初級翻訳・籠の小鳥 第4話

徳田 秋声

「仕事はもう済んだのか」

淳二は、その労をねぎらうかのように尋ねた。

「はい、なんとか」
「どのくらい書けたんだ」
「三十枚ばかりですが、ちょっと儲かりました」

羊三は笑っていた。

「どのくらいになる」
「いくらにもなりはしません。でも、近頃はいいんです。一頃のような貧乏はしなくても済みますから。しかし、なかなか使い切れないもので」

そして彼はその報酬について、兄の問いに答えた。

「ほうほう、それはいいもんだな」
「しかし、怠けている時が多いんです。それに生活に追われがちですから、本を読む隙もないし、その日その日を誤魔化して生きているに過ぎないのですから」

羊三は少し得意になりながら言った。

「そうだろうな」

淳二は軽く受け流した。
羊三は家政婦の女性が来たとき、その郵便物を出すように頼んだが、兄は間もなく事務所へ出て行った。
解雇された職工たちが、ぽつりぽつりと別れを告げて、今朝あたりここを去っていくという噂を、その女性は淳二に話していた。淳二はただ寂しげな顔をしていた。

羊三は仕事が出来上がったら、もう一度ゆっくり山の作業を見学し、技師たちにも会って、親しく話を聞きたいと思っていたが、差し迫った一つの責任を果たしてしまうと、急に解放されたような気分になって、これ以上山に留まっているのが退屈に感じられた。
急に町が恋しくなってきた。
三十年もここに縛られていた兄の生活が、しみじみと考えられた。

羊三は新聞などを見ながら、そこに横になっていたが、そのうち疲れが出て、頭がだるくなってきた。うとうとと眠気が差してきた。
戸の開く音がしたと思うと、うつらうつらしていた羊三のそばに、兄があわただしい表情をして現れ、押し入れの中でシャツか何かを探していた。

「どうだ、一緒に帰らないか」

淳二は羊三が起き上がるのを見て言った。

「急に用事ができて、帰ることになったから、これから出発しようと思う」
「そうですか。僕もあまり長居してもと思っていたところですから」
「それからこれをあげよう。何かの参考になるだろう」

淳二はそう言って、山の歴史のようなものを渡してくれた。わざわざ書き写させていたものだった。
羊三が支度をして下へ降りていくと、兄は改めて事務所の重立った人たちに、彼を紹介した。実はそれらの人たちとも早く挨拶を交わしたかったのだが、兄はあえて控えていたのであった。

間もなく電車に乗った。電車はすぐに出発した。
これといった特色はなかったが、その辺りの山は割合に姿が優しかった。そして岩の多いところなどでは、試掘の跡らしい穴が所々に見られた。
電車の中には、山を出された男らしい、若い人の姿も見られた。
羊三は兄の用事が何であるかを考えたりした。羊三が山に長く留まることを、周囲――特に鉱山主に対して遠慮しているのではないか、などとも思ったりした。

しかし、その想像が全く間違っていることが、後で羊三にも分かった。
羊三がちょっと耳にしたところでは、それは全く、今度の事件に骨を折ってくれたその筋の人たちの労をねぎらうためらしかった。

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