初級翻訳・火星兵団 第91話

海野 十三

こっちの命があぶない」
 参謀は、ううんと、うなっていたが、
「よし、仕方がない。この上は兵団長に言って、少しも早く宇宙艇を全部、空に舞上らせることだ。それしか助かる方法は考えられない」
「じゃ、早く兵団長にそう言って下さい」
 そこで三名は、一かたまりになって、丸木の待っているところへ、もどって来た。
参謀がそれを言うと、丸木はきげんを悪くして、
「なんだ、たったこれだけのことで兵団全体が引上げるなんて、そんな弱いことを言っちゃいかん。第一、今全部の宇宙艇が飛出せば、せっかくあそこに捕虜にしてある人間や家畜なんかが、みんな逃げてしまうじゃないか。よろしい、観測をするために、二隻だけ空中へ飛出せ」
 二隻だけ飛出せ!
 そういう命令だったけれど、やがて空中へ飛出した宇宙艇は二隻ではなかった。
その数は、およそ三、四十隻、いずれも逃足のついた臆病連中ばかりであった。
そうでもあろう。
命と頼む宇宙艇が煙となってしまい、その時、自分たちも一しょに、しゅっしゅっと煙をはいて、死んでしまったのではやりきれない。
十号ガスを砲弾につめて、火星兵団を射撃する作戦は、蟻田博士が考えついたものであったが、そこまでは大成功だった。
空中に飛上った火星の宇宙艇は、その数三、四十隻であった。
高い山々にせばめられたせまい空を、この宇宙艇は、怪音を立てて飛びかうのであった。
その中の二隻は、火星兵団長の丸木から、偵察を命ぜられた宇宙艇だった。
「どこにいる? 人間隊は? そうしてガス砲隊は?」
 偵察の艇は、山を一つ飛越えて、しきりにその向こうを探しまわっていた。
ところが、空中に舞上ったほかの宇宙艇は、ごうん、ごうんと、ものすごいひびきを立てて、どんどん高空へ上っていった。
これを見て、突撃隊は、さっと喜びの声をあげた。
「ああ、宇宙艇の一部が、逃出したのじゃないかな」
「おお、逃げていく。鬼のような火星兵団が、そろそろおじけづいたぞ」
 ところが、偵察任務にある二隻の宇宙艇は、勇敢にもだんだん低空に舞下りて来て、どこまでも人間隊のガス砲陣地を、さぐろうという様子が見えた。
「どうしたのだろうか。人間隊は、どこにも見えないようだが……」
 偵察艇の火星兵には、人間隊が見えなかった。
見渡すと山には木がしげり、白い道がくねくねまわっているのと、それから、はるかに下の方に、畠が見えるばかりであった。
「おかしい。どうもわからぬ。もっと下って見よう」
 ちょうど山のふもとに、こんもりした森があった。
宇宙艇はだんだん舞下り、千メートルぐらいの高度をとってこの森の上まで来た時、にわかに森の中から、まぶしい火光がつづけざまに走ったと思ったら、どどどどん、どどどんと大きな音を立てて、高射砲弾が宇宙艇のまわりに炸裂した。
「あっ、しまった!」
 と、火星兵たちはびっくり!
「ああ、しまった!」
 と言ったのは、偵察艇に乗っていた、火星兵であった。
ちょうど森の真上まで来た時、下から不意打に、もうれつなガス弾の砲撃を受けたのであった。
蟻田博士の作戦にもとづき、突撃隊はこの森に放列をしき、ここから砲撃していたのであった。
そこへ偵察艇が飛んで来たものであるから、しばらく鳴りをしずめていたのである。
しかもこの時偵察艇はたいへん高く飛んでいて、とても森からガス弾を飛ばしても、とどかないことがわかった。
だから今も言ったように、鳴りをしずめていた方がよかったのだ。
そのうちに何も知らない火星の偵察艇は、大砲のありかを探すため、だんだん下へ舞下りて来た。
これはちょうど、おあつらえむきだと思っているうちに、偵察艇はどんどん高度を下げ、ついにガス砲の射程内にはいったのである。
(そら、しめた! 今だ、撃て、撃て!)
 というわけで、森の中から、はげしい砲撃が、火星の偵察艇に向けて始ったのであった。
大江山突撃隊は、おどり上って喜んだ。
森の上へ舞下りて来た二隻の偵察艇は、いずれもこっちが放ったガス弾が命中して、あのかたい外壁が、黄色い煙を上げてとけ出した様子である。
「そら、もっと撃て!」
 突撃隊は元気づいて、さらに巨弾の雨を二隻の偵察艇に集めた。
「もういけない。非常信号を丸木兵団長に!」
 消えゆく偵察艇から無電が放たれた。
それは丸木兵団長のところへ、もちろん聞えた。
兵団長はそれを聞くと、たいへんおこり出した。
「よし、今度は、おれが出かけるぞ」
 丸木は、司令艇の中で、はげしくおこっている。
「兵団長、お待ち下さい。人間隊のガス弾は、なかなかつよい効果をもっていますから、おいでにならぬ方が……」
 と、幕僚が言えば、丸木は、またもやおこり出して、
「だまれ。
こっちの偵察艇は油断をして低空におりたから、ガス弾のために、あんなむざんな最期をとげたのだ。
うんと高空から、怪力線をおとせばいいのだ」
「しかし、万一のことがありましては、火星へもどりました時に、われわれは……」
「われわれはおもく罰せられると言うのだろう。
いや、とめるな。
ここで、わが火星兵団が人間隊に負けたとあっては、火星軍の恥である。
どうせ地球人はもう長くないのだから、きっと、こっちが勝つにちがいない。
全艇に出動命令を出せ」
 丸木は、なんと言っても聞かない。
「それに、困ったことが起ると思います」
「困ったこととは……」
「宇宙艇が飛びあがると、中には戦うどころか、さっさと、また火星へ逃げてかえる艇が出るにちがいありません」
「そういう艇兵は、あとできびしく罰するから、ほうっておけ。
とにかく高空にのぼり、全艇同時に敵の砲兵陣地へ向けて、怪力線を出せば、きっとこっちの勝だ。
おい、早く命令しないか」
「はい」
 丸木の決心はかたかった。
そこで仕方なく、幕僚は全艇出動の号令をつたえた。
全艇出動と言っても、捕虜の番をするため、十名ばかりの火星兵が、あとにのこることとなった。
こうして、ついに火星兵団の全艇は、ものすごい音をたてて、一時に空中にまいあがったのであった。
丸木はぷりぷりおこっている!

57 大空艇

 大江山突撃隊長は、ガス砲陣地のあるところから、すこし離れた小高い岡の上に立って、数名の観測員などを指揮していた。
隊長をはじめ、いずれもみんな草や木の枝をあたまからかぶって、変装していたものだから、空からは、これが人間だとは、見えなかった。
観測員の一人が、しきりに、空を見上げている。
彼の目の前には、一本の紐がつながれていた。
その紐を、下から上へ見ていくと、二百メートルばかり上に、一羽の鳶のような形をした鳥が、翼をひろげて、とんでいる。
――いや空中に、ほとんど、じっとして、うごかないのであった。
それは、もちろん、ほんものの鳶ではなかった。
それは、たいへん軽い気体をつめた一種の風船であって、その風船には、光電眼がついていた。
光電眼は、テレビジョンと同じような、はたらきをもっている。
球形のレンズに、外の景色はみんなおさめられる。
すると、内側で、これが電気になって、紐の中をつたわって地上の観測員のところまでおくられる。
あとは、テレビジョンと同じように、ふたたび物の形にして、景色が見える。
これも蟻田博士の発明品だった。

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