「アバタ面の猿飛が、猿の衣装を着て登場し、短冊を片手に首をかしげ、『万葉集』の真似をして『アバタめが首を振る振る振るもよし振らぬもよし……』などと、恥ずかしくても口に出せようか、人に見せられようか! あぁ、なんて恥ずかしい、実にみっともない姿だ!」と激しく後悔し、すぐに忍術の極意を使って楓の前から姿を消した。そしてその足で上田を飛び出し、武者修行の旅に出たのだが、忍術を使えば敵なしだったため、ついに「自分こそ日本一だ」とすっかり調子に乗り、思い上がってしまった。その結果、師匠である戸沢図書虎からあっさりと術を封じられてしまった――これが三度目だ。
そして四度目は、思い出そうとするだけでも生々しい。
つまり、昨日の山賊退治のあの情けない大失敗の一幕である。
無言で静かに戦えば、まるで名刀同士が激しく打ち合うような鋭い気迫が漂う、渋くてカッコいい実写映画のような凄みが出ただろうに、余計な音楽や演出を派手に鳴らし、野暮なダジャレの啖呵を切って風流ぶったせいで、最後は尻すぼみのくだらない結果に終わってしまった。いかにもお調子者らしくて、今思い返しても本当に恥ずかしい。
「そもそも、俺はカッコつけすぎなんだよ!」
ただでさえ周囲の目を引くアバタの旗印を、雲をつくような大男の肩で風を切るようにひるがえしながら、熊手のような手で怪しげな詩を作って新手村の百姓娘に贈り、驚かせていたという、あの年頃特有の多感で悪趣味な行動はまだ許せるとしても、口を開けばすぐダジャレか七五調、まるで貴族気取りの風流な口調を使うその軽薄さはどうだ。
おまけに、自分をいじめるのか茶化すのか、自分から進んで自分のアバタ顔を言いふらすなんて、いっそやけくそになっていたとしか言いようがない……。
「いや、あれもこれも、すべてはこのアバタのコンプレックスが引き起こしたことなのだ」
と、佐助は急にしょんぼりし、ふと自分の寂しい心の奥をのぞき込んだ。そのとき、どこからともなく下手くそな笛の音が聞こえてきたので、えない顔をしながらしばらく耳を傾けていたが、やがてその笛の主がどうやら壁を隔てた隣の牢屋にいるらしいと気づいた。そこで、昔からの癖であるカッコつけた調子をわざと真似て、
「秋も深まり、夜も深まり、眠気も深まり、笛を吹かす。隣の部屋ではいったい何をしているのやら」
と呟いたあと、壁に向かって、
「――もし、お隣の方。せっかく優雅な演奏の真っ最中に、こんな野暮な声をかけて申し訳ないが、あなたは一体どこの誰でござるか?」
と、声をかけた。
途端に笛の音がピタリと止まり、隣から聞こえてきたのは、
「我こそは信州真田の鬼小姓! 笛も吹けば法螺も吹く、吹けば飛ぶような横紙を、破った数は白妙の衣を墨に染めかえた、その姿を見れば誰でも知っている天下の横紙破り、三好清海入道(みよしせいかいにゅうどう)だ!」
「ななんだ、三好かよ」
佐助は思わず吹き出してしまった。
バカの一つ覚えのような名乗りを、まるで得意げに牢屋の中であげているだけでもおかしいが、それよりもおかしいのは、昨日お茶店の女性から聞いたときは、てっきり宝蔵院(ほうぞういん)流の槍使い崩れだと思い込んでいたのに、この三好入道もまた山賊退治に失敗して牢屋に閉じ込められているということだ。佐助が自分の名を名乗ったあとで「どうしてここに?」と尋ねたところ、やはりその通り、三好も捕まっていたのだった。
しかし、上田城でおとなしくしているはずの三好が、いったい何の目的でのこのこと上田を飛び出してきたのかと問うと、三好は即座にこう言い放った。
「貴様を縛り首にするためだ!」
