初級翻訳・神州天馬侠 第141話

吉川 英治

「おっ、人がいる……」
 その通り、人がいます。
女性です。
とても美しい人でした。
琴台(きんだい)の上に乗せられているのは、二本の弦を持つ焼桐の八雲琴(やくもごと)。彼女は心を静めてそれを奏でています。
すると、ふいに琴の手を止めて、蛾次郎のほうを振り返りました。
蛾次郎は自分の顔がポッと赤くなったような気がして、どぎまぎと目を泳がせました。しかし、もう一度よく見直すと、それどころではありません。琴台の前にいるのは咲耶子(さやこ)ではないですか。
「あっ……」
 首を引っ込めると、
「蛾次郎さんですね」
 と、落ち着いた声が聞こえてきました。
「いいところへ来てくれました。手勢をここへ呼んできてください」
「あかといえ!」
 蛾次郎は垣根の外で逃げ腰になりながら言いました。
「そう何度も、胡蝶(こちょう)の陣の計略になんか引っかかってたまるもんか」
「嘘ではありません。もう、どんなことをしても逃げられない場所まで追い詰められて、わたしは覚悟を決めました。ほかの者を助けるためにね」
「じゃあ、おめえひとりなのか?」
「罪のない少女たちを、斬り死にさせるのはかわいそうです。あの子たちの親兄弟に対しても申し訳が立ちません。だから……」
「ほんとか? まったくか?」
「この通り、小袖(こそで)を着替え、髪を整え、薄い化粧までしているでしょう。これが覚悟の証拠です。わたしを縄にかけて、甲府へでも、浜松城へでも送ってください」
 すると、突然。
「神妙!」
 と、後ろから縄をかけた者がいました。
裏口から入ってきた卜斎(ぼくさい)です。
それと同時に、ドカドカと槍や刀や鉄棒をひっさげた武士の姿が、庭へあふれ込んできました。
「あ、待ってください」
「未練を言うなッ!」
「いえ……」
 咲耶子は、ねじり上げられた手を静かにもぎ離しました。
そして指先の琴爪を抜くと、高蒔絵(たかまきえ)が施された爪筥(つまばこ)のなかへ、一つひとつ丁寧に納めたのでした。

