ただ、他の仕事にはあまり融通のきかない性質の者たちだからな」
羊三は兄の立場をよく知っているので、それについて自分の意見らしいことは何一つ口に出しませんでした。
「Y家なんざ、実は他の資本家のようにひどいことはしていないんだ。町の経済界はY家によって成り立っていたようなものだから、その点では功績こそあれ、悪く言われる筋合いはないんだ」
淳二はY家を弁護するように言いました。
「それとこれとは別問題だが、今までの坑夫たちも少しみじめだったよ。私なんぞ山へ来たのは二十五、六の時分だったから、坑夫の中に質の悪い奴がいると、踏んだり蹴ったりだったもんだ。彼奴らも匕首(あいくち)なんぞ懐に忍ばせて、なかなか乱暴だったからな」
淳二はそんな話をしながら、間もなく事務服を着て、下へ降りていきました。
二
羊三は一日中部屋に閉じこもっていると、時々ひどく気分が憂鬱になりがちでした。
曇り空が続き、日によっては白地の単衣(ひとえ)一枚で筆を執るような、残暑がぶり返す日もありました。しかし、そんな日でも夕方になると冷たい風が吹いて、羊三はあわてて毛のシャツを押し入れから取り出したりしたものです。
ただ、生活は単純で、誰一人訪ねてくるものもいないので、どこへ行っても人に煩わされがちな羊三も、のんびりとした気持ちで筆を執ることができました。
寂しい時には、小鳥のさえずりが不思議な慰めと喜びを彼の心に伝えてくれました。
まるで森の中にでもいるかのように、周囲がひっそりと静まり返ってくると、愛らしい小鳥たちは、ピッコロでも吹くような澄んだ冴えた声で、さえずるというよりも、むしろ彼ら同士でむつまじく話し戯れていました。
それはちょうど、潮が湧き立つような楽しさでした。
羊三はそっと座を立って、廊下へ出ました。
そして足音を忍ばせて、小鳥の籠が並べられた箱のそばへ寄っていきました。
小鳥はいつの間にか鳴き声を静めて、用心深い目を見開いていました。
羊三は仕方なく部屋へ戻ってきました。
「どうだ、書けるか?」
不意に淳二が戸を開けて入ってきました。
「いや、あまりに静かだと、かえって頭がぼんやりしてしまって」と羊三は答えました。
「どうだ、今日一つ山へ行ってみないか。ストライキもほぼ静まって、職工もそれぞれ持ち場についたようだから」
「そうですね。では、行きましょう」
羊三は一つ急ぎの用事があったので、それを書き上げてからゆっくり作業場を見て回ろうと考えていました。けれど、そばへ来てみると、彼の気まぐれで、特段そう見て回らなければならないほどの興味も感じなくなっていました。
実際、一度や二度見に行ったくらいでは、鉱山の人たちの生活などわかるはずもありません。淳二兄はいくらか用心もするだろうし、長くいてぶらぶらしているうちに、技師や坑夫と親しくなる機会でもない限り、到底鉱山の生活の内部を知ることはできないだろうと思ったのです。
そんな気持ちは、兄には少し理解できないようでした。
少し寒かったけれど、羊三は夏のモーニングを着て出かけました。
そして事務所の横からだらだらした坂を登り、いろいろな作業場を横目に見ながら四、五町も行くと、すぐに一つの坑区のそばへ出ました。そのあたりは、見渡すかぎり赤茶けた山肌が左右に向き合い、前後に重なり合っていました。
どこを見ても、まるで火事で焼け焦げたかのように醜く地面がむき出しになっていて、緑色の植物の影はほとんど見当たりませんでした。
入口に神聖な縄(しめなわ)を張ったある坑道の入り口へ、淳二は羊三を連れていって見せました。
そこには、カンテラがいくつもぶら下げられていました。
鉱石を運び出すために、作業員がレールの上を箱車をごろごろと引いてくると、その中の一つを取り、じめじめとした暗い坑道の中へと入っていきました。
そしてしばらくすると、鉱石を山盛りにした箱車が、またごろごろと引き出されてきました。
「ここへ入るのは、なんだか危険そうですね。
もし足を滑らせでもしたら……」
「滅多にそんなことはないよ。
けれど、しっかりとした準備をしなければ中に入るわけにはいかないからね」淳二はそう言いましたが、羊三には少し難しいだろうな、という表情をしていました。
そして彼は、縦坑(たてこう)や横坑といった坑道の種類や、中の設備、作業の様子などを一通り説明して、こう言いました。
「たまに危険なこともあるが、まあ爆薬でも爆発した場合くらいだね。
それも、爆薬を仕掛けておいて、なかなか爆発しないからといって見に行ったりするからいけないんだ」
「爆薬というのは、あのダイナマイトのことですね」
「そう。鉱山には鉱山特有の言葉があるんだよ。例えば、人にだまされたことを『あいつに一杯食わされた』なんて言う代わりに、『あいつにっぱにかけられた』と言ったりするんだ」
「あなたは、もう穴の中には入らないのですか?」
「いや、そういうわけではないけれどね。私も以前、Oという場所の山を開拓して、あそこの設備がようやく整ったときに辞めさせてもらうつもりだったんだ。ところが、こちらの経営が少し厳しくなったので、また戻って手伝うことになったという経緯があって……。今は銅の値段が安いから手をつけていないけれど、去年この近くに買った山もある。ここなら少なくとも百年くらいは鉱脈が尽きることはないだろう。そういう見込みだけはついているからね」
「へえ!」と羊三は驚いたように言いましたが、これほど大きな山がたった一人の持ち物であるということが、なんだか不思議に思えました。
しかし、もし人間に強い「自分のものにしたい」という欲求がなかったら、一体誰がこんなに苦労して山を掘り進めるだろうか、とも考えました。
羊三は淳二について、やがて採鉱課の事務所へ入っていきました。
そして、そこにいた若い技師たちに紹介されました。
何よりもまず、今回の賃金値上げ運動についての批判が始まりました。
今後取るべき賃金制度について、課長の意見は羊三にも納得できるものでした。
それからは、「何号の坑道が、あと何メートルで突き抜けるだろうか」とか、「どこの区画から何百貫もの成果が上がった」といった話が、毛糸のジャケットを着た元気のいい若い技師から次々と説明されました。
その間も、運搬係が窓の外を箱車を引いて絶えず行き来していました。
そしてそのたびに、窓口で証明書をもらっていました。
選鉱作業場へは課長もついてきて、淳二と一緒に羊三に説明してくれましたが、機械が鳴り響く音にかき消されて、羊三は時々その話を聞き取るのに苦労しました。
それから次々と場所を回って、それぞれの作業場を一通り見て歩きました。最後に銅を溶かして鋳型(いがた)に流し込んでいるところを見て、すべての仕事の流れを理解することができました。事務所へ戻ってきたときには、かなり遅い時間になっていました。
羊三はそれによって、作業の全体的なイメージをつかめたに過ぎませんでしたが、労働というものは、その気になりさえすれば、思ったほど不愉快なものではなさそうだと感じました。
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