「えっ? なんだって?」
さすがの佐助もこれには心底驚いた。人を驚かせる一方で、自分は絶対に驚かない顔をするのが伊達男の心得の第一だと思い込んでいる手前、佐助はすぐにそんな自分を恥じ、自分の心のなんと弱かったことかと情けなく思ったのだった。三好は、佐助が思った通りびっくりしているのを見ると、ますます調子に乗って、こうまくし立てた。
「あのときの歌合わせの夜、勝手にお城を飛び出して、気ままに日本中を旅して回るなんてとんでもない猿飛め! 中国やインドまで探してでも捕まえてこいっていう、お殿様からの大切なお墨付きをいただいて上田を出発したんだ。東西南北、あちこちお前の行方を探し回っていたその途中、ひょんなことからこの牢屋に閉じ込められちまって、しかたなく退屈しのぎに笛を吹いていたってわけさ!」
一日一回はデカいことを言わないと気がすまない三好は、自分で一生懸命練習した笛のあとにその大ぼらを吹けたことが嬉しくてたまらない様子で、
「――だがな、こんなところで出会うなんて、何の因果か運の尽き! おい、猿飛、お上の命令だ、縄にかかれ……って言いたいところだけど、壁一枚はさんだ牢の中じゃそうもいかないか。おい、猿飛、お前忍術が使えるんだろ?
えいって九字の呪文を唱えて、ドロドロっとネズミに化けて、チョロチョロっと穴をすり抜けて、この俺を助け出してくれよ!」
「そんな忍術が使えるなら、今時お前みたいな下手くそな笛の音なんか聴いてないっつの」
いかにもしょんぼりした声だったが、それでも意地を張って佐助がそう言い返すと、三好は、
「ははぁん。
俺を助け出したら、今度はお前が俺に捕まっちまうかもしれないってビビって、そんな嘘をついてるんだろ」
自分自身が大ぼら吹きなだけに、すぐに人のことも疑ってかかるのだった。
すると、
「ばかやろう! 坊主頭のお前の前で嘘をついたって、ちっとも面白くねぇよ!」
と、いつものダジャレがまた始まって、
「――昨日までの俺なら、空から降ったか地から湧いたか、火遁の術、水遁の術、木遁、金遁、そして土遁の合図すらないのに、ふわりと現れてはふわりと消え、消えないアバタの星空だって飛行の術で飛び回っていたってのにさ。鳥人先生のお叱りを受けて、忍術をすっかり封じられちまった今となっては、昔のすごかった頃に戻る方法なんてありゃしない。泣く泣くぐちをこぼすしかなくてさ……その証拠に、こうして隣同士でひざを抱えて座ってるじゃねぇか」
それを聞いて、三好も「じゃあ、この鈴鹿峠が俺たちの墓場ってわけか……」とすっかりしょげ返った。
「そうさ。
坂道でてるてる坊主みたいな格好をした三好さん、黒い衣を着て鈴鹿の鐘をチンと鳴らしながら、今ごろは念仏でも唱えてるんだな!」
と、佐助がまた他愛のないダジャレに夢中になり始めると、もう止まらない。まるで昔の豪傑・弁慶みたいに「ここが勝負の時だ!」とばかりに二人してバカみたいな洒落を言い合い、時間の経つのもすっかり忘れてしまったのだが、その様子はいちいち細かく説明するまでもないだろう。
その翌日、まるで申し合わせたかのように、鈴鹿峠のふもとの茶屋に、しとやかで優しい物腰の若い娘が現れた。
店のおばちゃんが「これから峠を越えるのかい?」と尋ねると、
「峠を越えれば、遠い信州から猿飛様にやがて近江(会う)道……日が暮れないうちに越えたいと思います」
となんとも気取った言い方をした。それもそのはず、これはすっかり佐助の真似が移ってしまった楓だったのだ。
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