二

 そこは甲府の城下へ出る途中でした。
虹の松原の針葉樹が作るこまかい日陰のなかを、白い街道がひと筋に通っています。
緋おどし谷の山間から、交代で手車を組んで竹童(ちくどう)を助け出してきた少女たちは、その松原の脇へ入って、しきりに彼を看護していました。
気絶していたおかげで、幸いにもあの毒水を飲まなかった竹童は、多少の傷や痛みはあったものの、やがて真心の介抱を受けて、かなりしっかりと意識を取り戻しました。
「咲耶子さんは?」
 息を吹き返すと、真っ先に出た問いがそれでした。
「小太郎山は? 咲耶子さんはどうした?」
「咲耶子さんは……」
 おうむ返しにそう言うと、少女たちは急に悲しい表情に曇りました。
「えっ、どうしたんだい?」
「竹童さんを助けたい一心で、わざと緋おどし谷に残って、自分から敵の生け捕りになったのです」
「なんだって?」
 ぼうぜんとして――何を見つめているのか、竹童の目から涙があふれ出しました。
「さかさまだ! さかさまだ!」
 彼は周囲を驚かせて叫び出しました。
「おいらを助けるために、あのひとが捕まっていくなんて、そ、そんな、あべこべなことがあるもんか!」
「ですけれど、竹童さん」
 少女のひとりがなぐさめるように言いました。
「わたくしたちも泣きながら、七里の山道を歩いてきたのです。もうどうにもならないことですから、このうえ悲しいことを言わないでくださいまし」
 次の少女が言葉を添えます。
「そのかわりに、あなたは体をしっかり癒して、伊那丸(いなまる)さまや民部(みんぶ)さまに、小太郎山の砦の始末を、詳しくお伝えしてくれとおっしゃいました」
 三番目の少女が告げました。
「そして、みなさまの救いの手を、敵のなかで待っています、と」
 竹童はもう、そんな伝言などをじっと聞いてはいられませんでした。
どこか骨節が強く痛むのでしょう、唇をキッとゆがめながら、松の木にすがって立ち上がりました。
「あ、どこへ行くの?」
「竹童さん、どこへ行くのですか?」
「竹童さーん!」
 呼んでも振り返りもしません。
「あ、あ、あッ……」
 不安そうに見送る少女たちの視界を離れて、竹童は途中から、脱兎(だっと)のごとく駆け出していきました。
肉体の命が奇跡的に無事だった代わりに、あの少年の精神に狂気が宿ってしまったのでしょうか? 少女たちは虹の松原から、それぞれの都へと帰っていきました。
臥薪嘗胆(がしんしょうたん)の言葉通りに、伊那丸と一党の士たちが、この一年余り、命を賭して築き上げた小太郎山の孤城。
その唯一の拠点から再起の旗印を引き抜かれ、代わりに徳川家の指物が立ってからすでに半年。
天下は秋(あき)となりました。
落寞(らくまく)とした甲山の秋よ、蕭々(しょうしょう)とした笛吹川の秋よ。
国は滅びても山河は変わらずといいます。
しかし、人の世の移ろいはあまりにも激しいものです。
たとえば、いま甲府の城下を歩いてみても、出会う者はみな徳川系の武士ばかりなのですから。金色の鋲(びょう)を打った駕籠(かご)、銀の鞍を置いた名馬。躑躅ヶ崎(つつじがさき)の館に出入りする者たちは、みな自分たちこそが一番だという誇りに満ちあふれていました。
隆々と東海から八方へ勢力を広げる徳川家の一門。その繁栄ぶりは、目を見張るばかりです。
「同じ武家に仕官するなら、足軽であっても徳川家につけ」
 当時、浪人たちの間では、そんなふうに言われていたほどでした。

ゴ――ン、ゴ――ン。
彼岸に近い秋の町を、鉦(かね)を叩きながら歩く男がいました。
その寂しげな鐘の音は、いま、甲府の塗師屋町(ぬしやまち)の四つ角を過ぎて、賑やかで道の狭い盛り場の軒下をたどっていきます。
男が歩くにつれ、その手からは紙で作られた桃色の蓮華の花びらが、ひらひらと通りへ散らばっていきました。
その蓮華の後を追って、
「おじさん、紙ちょうだいよ!」
「おじさん、おくれよ!」
「紙をよ、紙をよ!」
「紙をおくれよ、おじさん!」
 と、小さな町の子供たちが、まるで二十日ねずみのようにぞろぞろとついて歩きます。
どこの国からやってきた、どこのお寺の修行僧でしょうか。背中には天蓋(てんがい)や瓔珞(ようらく)が揺れるお厨子(ずし)を背負い、胸には台を吊るして鉦と撞木(しゅもく)を乗せています。
そして、人々に恵んでもらったお布施の銭は、みなその鉦の中に溜まっていました。
後ろに回ってお厨子をのぞくと、金泥(きんでい)で塗られた扉が開いていて、中には一基の地蔵菩薩像が安置されています。
その前には、秋の草花や紅白のお餅、おもちゃやよだれ掛けなど、さまざまなお供物が山のように積み上げられていました。
「ああ、そんなに前へ回ると、おじさんが歩けなくなってしまうじゃないか」
 そう言って地蔵行者は、小さな子供たちに取り囲まれながら、背中の地蔵菩薩とそっくりな、人のよさそうな笑顔を浮かべました。
「よお、よお、よお、おじさんてば!」
「紙をちょうだいよ、さっきの紙をさ」
 行者はニコニコしながら周囲を見回して言います。
「いまあげるよ。あげるから、喧嘩をしちゃいけない。

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