初級翻訳・火星兵団 第63話

海野 十三

その時、向こうの曲がり角に、黒い帽子に、黒い長いマントを着て、黒いメガネをかけた同じような姿の人間が、五、六人あらわれました。
長いマントの一団は、曲がり角のところでこちらの方を見ました。
女の子たちが楽しげに遊んでいるのを見ると、彼らは何か話し合っていましたが、そのうち、あまり広くもない横町を一列になって進んできたのです。
あいにく、ちょうどその時、この横町には子供たちのほかに誰も外に出ている人はおらず、通りがかりの人もいませんでした。
だから、長いマントの一団は、そのままずんずん歩いて子供たちに近づいたのです。
女の子たちは石けりに夢中になっていました。
その時、長いマントの一隊が近づいてきたことにも気づいていないようでした。
はっと気づいた時は、もう遅かったのです。

「あら、おじさん。
線の上を通っちゃ、ひどいわ」
「あら、あたしの石をけとばしてさ。
いやあよ」

長いマントの一団は、何も言いませんでした。
そして一列になったまま、そこを通り過ぎていきました。
彼らが通り過ぎた後には、チョークでかいた石けりの白い輪が残っていました。
石けりの石も、そのままそこにありました。
しかし、どうしたことか、さっきまでそこで楽しそうに遊んでいた五、六人の女の子の姿は、どこにも見えなくなっていたのです。
マントの隊員たちは、知らん顔をしてずんずん向こうへ歩いていきます。
だが、別に子供を連れている様子も見えません。
ただ、彼らのマントが、風もないのにどうしたわけか、変に波打つのでした。
誰かそこへ行って、マントの下を覗(のぞ)いてみるとよかったのですが。
こうして、かわいい女の子たちが、火星人にさらわれてしまったのです。火星人の帝都侵入のことは、いち早く放送されもし、新聞でも注意するように大々的に書きたてたが、不幸にも、帝都の市民の多くは、そんなばかばかしいことがあるものかと、信じなかった。
だから、火星人の人間狩は、案外うまくいったようである。
こんなこともあった。
或るお嬢さんが、駅の裏手のさびしいところで、立木を背にして、誰かを待っていた。
すると、いつの間にか、その後へ、例の長マントの火星人が三人あらわれた。
あたりは大変さびしかったので、待っている人のことで、心をうばわれていたこのお嬢さんだったが、きりきり、きったん、きったんと言う機械的な音が、じぶんの後に聞えたので、はっと気がついて振向いた。
「あれっ」
お嬢さんは、とたんに悲鳴を上げた。
そうでもあろう。
同じ服装の三人の長マントの男が、すぐ自分の後に立っていたのだから。
お嬢さんの悲鳴は、一ぺんきりで終った。
それとともに、お嬢さんの姿は、かき消すようになくなっていた。
お嬢さんの悲鳴はかなり大きかったので、駅の建物から若い駅員が走り出た。
そうして声のした方を、きょろきょろと見廻した。
しかし、そこには女の姿はなかった。
ただ三人の黒い長マントの紳士が、廻れ右をして、向こうへ歩いていくだけであった。
「もしもし、もしもし、お待ちなさい」
駅員は、三人をあやしいと見てとって、後から呼びとめた。
ところがあやしい三人は、それが耳にはいらないのか、ずんずん向こうへ歩いていく。
「もしもし、お待ちなさいと言ったら」
若い駅員は、かけ足で三人の後に追いついた。
三人は、一せいに後を振向いた。
おやというようなかっこうをした。
一つのマントが、ぱっとひるがえったように思われた。
とたんに、若い駅員の姿も消えうせた。
火星人の人間狩のことを書きつづけていくと、大変恐しくもあり、またおもしろいが、きりがない。
人間狩をする火星人は、うっかりしている人間ばかりを襲ったので、かなりたくさんの人間が、さらわれてしながら、その割に、被害報告が、すぐには警視庁へは集らなかった。
それがますます火星人をして、人間狩に成功させ、彼らを喜ばせたのであった。
「火星人は誰にもそれとわかる、黒い帽子に、黒い長マントを着ています」
と、拡声機からは、特別公示事項の放送が、ほとんど絶えまなく行われた。
しかしそれは、もう午後になってからのことで、かなりたくさんの人間が、さらわれてしまってから後のことであった。
「でありますから、黒い帽子に黒い長マントに、黒い眼鏡の怪しい人物を見かけたら、すぐに、もよりの交番へ駆けつけるなり、大声でそれを知らせながら火星人と反対の方へ走り、なるべく狭い横町に駆込んで下さい」
などと、妙な注意が、しきりに放送されたのであった。
だが、中には、案外そんなことに注意していない人もあった。
その夜のこと、或るさびしい町の電柱の下に、一人の紳士が、倒れていた。
彼は、真赤な顔をしてわけのわからぬひとり言をぶつぶつしゃべっていたから、これは酒を飲んだ酔払であるに違いなかった。
そこへ黒マントの紳士が三人、ひょっこりあらわれた。
三人は酔払紳士のそばに、例のごとく近づいていった。
「あははは、くすぐったい!」
と、かの紳士の声がしたかと思うと、もう次の瞬間には筋書通りに、紳士の姿は消えてなくなっていた。
とうとう火星人にさらわれてしまったのだ。
やれやれ気の毒、気の毒!
そのよっぱらい紳士は、まことに、奇妙な目にあったと、後に人に語ったことであった。
それは、彼が、火星人のためにさらわれて行った経験談であった。
あの時、彼は、かなりよっぱらっていた。
だけれど、まだいくぶんは気がしっかりしていた。
彼は、かなりよっぱらっていたこともおぼえていたし、また、電柱のそばで電柱と話をしていたようにも、おぼろげながら思い出すのであった。
ところが、そのうちに、どこからか、足でも引きずっているような音が聞え、それが自分のそばへ近づいて来ることも知っていたのだ。
彼は後へふり向こうとしたが、体が言うことをきかない。
何しろあまりよっぱらっているので……。
その時、彼は急にからだを引きあげられたように思った。
エレベーターが、こんなところにあったかななどと、へんなことを思った。
ばさり! ぱたん!
そんな音が聞えたように思う。
すると彼は、にわかに息ぐるしくなった。
が、彼の体は、ひとりでゆらゆらとゆれはじめた。
何か乗物に乗っているような気がするのであった。
その時へんなにおいがした。
一体なんのにおいであろうかと彼は考えていた。
しばらくすると、その乗物がぱたりととまった。
すると、乗物の窓がぱたんとあいて、人の顔がのぞきこんだ。それは火星人の顔だったのですが、お酒に酔っていたその紳士は、そんなことには全然気がつきませんでした。
(こんなお年寄りはもうだめだ! どこかへ放り出してしまおう)
と火星人が言ったことも、もちろん紳士は知る由もありませんでした。
そうして次に目を覚ました時、彼は、なんと牛小屋の中にポツンと寝かされていたのです。
火星人によって、牛小屋へ投げ込まれたことさえ気づかない彼でした。

第38章 ころがる胴

恐るべき人間狩り!
ラジオがどんなに危ないと警告を発しても、火星人の襲来なんておとぎ話のようなことを信じない人々は、相変わらず平気で街を歩いていたので、火星人はますます調子に乗って、帝都をめちゃくちゃに荒らし回りました。

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