そして、この熱で壊れる方の物質は「発光を助ける物質」であり、熱で壊れない方の物質は「発光の原料」であるらしいのです。
しかし、この発光の原料だけでは決して光ることはありません。
光るためには、必ず二つの物質が必要なのです。
九 発光物質の溶ける性質
ここにメチルアルコールとエチルアルコールがあります。
その中に実験材料を入れてみます。
すると、無色であったアルコールが赤黄色に変わります。
けれども、少しも光りません。
この様子は、ちょうど沸騰しているお湯の中に実験材料を入れた時に似ています。
光りはしませんが、アルコールの中に何かが溶け出しているのは確かです。その中には、一体何が溶けているのでしょうか。これから実験をして探してみることにします。
まず、何か成分が溶け出しているメチルアルコールの中に、沸騰したお湯の中に実験材料を入れてから冷ましたものを加えてみます。ところが、光りません。
そこで今度は、そのメチルアルコールの中に、水の中に実験材料を入れておいた水(発光を助ける物質が溶けている水)を加えてみます。すると、今度は見事に光りました。
すでに分かっている通り、この水の中には熱によって壊れてしまう物質、つまり「発光を助ける物質」が残っています。
そうだとすれば、この「発光を助ける物質」と合わさって光るのですから、このメチルアルコールの中には「発光の原料」が溶け出しているのだということが分かります。
だからこそ、同じように発光の原料が溶け出しているはずの「熱湯を冷ましたもの」を加えても、光らないというわけなのです。
またそれと同時に、メチルアルコールの中には、「発光を助ける物質」は少しも溶け出さないということも分かります。もし少しでも溶けていれば、すでに原料が溶け出しているわけですから、実験材料を加えた瞬間に光るはずだからです。ところが、少しも光りませんでした。
ですから、メチルアルコールの中には、海蛍の発光物質のうち「発光の原料」だけが溶け出すのです。
それから同じ実験を、エチルアルコールの方でも繰り返してみます。すると、このエチルアルコールにも、メチルアルコールと同じように「発光の原料」だけが溶け出すということが分かりました。
しかし、この発光の原料は、メチルアルコールに溶けるほどには、エチルアルコールにはよく溶けません。
このようなわけで、海蛍の二つの発光物質のうち一つは、ある薬品に溶けるのですが、もう一つの物質は、水以外のものには少しも溶けないという頑固な性質を持っています。
この全く異なった二つの物質が組み合わさって光るのですから、面白いものです。
十 発光物質の理化学的性質
海蛍は、全く異なった二つの物質が組み合わさって光るということは、すでに知っています。
それでは、この二つの物質とは一体何なのでしょうか。もちろん、この二つの物質は物理的、化学的な性質を持つものに違いありません。
その理化学的な性質を研究することは極めて重大ですが、非常に難しいことです。
この問題が完全に解決するまでには、今から百年かかるのか、二百年かかるのか、あるいは千年かかるのか分かりません。
しかし私は、自分の研究したことだけをお話しすればよいでしょう。
ところが、これはあまりに専門的で、難しく、面白くありません。そこで、簡単な実験を二、三ご紹介することにします。
(イ)熱で壊れる物質
一つの発光物質の中で、熱のために壊れる方の物質には、いろいろな点でタンパク質らしいところがあります。
全くタンパク質だけではないでしょうが、少なくともこの物質は、一種のタンパク質と一緒に結合しているのかもしれません。
これが問題で、なかなか簡単には分かりません。
ところが面白いのは、この物質は「昇汞(しょうこう)」では沈殿しないということです。
これは簡単に実験できます。なぜ面白いかと言えば、もしこの物質がタンパク質であるならば、昇汞で沈殿しそうなものだからです。
タンパク質が昇汞で沈殿するのは、ごく当たり前の話です。だから、昇汞の中毒(例えば自殺の目的で)で死にかけている人がいる場合には、生の卵の白身、つまりタンパク質を飲ませれば、昇汞と白身が一緒になって沈殿するので、いわゆる毒消しになるというわけです。
もちろん、昇汞はもう時代遅れで、今は「猫いらず(殺鼠剤)」の世の中です。ところが猫いらずは、生の卵の白身では毒消しになりません。
とにかく、この熱のために壊れる方の物質は昇汞では沈殿しませんが、この物質と一緒に水の中に溶けているいろいろなタンパク質は、多量に沈殿します。
だから昇汞は、問題の物質と他のタンパク質とを分けるのに、最も良い試薬なのです。
私はこの事実を利用して、まず昇汞で他のタンパク質、つまり不純物を沈殿させて取り除いてから、その後に残った水溶液、つまり問題の物質が溶けている水を使って実験を行っています。
その実験の種類はたくさんありますが、専門的なものばかりで面白くないので、極めて簡単な一例をお示ししましょう。
ここに、海蛍の発光物質の中の「熱で壊れる物質」が溶けている水があります。この水の中に、二パーセントの昇汞水を適量入れます。すると、大量の沈殿物ができます。
この沈殿物をろ過すると、澄んだ液が落ちてきます。この沈殿物を再び水に溶かし、そこに「熱で壊れない方の海蛍の発光物質」が溶けている湯を冷ましたものを入れます。ところが、光りません。
だから、この沈殿物の中には、熱で壊れる方の物質は入っていないことが分かります。
それから今度は、この沈殿物をろ過してしまった「澄んだ液」に、熱で壊れない方の物質が溶けている湯を冷まして入れます。すると、今度は見事に光ります。
そうすると、熱で壊れる方の物質は、この澄んだ液の中に残っていることが分かります。
そこで、この澄んだ液(熱で壊れる物質が残っているもの)を使って、さらに次の実験を試みます。
ここに「硫酸アンモニア」という白い結晶の薬品があります。この薬品を、蒸留水の中に溶けきらないほどの多量に入れます。これが化学者の言う「飽和液」です。
この飽和液を一さじと、問題の澄んだ液を一さじ、つまり半々に混ぜ合わせます。これを「半飽和」と言います。すると、また沈殿物ができました。
この沈殿物をろ過すると、澄んだ液が落ちてきます。
この沈殿物を再び水に溶かし、そこに「熱で壊れない物質」が溶けている湯を冷ましたものを入れます。
すると、見事に発光しました。
それから今度は、この沈殿物をろ過してしまった「澄んだ液」に、熱で壊れない物質が溶けているものを入れます。
ところが今度は、光りません。
ですから、「熱で壊れる物質」は、硫酸アンモニアの「半飽和(半分だけ溶かした状態)」で、すっかり沈殿してしまったことが分かります。
これは、先ほど昇汞(しょうこう)を使った場合とは、全く反対の現象です。
この実験は、いわゆる「塩析(えんせき)沈殿」というやり方の一例で、タンパク質を研究するときには、一番よく行われる方法なのです。
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