「湖水の底に沈めてあった石の箱を引き上げて、中にあった『御旗(みはた)』と『楯無(たてなし)』の宝物をすりかえたのは、たしかにあなたですね――これはお師匠さまりの千里眼の術ですでにわかっています。ですが、その宝物をあなたは一体だれに渡したのですか? それとも、この山城(さんさい)の中にあるのでしょうか。聞きたいのはつまりそのこと一つだけです」
呂宋兵衛は、心の中で少なからず驚きました。果心居士(かしんこじ)といえば京都で有名な奇術の道士ですが、まさか自分のしたことまでここまで見抜いているとは思っていなかったからです。
それほどの道士なのだから、竹童の言っていることも本当ルにちがいない。それに、ひそかに湖水からすりかえて奪った宝物は、いまや手元にはないのだから、打ち明けたところでこちらに損得はない――と彼は考えました。
「そんなことなら簡単なことだ。包み隠さず答えてやろう。だが……」
と、呂宋兵衛が武士たちのたまり場の方へちらっと目配せをすると、バラッと立ち上がったふたりの荒くれ武士が、いきなりガバッと竹童の左右から両腕をねじり押さえつけました。
「ああっ、おじさんたち、おいらをどうする気だ!」
「いや、怒るなよ竹童。こっちの言うことだけ聞いて、逃げられないようにする用心だ。そうしていても耳は聞こえるだろうから、よく聞いておくんだな。御旗と楯無の宝物は、ここにいる轟又八(とどろきまたはち)に京へ持たせて、いまでは勢いもお金まわりもいい羽柴秀吉に、黄金千貫で売り飛ばしたのだ。だから、いまの持ち主は秀吉であって、この山城には置いていない。さあ、このうえは果心先生から授かった秘法を教えてもらおうか!」
「たしかにわかりました。では、先生の秘法を授けましょう。そもそもこの大難は、どんな名将であっても逃れることのできないものですが、その災難を避けるためには、まず夜の夕方から夜にかけてのあいだに、四方四里のけがれのない平野へ出て、ふだん信仰している守り神を拝み、祭壇を築いて霊峰の水をささげ――」――次に、おのれの生年月日をしたためて、人形の紙をみ神光で焼くこと七たび、かくして、十方満天の星をいのりますれば、兇難たちどころに吉兆をあらわして、どんな大敵に遭いましょうとも、けっしておくれをとるということがありません」
呂宋兵衛は、怪力もあり幻術にも長じているものの、異邦人の血が混ざっている証拠には、戦いというものに対して、すこぶる考え方が違っていた。
それに修道者でもあっただけに、迷信にとらわれやすかったのだ。
つまり彼がもっているいちばんの弱点に、うまうまとつけ入られた呂宋兵衛は、まったく竹童の言葉にすっかり迷わされてしまい、穴山の残党がなんといおうと、轟や昌仙の仲間たちが疑わしげに考え直すよう求めても、頑として聞き入れず、秘法の星まつりを行うべく、手下の野武士にきびしく命じたのだった。
そのため、軍議は自然と、夜に入って四里四方のけがれなき平野にてその儀式をすませたうえで、出陣することに決まってしまったのである。
その用意のものものしい大さわぎのなかで、すっかりツキに恵まれていたのは竹童だった。
別室でたくさんのおもてなしを受け、鞍馬では食べなれない珍味の数々を、箸とあごの動くかぎりたらふく詰め込み、さて、例の棒切れ一本をさげて、飄然とここを辞して帰っていくのだった。
あんなにもはげしかった昼の雷雨のあと、乱雲の影は、沈んでいく太陽とともにすっきりと晴れ渡っていた。
西の甲武連山はあかね色に染まり、東の相模や伊豆の海は果てしない青さをたたえ、天地は赤と紺、そして明るい光とうす暗い闇の二色にきれいに分かれて、その境界にどっしりとそびえているのは、富士の真っ白な姿だった。
――すると、この夕暮れ時に、人穴から上へ上へと這い上がっていく、豆粒くらいに小さな人影が見えた。
それはどうやら竹童らしい。
見ているうちに、二合目の下あたりから大きな鷲にのって、音もなく五湖のほうへと飛び去っていった。
銀河の箭づくり
一
富士の二合目をはなれ、一気に、五湖の水面の明かりをのぞみながら空を飛んでいた竹童は、夜空のなかで小手をかざしながら、しきりに下界にいる伊那丸主従の居場所をさがしている。
「オオ暗い、暗い、暗い。
天も真っ暗、地も真っ暗。
これじゃいったいどこへ降りていいんだか、お月さまでも出てくれなきゃあ、見当がつかないや」
大空で迷子になってしまった竹童は、例の、寝る間もはなさぬ棒切れを右手にもち、左手を目のかたわらにかざして、鷲の背中から、
「オオーイ、オオーイ」と、とうとう大声をはりあげて呼びだした。
しかし、竹童の声くらいの大きさでは、竹童じしんが乗っている鷲の羽風にかき消されてしまう。
そのかわり、人ではないが、はるかな地上から、馬のいななきが高く聞こえてきた。
「おや、馬のやつが返事をしたぞ」
と、竹童はつぶやいたが、その考えはちょっとちがっている。
動物はほかの気配に対してとても敏感であるから、いま、下のほうでいなないた馬は、ちょうどそこにさかかってきた夜空を飛ぶ怪物の影に、びっくりして驚いたものにちがいない。
けれど竹童は、馬が自分の呼びかけに答えてくれたものとすっかり信じこみ、いきなり、棒切れをピューッと下へふりおろした。
すると、鷲はたちまち身をさかさまにして、ツツツツ――と木の葉が落ちるようにするすると降りていく。
「あ、ここはどこかのお宮の庭だな……」
鷲からおりて、しばらくそのあたりを歩いていた竹童は、やがて、拝殿からもれるほのかな明かりを見つけ、そっと忍びよってみると、たしかに六、七人のささやき声が聞こえてくる。
「いた!」かれは思わず声をあげて、
「おじさん! おじさんたち」
呼ぶ声といっしょに、拝殿の中にいた者たちは、どやどやと表へ飛び出してきて、七つの人影をあらわした。
「何者じゃッ」と竹童をきびしくにらみつける。
「おいらだよ、鞍馬山の竹童だよ」
「おお、竹童か」
ほとんど、そのなかの半分以上の者が、口をそろえてこう言った。
木隠龍太郎も、忍剣も、民部も蔦之助も小文治も、竹童にとってみればみんな大切な友だちである。
ただ、縁台に腰掛けて、彼を見おろしている伊那丸だけが、少し納得がいかないようなようすをしていた。
「龍太郎。
そちたちはこの童をよく知っているようじゃが、いったいどこの者なのだ」
「先ほどお話しいたしました、果心居士の童弟子でござります」
「おお、あれが」
伊那丸はニッコリと微笑んで竹童を見なおした。
竹童もニヤリと笑って、いつもの調子ですぐになれなれしくなり、彼らを自分の友だちにしてしまいそうな勢いである。
「これ竹童、伊那丸君の御前なのだから、いつまでも突っ立っていてはならぬ、座れ座れ」
「いや、そんなに叱るでない。鞍馬の山奥で育った者だから、その天真爛漫なかえって美しいところよ。
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