初級翻訳・猿飛佐助 第13話

猿飛佐助

その結果、楓と連れ立って佐助を探す旅を続けなければならなくなったのですから、まさに「嘘から出た真(まこと)」、自分で撒いた種とはいえ、すっかり嘆く羽目になってしまいました。
若い娘を連れての旅では本格的な武者修行などできるはずもなく、世間から見ればまるで破戒僧のように見られてしまう――というのはまだ我慢するとしても、女というのはとにかくぐずでのろまで、そのくせ妙に頑固。法螺も吹かなければ本当のことも言わず、全身が秘密だらけのくせに、これといった深い謎もなさそうな証拠には、考え方が呆れるほど浅はかで、愚痴ばかりこぼし、おまけに恐ろしくケチであるということがだんだん分かってきて、三好はすっかり嫌気がさしていました。
もともと三好は「女は汚らわしいものだ」と本能的に信じ込んでおり、特に女の匂いが大嫌いでした。だからこそ入道姿になって、周囲から結婚を勧められないようにしていたくらいなのです。それなのに、楓がいつどこで佐助にめぐり会っても恥ずかしくないようにと、朝も夕も化粧にこだわり、おしろいの匂いをプンプン漂わせているのがいやでたまりませんでした。そのうえ、三好はもともとすごいイビキをかく上に歯ぎしりも激しいため、日頃から他人と同じ部屋で寝るのを避けていたというのに、よりによって楓と同じ部屋、それが無理ならすぐ隣の部屋(襖一枚隔てただけの空間)で眠らなければならないのです。
いくら女が嫌いとはいえ、いや、嫌いだからこそ自分の激しいイビキや歯ぎしりが恥ずかしく気になってしまい、心配のあまり一睡もできず、無性にイライラさせられます。そうしてやがて夜が明けてうっすらと明るくなった頃にふと目をやると、楓の寝顔はおしろいがすっかり剥げ落ち、鼻の横筋あたりにはテカテカと脂が浮いていて、見るも無惨にいっそ醜くなっていたのでした。女なんてどこが良いのだろうと、三好は改めてしみじみ思いました。自分が女の腹から生まれてきた人間だということさえ思い出したくないほどでした。佐助のアばたを「えくぼ」だなどと思いたがるこんな女なんて、早く佐助に押しつけてしまおうと、やっきになって佐助の行方を探しましたが、結局は空振りに終わりました。

一方の佐助はどこをどう歩いていたのか、鈴鹿峠を去ってから何日か経ったある夜のことです。彦根の宿にある旅館の、隣の部屋の声が丸聞こえな「割部屋(わりべや)」に泊まった客の、どこか寂しげな横顔を、ぼんやりとした行燈(あんどん)の明かりに透かしてみると、隠しようもないあばた面が浮かび上がっていました。すると、後から入ってきた相客(あいきゃく)がその顔をしげしげと見つめ、
「もしかして、猿飛どのではござらぬか」
と声をかけたのです。
「おお、富田無敵(とみたむてき)どのでござったか! これは奇遇だな!」
数年前に佐助が今出川の道場をめちゃくちゃにして、茶漬けをごちそうになったことのある富田無敵だと、佐助はすぐに分かりました。しかし、その富田無敵が一体どんな事情があって、彦根の旅籠(はたご)のよりによってこんな割部屋に泊まっているのかと尋ねると、無敵は、
「実は、首のない男を探し求める旅をしているのでござる」
と答えたのです。
「首のない男だって?」
これは耳寄りな話だと、佐助がぐっと身を乗り出すと、無敵は「私の話を聴いて、けっして笑わないでくれよ!」と、寂しそうに念を押してから次のように語り始めました。

――それは四、五日前の夜のことでした。
そこが道場だと知ってか知らずか、無敵の自宅に泥棒が入ったらしく、真夜中に裏の戸がガタコトと音を立てたのです。
素早く目を覚ました無敵は、襷(たすき)や鉢巻きをして気合を入れ、太刀を片手に「今度こそ一撃で仕留めてやる」と待ち構えていました。すると、予想通り戸の隙間からぬっと首が差し出されたのです。
無敵はすかさず斬りつけましたが、どういうわけか仕損じてしまったらしく、皮一枚だけ斬り残してしまったようで、首は地面に落ちず、ぶらりと前へ垂れ下がっただけでした。
「しまった!」と二の太刀を振り上げようとした瞬間、首はスッと引っ込められ、泥棒は後ろも振り返らずに一目散に逃げ出しました。
無敵はすぐあとを追いかけました。
泥棒は月光を浴びながら必死に逃げましたが、ぶら下がっている首が邪魔になるのか、だんだんと足が遅くなってきました。
二条あたりで追いつき、あわやその襟首をつかみかかろうとしたその時、泥棒はいきなりぶら下がっていた自分の首を引っこ抜いて懐(ふところ)へと放り込んだのです。そのため、無敵はタイミングを外されて前のめりに倒れそうになりました。
その隙に泥棒はみるみる遠ざかって行きましたが、邪魔な首を懐に入れたせいなのか、男の逃げ足の速さは急に神や仙人、あるいは妖怪のようになり、もはや人間とは思えないほどでした。
三条を過ぎ、蛸薬師(たこやくし)のあたりで見失ってしまったのです。

夜が明けると、無敵は早速この出来事を奉行所に届け出ました。しかし、
「そんなりとめどない話を届け出るものではない」
と、奉行は一笑に付して取り合ってくれません。
「いや、根も葉も無い話ではござらん! それがしは確かに一太刀浴びせかけたが、残念ながら風をくらって……」
言いかけたと、奉行は腹を抱えてカラカラと笑い出しました。
「なんだって? 風をくらって逃げただと? 首のない者がいったいどうやって風をくらうことができようか。おかしなことを口走るものではない」
その言葉尻をとらえてからかおうとするので、無敵は「では、私の言うことが出鱈目(でたらめ)で嘘いつわりだとおっしゃるのですか!」と血相を変えて詰め寄りました。その殺気に気圧されたのか、奉行は急に狼狽(ろうばい)し始めました。
「あ、いや、そんなに興奮なさるな。
――なるほど、確かに首のない者が風をくらって都大路(みやとおじ)を逃げ失せたのだな。では、さっそく町中に触れを出すことにしよう」

翌日、高札場(こうさつば)の前を通りかかると、人々が集まって笑い合っています。
見てみると、そこにはこう書かれていました。
『万一、首のない者が通行したならば、見かけしだい速やかに捕らえよ。右は今出川の住人・富田無敵の訴えによるものであり、盗賊が逃亡したことにまちがいなし。よってこの高札を掲げるものなり』
それを読んだ無敵は、なんだか気恥ずかしくなって顔を赤らめましたが、その時、周囲から意外なひそひそ声が聞こえてきました。
「おい聞いたか、首のない男が風をくらったそうだよ」
その瞬間、無敵は奉行の本当の魂胆が、自分を世間の笑いものにすることにあったのだと気づきました。高札の文章にわざわざ「今出川住人富田無敵」という名前を入れた理由もはっきりと分かったのです。すぐに奉行所へ乗り込んで暴れてやろうか――と思いましたが、いや、それも大人のやることではないと思い直しました。
「それよりも、噂の首のない男をごっそり探し出して捕らえ、これでもかと奉行につきつけてやるほうがましだ」と考え直し、旅に出たというわけでした。

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