初級翻訳・猿飛佐助 第10話

猿飛佐助

 そのため、山賊たちはあっという間に震え上がり、中には怖さのあまりお漏らししてしまう者もいた。だがさすがに親分の木鼠胴六は、大泥棒・石川五右衛門の一番弟子だけあって慌てず騒がず、おびえる手下たちを励ますと、あらかじめ用意していた松明(たいまつ)を佐助めがけて投げつけた。
 佐助はひらりと華麗に身をかわしながら、
「おやまあ、こんなにたくさんの松明の雨を降らせるとは、何の合図かな、それとも挑戦状のつもりか?
それとも悪意に解釈すれば、俺のアばたの穴をよく見せるための、提灯代わりの松明ってわけか?」
 と、相変わらずの変な詩人気取りで、おかしなことを口走った。よもやその松明には、モグラ、イモリ、マムシの血に、ムササビ、ムカデ、白檀(びゃくだん)、丁香(ちょうこう)、水銀の粉末を混ぜ合わせた強力な眠り薬が仕掛けられているとは夢にも思わず、のんきに「仏を作って魂を入れる(ジョークを言う)」ためのくだらない洒落を飛ばしながら、咄嗟に、
「受けてみろ、鈴鹿の山賊ども!」
 という言葉が口から飛び出した。佐助は自分で言ったこの洒落がすっかり気に入ってしまい、思わずニヤリと笑うと、えくぼの代わりにアバタの穴が隠れ、「信州に隠れもないアバタ面」である自分のことは棚に上げて、こうまくし立てた。
「よく見ればお前たち、目が小さかったり、鼻がぺちゃんこだったり、斜視だったり、極めつけはウサギの口に出っ歯の守! そろいもそろって醜男(ブサイク)ばかりだな。まるで、ひょっとこのお面を三百個も、魚の目刺しみたいにずらっと並べたみたいじゃないか。祭りといっても、これは血祭りだぜ!」
 あとから思えば、何ともかっこ悪い姿だった。
しかも、さらに顔から火が出るほど恥ずかしかったのは、「いざ戦うというときに、ただ無言で暴れるだけじゃ芸がない、雅(みやび)な文句の数え歌に合わせてやろう」と思い立ち、石川五右衛門のしゃれた名乗りをもじって、こんなふうに敵を倒していったことである。

「一に石川で」で一人。
「二に忍術で」で二人。
「三にさわがす」で三人。
「四に白浪の五右衛門の」で四人、五人。
「六でもない子分ども」で六人、七人。
「八いば(えばり)に掛けて」八人。
「九(く)もなく倒すに」で九人。
「十(じゅう・じゅもん)は要らぬ」
 で、十人まで倒したという、何とも悪趣味なやり方だった。
まったく風情のかけらもない話である。
そして、さらに調子に乗って、
「十一、十二も瞬く間、お月様いくつ、十三泣き面、十四は頓死、十五夜お月様もちつきのお突き、十六夜月は誰と見ん、十七娘か二人と見れば飽かずながめてにくからぬ、十九(苦)も忘れて、二十(重)の喜び……」
 と、二十人までは何とか無事に倒せたものの、二十一人目あたりから、早くも松明の眠り薬の効き目が表れ始めた。手足がしびれて目がかすみ、それでも二十二、二十三人は夢中で倒し、二十四人目にはやっとかすり傷を負わせたが、二十五人目と戦っているうちに、いつの間にかいびきをかいてぐっすり眠り込んでしまったのだ。
 汗と脂がアバタの穴につまったその寝顔は、それはもう最高に不気味で醜かったので、木鼠胴六は、
「なんだこの、きたねえアバタ面は!」
 と、ペッペッとツバを吐きかけ、わざとらしくオエッと吐き気を催すふりをしながら佐助の懐(ふところ)を探ってみたが、一文銭すら出てこなかったので、あまりの貧乏さに呆れ返ってしまった。
 だが、それ以上に胴六をガッカリさせたのは、戸沢図書虎から授かったはずの「甲賀流忍術の虎の巻」が見当たらなかったことだ。
実は、佐助が「信州に隠れもない、雲をつくような大男! 雷様さえ見下ろす俺の不死身の強さは日本一だ!」と調子に乗りすぎた罰として、師匠の戸沢図書虎に忍術を封じられたあげく、虎の巻も巻き上げられてしまった――などとは露知らずの胴六は、佐助の下帯(ふんどし)の中までくまなく探したものの、やっぱりどこにも見つからないと分かると、だんだん汚らしく思えてきて、手下に命じて佐助の体を牢屋(ろうや)の中へ放り込ませた。「自分で成敗するのすら汚らわしい」と言わんばかりの扱いだった。
 こうして佐助を牢屋に閉じ込めると、胴六はすぐに「韋駄天(いだてん)の勘六」という素早い部下を走らせ、この出来事を京都の五右衛門のところへ知らせたのだった。

 やがて、どれくらい眠っただろうか。牢屋の中でパッチリと目を覚ました佐助の口からは、大きなあくびと一緒に、激しい自己嫌愛のため息がもれ出たのだった。まじめが取り柄の学者や、他人の権威にくっついて生きるうるさい連中、深刻ぶるのが大嫌いなひねくれ者、自分のダメさや情けなさをさらけ出すのが大好きな人生論者たちが、常日頃の佐助の行動、特に今回の山賊の隠れ家でのいかにも軽々しい言動を見たら、まず間違いなく眉をひそめただろう。そして、おもむろに嫌味をたっぷり含んだ唇から、「なんて軽薄なんだ」「まるで博打のいかさま師のようだ」「いや、さいころ賭博の仲間か」「下品な大衆小説の作家気取りだな」といった悪口雑言を吐き捨てたに違いない。
しかし、我が猿飛佐助のために一言弁解させてもらうなら、彼自身、誰よりも早く自分自身の態度に耐えられないほどの自己嫌悪を覚えていたのだ。
重々しさは微塵もなかったが、決してバカではなかったという動かぬ証拠である……。

思えば、これまでに自分のプライドをひどく傷つけられた出来事は、ざっと数えて四度あった。
一度目は言うまでもない、十九歳の大晦日の夜のことだ。田舎ではめったに見られない新手村(あらてむら)の自慢の美人・楓(かえで)をうまく誘い出し、夜の暗がりが少しでも自分の顔の醜さを隠してくれるだろうと、彼女と肩を並べて平然と氏神様への初詣に出かけたときだ。だが運悪く、この夜に限って「どんな悪口もこの夜だけは許される」という悪口祭りが開かれており、数々の悪口飛び交う中、鼻づまりのひどそうな男が、しかし妙に調子よく、
「おい、お前の嫁さんは鷲塚(わしづか)の佐助みたいなアバタ面の子供を産むがいいさ!」
と大声で叫んだのだ。その言葉が、まるで霜のように冷たい月の光に照らし出されてはっきりと見えてしまい、星の数ほどある顔中のアバタの穴をすっかりさらけ出してしまったときがその一度目である。
そのショックですっかり世捨て人になることを決意し、その日のうちに鳥居峠の山中に隠れ家となる洞窟を見つけて自分の醜い顔を隠していたところ、たまたま山を通りかかった「鳥人の思想」を語る奇怪な超人、戸沢図書虎(とざわずしょこら)からアバタを隠すための便利な忍術を授けられた。やがてその術を使って真田幸村に仕えるようになり、しばらくして上田城内の歌合わせの会に出席した際、思いがけずその席で、かつての村の美人であり、現在は奥方の侍女となっている楓の姿を見つけてしまった――これがプライドを傷つけられた二度目である。

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