あなたは、もう東京へ帰って来られたんですか」
と、電話に出て来た大江山課長は驚いていた。
そうでもあろう、新田先生にしたところが、あの掛矢温泉につかって、病後の体をゆっくり丈夫にしたいと思っていたのであるが、はからずも、地獄沢の上の怪火に引きよせられ、火星兵団にぶつかったればこそ、こうして早く東京へ舞いもどらねばならなくなって来たのだから。
「大江山さん。私は、火星兵団にあいましたよ。命からがら逃げもどって来たところです」
「なに、火星兵団?」
「課長は御存じないのですか、甲州の山の奥に、火星兵団が、いわゆる火星のボートに乗って着陸したことを」
「それが、火星兵団ですかね。こっちにはそんな報告は来ていないが、昨夜、山梨県でたいへんあざやかな、流星が見えたという話は聞いていますがね」
「昨夜なら、それは、きっと火星兵団のことに違いありません。私は、あの時、火星のボートの着陸するすぐそばにいたのですよ」
と、新田先生は、手みじかに、昨夜からの出来事を話した。
「ふうん、それはたいへんなことだ。あまり深い山奥のことだから、我々の目には、それほどたいへんなものに見えなかったんだ。よろしい、総監に報告をして、すぐさま手配をしましょう」
「まあ、課長、待って下さい。火星のボートを駆りたてるのも大切なことですが、それと同時に、丸木隊の火星人が、人間に変装して、もうすぐ、そちらへやって行くと言っていましたから、用心して下さい」
「何です、その丸木隊というのは」
「人間をさらって、火星へつれて行こうというのです」
「えっ、それはほんとうかね?」
丸木隊の火星人が、東京方面へも出て来て、人間狩をするであろうという新田先生の報告は、大江山課長を大変おどろかせた。
課長は、はじめのうちはなかなかこれを信じようとはしなかったが、先生が、変話機を使って、親しく丸木の命令するのを聞いたと話をすると、
「ふうむ。そういうことなら、火星人は、本気でやるつもりだな。そういうらんぼうなことは、許しておけない。にくむべき火星人だ」
と、大江山課長は、机を叩いておこり出した。
「しっかり頼みますよ、大江山さん」
「いや、よくわかりました。早く知らせてくれて、ありがとう」
「大江山さん。私が火星兵団からうばって来た変話機は、大変重宝なものです。これを使えば火星人の話が、ちゃんと日本語になって聞えるのです。この機械は、いつでもお貸ししますよ」
「ありがとう、ありがとう」
と、課長は厚く礼をのべ、
「しかし、火星人は、先生を一生懸命探しているだろうから、油断がなりませんよ。わしも、先生のことが心配だから、誰か腕利の警官をつけて上げましょう。体がよくなったら、先生、あなたも、ぜひわれわれに力を貸して下さい」
「はい、わかりました。私は、すこし寝たいと思います。その上で、火星人と大いに戦いますよ」
そこで、先生は電話を切った。
警視庁では、先生のこの報告には、おどろきもしたがまた喜びもした。
早速全国に手配をして、火星人に備えることとした。
さて火星人は、どんな手を使って、人間狩をするであろうか。
37 石けりの子供
火星兵が、人間狩をはじめる。
何と、世の中は変ったことなのであろうか。
その昔、地球人類は、火星へ攻めていこうなどと言うことを考えた時代もあったが、今はあべこべに、いつの間にやら、火星兵におびやかされる世とはなったのである。
地球がモロー彗星と衝突して、こなごなにこわれる日は近づいたし、その上に、この火星兵の人間狩の恐怖までが加わって、地球に住む人間たちは、二重の大難にぶつかったわけである。その火星人という生き物が、どうもいろいろな面から考えて、地球の人間よりもずっと頭のいい生き物らしいということは、とても困ったことでした。
人間と人間、国と国との戦争であれば、いくら相手が強くても、その強さには限界があります。
いくら相手に秘密の新しい武器があると言っても、こちらにはスパイがいますから、ある程度まではその新兵器がどんなものなのかを事前に知ることができます。
しかし、火星兵たちの突然の襲撃には、本当に困り果ててしまいました。
地球の人間は、これまでに火星兵のことなどを、ほとんど調べたことがなかったからです。
火星人の姿を見たのも、今度が初めてでした。
ところが、火星人の方では、ずっと前からとても念入りに地球のことを調べ、地球に住んでいる人間のことまで調べ上げていたようなのです。
しかも、地球の上で世界戦争が起き、人間同士が攻め合い、殺し合っているのを、火星人はよく知っていたようでした。
彼ら火星人は、人間たちが人間同士の戦争ですっかり疲れ果てているのを知って、地球を乗っ取ろうという心を起こしたのだとも考えられるのです。
誰か、火星人のことをよく知っている人はいないでしょうか。
そして、火星人の弱点をついて、逆にやつらをやっつける者はいないでしょうか。
こういう時に思い出すのは、あの火星の研究家・蟻田博士(ありたはかせ)のことです!
火星人の帝都(ていと)侵入!
それは、だまって許しておけないことでした。
およそ、地球の人間をバカにしたやり方です。
口では「人間を助けてやるのだ」と言っていますが、その実、このまま人間を放っておけば、地球がモロー彗星と衝突する日に人間はみんな死んでしまうだろうから、人間が死んでしまう前にその全部を火星へ連れて帰り、これを火星の上で飼おうというのが、火星人の腹の中にある本当の考えらしいのです。
考えただけでも腹の立つことです。
人間ともあろうものが、家畜と同じように飼われたりしてたまるものですか。
火星の上で、人間が柵(さく)の中につながれたり、首に鎖(くさり)をつけて火星人に引っ張られて歩かれたり、そんな目にあって平気でいられるでしょうか。
火星人は、地球の人間の弱みにつけ込んでいるのです。
人道から見て、許しがたいことでした。
ある人々は、「もうこうなったら、火星人に助けを求めるよりほかないだろう」と、弱音を吐いていました。
火星のほかに、人間に近い生き物のいる星はないのですから……。
だが、そう言う人々も、だんだんと火星人の腹黒さがわかってくるとともに、口を閉ざしてしまいました。
彼らもやはり、火星人のせいで人間が奴隷(どれい)のように使われるのは、嫌だったのでしょう。
この、本当によくない火星人の心の持ちようは、いったいどうして起きたのでしょうか。
火星人は、みんな悪者の生まれ変わりなのでしょうか。
これから後、だんだんと、火星人の残忍な行いが読者のみなさんの前にもあらわれてくるでしょうが、火星人こそ、人間の考えではとてもわかりっこないほどの、気味の悪い奇怪な生き物だったのです。
火星人が、なぜそれほど平気でむごたらしいことをするのか、その謎(なぞ)はやがてはっきりすることでしょう。
恐ろしい強盗殺人犯どころか、鬼やけだものよりもなお冷たい心の持ち主が、火星人なのです!
下町の、とある横町の道端で、女の子が五、六人、チョークで白い輪をかいて、楽しそうに石けりをして遊んでいました。
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