初級翻訳・町のお姫さま 第1話

小川 未明

昔、あるところに、とことん「さびしい場所」が大好きなお姫さまがいました。
「どんなにさびしいところでもかまいません。だれも住んでいない、ぽつんとさびしい場所があったら、そこへ行って住みたいのです」
お供の家来たちは、大切なお姫さまのご命令ですから、従うほかありません。
だれも人が住んでいない深い山の中であっても、お姫さまが行かれるというなら、どこへでもついていかなければなりませんでした。
こうして、人里を遠く離れた山の中へと、お姫さまはいよいよお引越しをすることになりました。
もちろん、お供の家来たちも一緒についていきました。

お姫さまが歌われる歌声は、それはそれはうっとりするほど美しいものでした。
それに、楽器を演奏することもものすごくお上手でした。
琴や、笛や、笙(しょう)といった楽器を鳴らせば、まるで名人のような腕前です。
だから普段は、ご機嫌よく歌をうたい、楽器を奏でていらっしゃる時は、けっして「さびしい」と感じることはありませんでした。
けれど、お供の家来たちは違います。さびしい山の中にやってきて、毎日ぽつんと座っているだけで、退屈でしかたがありませんでした。
その山にやってきた最初のうちは、外に出て山や谷の景色を眺めては「めずらしいなぁ」と面白がっていましたが、すぐに同じ景色ばかり見るのには飽きてしまいました。
それだけでなく、毎日お姫さまが歌う歌や、演奏する楽器の音色にもすっかり飽きてしまったのです。
その素晴らしい音楽を聴いても、昔のように感動することはもうありませんでした。「またこの曲か……」と、かえって退屈な気持ちになってしまうほどでした。

お姫さまは、この世の中で自分ほど素晴らしい歌声の持ち主はいない、と思い込んでいらっしゃいました。
また、自分ほど音楽の天才はいない、と考えていらっしゃいました。
だからそう信じ込みながら、窓ぎわにすわって、山から昇ってくるお月さまを眺めながら、美しい声で歌をうたい、琴をかき鳴らしていると、まわりはしーんと静まりかえり、すべての草木までが耳をすませて、この素晴らしい音色にうっとり聴き入っているように感じられたのです。

そんな時でした。
ふと、お姫さまは歌う声をぴたりと止め、琴を弾く手を止めて、ずっと遠くの方にじっと耳をすませました。
するとどうでしょう。自分よりももっと美しい声で歌をうたい、自分よりももっと上手に琴を鳴らしている音が聞こえてくるではありませんか。
「おや、いったいこの山の中で、だれが歌をうたい、琴を弾いているのだろう?」
お姫さまはとても不思議に思われました。
そこで、このことについてお供の者にたずねてみると、
「いえ、だれもいるはずがございません。それに、わたしたちの耳には何も聞こえません。ただ聞こえるのは、松の木を吹き抜ける風の音ばかりでございます」
と、家来たちは答えました。
「いいえ、そんなはずはありません。だれかきっと、わたしと腕前をくらべるつもりで、あんなに美しい声で歌をうたい、琴を弾いているにちがいないわ」
とお姫さまは言い張りました。
お供の家来たちは不思議に思いながらも耳をすませてみましたが、やはり聞こえてくるのは遠くの松風の音だけであったのです。

夜が明けて太陽がのぼると、小鳥たちが窓のすぐ近くまでやってきて、元気よく鳴きました。
するとお姫さまは、すーっと眉をひそめて、
「ああ、うるさくてたまらない! もっとどこか、だれもいないさびしいところへ行って暮らさなければならないわ」
とおっしゃいました。

「山はなんだかうるさくてダメね」と思われたお姫さまは、今度は「だれも住んでいない海のほとりなら、きっと静かでいいはずだ」と考え、荒波が打ち寄せる海のほとりへと引っ越すことにしました。
お供の家来たちは、引っ越したばかりの最初の二、三日は気分が変わってよかったのですが、すぐにまた、さびしくてたまらなくなってしまいました。
それでもお姫さまは、相変わらず海に向かって歌をうたい、楽器を鳴らし続けていらっしゃいました。
そんなある夜、海の上にまるで星をばらまいたような美しい星空をご覧になって、お姫さまは言いました。
「ああ、うるさくてしかたないわ。毎晩あんなふうに星たちが歌をうたったり、鳴り物を鳴らしたりするものだから、わたしが自分の歌や音楽にまったく集中できないじゃないの。どうしてあんなにいい声が星たちには出るのかしらね」
お供の家来たちは、「私どもには、たださびしい、さびしい波の音しか聞こえませんよ」と心の中でつぶやきました。

姫さまは、「もっともっとさびしいところはないものか」と、さらに深く考えこみました。
お供の家来たちは、「これ以上さびしいところへ行ったら、わたしたちはいったいどうなってしまうのだろう……」と不安でいっぱいになりました。
その時、二人いるお供の家来のうちのひとりが、もうひとりに目配せをして言いました。
「お姫さま、どうか何もおっしゃらずに、私たちについていらしてくださいませ」
そう言って、お供の家来たちはなんと、お姫さまをたくさんの人が行き交うにぎやかな街の真ん中へと連れ出したのです。

お姫さまは、はじめのうちは突然のにぎやかさにびっくりなさいましたが、やがて気づきました。
そこでは、もう自分の歌のまねをする者もいなければ、自分よりももっと美しい声を出して競争し、お姫さまをイライラさせる者もいなかったのです。
お姫さまは結局、「なんだかここがいちばん気楽だわ。やっぱり私がいちばん歌が上手で、音楽の天才だわ」と心の中で誇らしく思いながら、その町で楽しく暮らしたということです。

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