初級翻訳・火事とポチ 第4話

有島 武郎

ぼくも、とうとう悲しみがこらえきれなくなって、むやみに泣きだしてしまった。
ぼくたちは、お手伝いさんに連れられて家に帰ってきた。

「まあ、あなたたちはどこをうろついていたの。ごはんも食べないで……。それに、三人ともそんなに泣いて……」
お母さんは、本当に怒っているような声で言った。
そして、にぎり飯を出してくれた。
それを見た瞬間、急に猛烈にお腹がすいてきたんだ。
今まで泣いていたのに、すぐに食べるのは少し恥ずかしかったけれど、ぼくはすぐにかぶりついた。

そこへ、焼け跡で片づけをしていた作業員の人がやってきて、「ポチが見つかったぞ!」と知らせてくれた。
ぼくたちはもちろん、おばあちゃんやお母さんまで、「どこにいましたか!?」と大騒ぎで尋ねた。
「ひどいケガをして、物置の影にいましたよ」
作業員の人はそう言って、すぐにぼくたちを案内してくれた。
ぼくは持っていたにぎり飯を放り出して、手にくっついているごはん粒を着物で払い落としながら、大急ぎでその人のあとを追いかけた。
妹も弟も、負けないくらいの勢いでついてきた。

半分焼けて、ぺちゃんこに倒れている物置があった。
その後ろに、三、四人の作業員たちがかがみ込んでいた。
ぼくたちを迎えに来てくれた人が、仲間のところへ行って、「おい、ちょっとそこをどいてくれ」と言うと、みんなが立ち上がった。

そこに、ポチが丸まって寝ていたんだ。ぼくたちは夢中で「ポチ!」と呼びながら、ポチのところへ駆け寄った。
でも、ポチはぴくりとも動かなかった。
ぼくたちはポチの姿を一目見て、あまりのことにびっくりしてしまったんだ。
体中をやけどしたみたいで、あんなにフサフサしていた毛はところどころキツネ色にこげて、泥がいっぱいこびりついていた。
それに、頭や足には血が真っ黒にかたまってついていた。
ポチなのか、それとも別の犬なのかわからないくらい、汚くなってしまっていたんだ。
駆け寄ったぼくも、思わずあとずさりしてしまった。
ポチはぼくたちが来たのに気づくと、少しだけ頭を上げて、血走った目で悲しそうにぼくたちを見た。
それから前足を動かして立ち上がろうとしたけれど、どうしても立てなくて、そのまま地面に横たわってしまった。
「かわいそうに。落ちてきた材木が腰の骨に当たったんだろうな」
「なにしろ一晩中、キャンキャン鳴きながら火の周りを飛び回っていたから、疲れきっているんだろうよ」
「見ろよ、あそこからあんなに血が流れているぞ」
作業員の人たちが、口々にそんなことを言った。
本当に、血が出ていた。
左の後ろ足の付け根のところから血が流れ出して、それが地面にまでこぼれていたんだ。
「介抱してやりなよ」
「おれは嫌だね」
そんなことを言って、作業員の人たちの中に看病してあげようとする人はいなかった。
ぼくはなんだか、気味が悪いような気がした。
けれど、あんまりポチがかわいそうだったので、おそるおそる遠くから頭をなでてやった。すると、ポチは鼻の先をふるわせながら、目をつむって頭を持ち上げたんだ。
それを見た瞬間、ぼくは汚いとか気味が悪いなんて気持ちはどこかへ吹き飛んでしまった。いきなりポチのそばへ行って、頭を抱きかかえるようにしてかわいがってやった。
「どうして、こんなにかわいい親友を、一度でもぶったりしたんだろう」
そう思うと、もうポチがどんなことをしても絶対にぶったりしない、心からそう誓った。
ポチはおとなしく目をつむったまま、ぼくの方に頭を寄せてきた。
体中がぶるぶると震えているのが、ぼくの手に伝わってきた。
妹や弟も、ポチの周りに集まってきた。
そのうちに、お父さんとお母さんもやってきた。
ぼくはお父さんを手伝って、バケツで水を運んできた。そして、きれいな白い布で、静かに泥や血を洗い落としてやったんだ。
痛いところを洗ってあげるとき、ポチはそこに鼻先を持ってきて、洗っているぼくの手を押しのけようとした。
「よしよし、じっとしていなさい。今きれいにして、傷を治してあげるからね」
お父さんが、まるで人間に話しかけるような優しい声で、ポチにそう言った。
お母さんは、みんなに気づかれないように、そっと泣いていた。
あんなによくふざけていたポチだったのに、もう全然ふざけたりしなくなった。
それが、ぼくにはたまらなくかわいそうだった。
体をすっかり拭いてあげたあと、お父さんが「ケガがひどいから犬のお医者さんを呼んでくる」と言って出かけていった。お父さんがいない間、ぼくは妹たちに手伝ってもらって、わらで寝床を作ってやった。
それから、タオルでポチの体をきれいに拭いてあげた。
ポチを寝床の上に寝かせ直そうとしたら、よほど痛かったんだろう、ポチは初めてひどい声で鳴いて、噛みつこうとしたんだ。
作業員の人たちも、親切に世話をしてくれた。
板切れを持ってきて、ポチの周りを囲ってくれたんだ。
冬で寒いから、毛が濡れているとすごく冷えるだろうと思ったから。
お医者さんが来て、薬を塗ったり飲ませたりしてくれたあと、作業員の人たちもお母さんも帰っていった。
弟も、寒いからとお母さんに連れられて家に戻った。
けれど、お父さんとぼくと妹は、ポチのそばを離れないで、じっと様子を見守っていた。
お母さんが、お手伝いさんに牛乳で煮たおかゆを持ってこさせた。
ポチは喜んで、それを全部食べてしまった。
火事の晩から三日間、ポチは何も食べずに我慢していたんだ。きっと、そのおかゆはすごくおいしかったに違いない。
ポチはじっと丸まって、震えながら目をつむっていた。
目頭のところが、涙でいつも濡れていた。
そして時々、細く目を開けてぼくたちをじっと見ると、また眠りにつくんだ。
いつの間にか、とても寒い夕方になった。
お父さんが「もう大丈夫だから家に入ろう」と言ったけれど、ぼくは帰りたくなかった。
一晩中でも、ポチと一緒にいてあげたかったんだ。
お父さんは仕方なく、「寒い、寒い」と言いながら一人で帰っていった。
ぼくと妹だけが、あとに残った。
ポチがあまりにぐっすり眠っているので、死んでしまったんじゃないかと怖くなって、小さな声で「ポチや」と呼んでみた。
するとポチは、少し面倒くさそうに目を開けた。
そして、ほんの少しだけしっぽを振ってみせてくれた。
とうとう夜になった。
夕ご飯の時間だし、風邪をひいたら大変だからと、お母さんが無理やりぼくたちを連れに来た。
ぼくと妹は、ポチの頭を何度もなでてやってから、家に帰った。
次の朝、目が覚めると、ぼくは着替えもせずにポチのところへ飛んでいった。
お父さんが、ポチのそばにしゃがみこんでいた。
そして、こう言ったんだ。
「ポチは死んだよ」
ポチは、死んでしまった。ポチのお墓は、今でも、あの貧しい人が住んでいた森の中のお寺の庭に、ずっと残っているのかなあ。

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