れ替えると、エーテルには色がつくことがなくなります。
これは、海蛍の体から溶け出すべき脂肪分が、すべて溶け出てしまったからです。
こうして脂肪分を取り除いたものを、実験の材料として使っています。
この実験材料はエーテルに浸しておけば八、九か月間は保存できますが、光る力はだんだんと弱くなってきます。
ですから、採集して乾燥したばかりの海蛍を、実験材料に仕上げるのが一番良いのです。
もしそれができない場合は、乾燥させたままの状態で保存しておき、必要なときに先ほどのような実験材料に仕上げるのが賢明です。
すでに述べたように、光る物質は唾液腺の中にあるのですから、研究するには唾液腺だけを取り出すのが一番良いわけです。

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