初級翻訳・花のき村と盗人たち 第2話

新美 南吉

だからおじいさんが教えてくれた竹藪に行ってみたら、本当に立派な笛竹が何百本も、すいすいと生えていたんです」
「昔、竹の中から金の光が差したなんて話もあるが……どうだ、小判でも落ちていたか?」
「それから、さらに川を下っていくと、小さな尼寺がありました。そこでは『花の撓(はなのだう)』というお祭りをしていて、庭には人がいっぱいいました。俺の笛くらいの大きさのお釈迦さまに、甘茶をかけてお祝いしていたんです。俺もたくさんかけて、それから甘茶をたっぷりご馳走になりました。茶碗があれば、かしらの分も持って帰ってきたんですけどね」
「やれやれ、なんて罪のない泥棒なんだ。そういう人混みの中では、人のふところや袂(たもと)に気を配るものだろうが。このとんまめ! もう一度やり直してこい。その笛はここに置いていけ」
角兵ヱは叱られて、笛を草の中に置き、また村の中へ入っていきました。

最後に戻ってきたのは、鉋太郎でした。
「貴様もどうせ、ろくなものは見てこなかったんだろう」
かしらは聞く前からそう決めつけて言いました。
「いや、金持ちがありましたよ、金持ちが!」
鉋太郎は声を弾ませて言いました。金持ちと聞いて、かしらはニヤリと笑いました。
「おお、金持ちか!」
「ええ、そうです! すばらしく立派な家でした」
「うむ」
「その座敷の天井といったら、さつま杉の一枚板でね。こんなすごいものを見たら、うちの親父はどんなに喜ぶだろう……なんて思って、つい見とれてしまったんです」
「へっ、面白くもねえ。それで、その天井をひっぺがしてでも持ってくる気か?」
鉋太郎は、自分が泥棒の弟子だったことを思い出しました。泥棒の弟子としてはあまりに気が利かなかったことに気づき、バツの悪そうな顔をしてうつむいてしまいました。
こうして鉋太郎も、もう一度やり直すために村の中へと戻っていきました。

「やれやれ……」
一人残されたかしらは、草むらの中に仰向けにひっくり返ってつぶやきました。
「泥棒の親方というのも、案外楽な商売じゃないわい」

二

すると突然、
「泥棒だッ!」
「泥棒だッ!」
「そら、やっちまえッ!」
と、大勢の子どもたちの叫び声が聞こえてきました。子供の声とはいえ、いきなりそんなことを言われては、さすがの泥棒のかしらもびっくりして、ぴょんと飛び上がりました。
そして、川に飛び込んで向こう岸へ逃げようか、それとも藪の中にもぐりこんで姿を隠そうか、とっさに頭をフル回転させました。
ところが、子供たちは縄の切れ端やおもちゃの十手を振り回しながら、そのままあちらへ走っていってしまいました。
子供たちは「泥棒ごっこ」をして遊んでいたのです。
「なんだ、ただの子供の遊びか」
かしらは、すっかり拍子抜けして言いました。
「遊びにしても、よりによって泥棒ごっこなんて、ろくでもない遊びだ。最近の子供は妙なことばかりする。あれじゃあ、先が思いやられるってもんだ」
自分自身が本物の泥棒のくせに、かしらはそんな独り言をぶつぶつ言いながら、また草むらの中に寝転がろうとしました。
そのとき、後ろから「おじさん」と声をかけられました。
振り返ってみると、七歳くらいの可愛らしい男の子が、一頭の子牛を連れて立っていました。
顔立ちの品の良さや、手足の白さを見ると、とても村の百姓の子とは思えません。
お金持ちの家のお坊ちゃんが、下男を連れて野遊びに来て、下男におねだりして子牛を持たせてもらっているのかもしれません。
けれど不思議なのは、まるで遠くへ旅立つ人のように、小さな白い足にしっかりとした草鞋(わらじ)を履いていることでした。
「この牛、持っていてね」
かしらが何か言うよりも先に、子供はそう言ってすっとそばに歩み寄り、赤い手綱をかしらの手に預けました。
かしらは何か言い返そうと口をもぐもぐさせましたが、言葉が出てくる前に、その子はあちらの仲間たちを追いかけて走り去ってしまいました。
あの子たちと遊ぶために、草鞋を履いたその子は、振り返りもせずに駆けていったのです。
呆然としている間に子牛を預けられてしまったかしらは、くっくっと笑いながらその子牛を見つめました。
ふつう子牛というのは、そこらじゅうをぴょんぴょんはね回って、面倒を見るのが大変なものですが、この子牛はとてもおとなしく、濡れた大きな瞳をパチパチさせながら、かしらのそばに無邪気に立っています。
「くっくっくっ」
かしらは、腹の底からこみ上げてくる笑いを止めることができませんでした。
「これで弟子たちに自慢できるぞ。お前たちが馬鹿面を下げて村をうろついている間に、俺様はもう子牛を盗んできたんだ、とな」
そう言って、かしらはまたくっくっと笑いました。
あまりに笑いすぎたせいか、今度は目から涙がこぼれ落ちてきました。
「ああ、おかしい。笑いすぎて涙が出てきやがった」
ところが、その涙は流れても流れても止まりません。
「おいおい、これはどうしたことだ。俺が涙を流すなんて、これじゃあまるで泣いているみたいじゃないか」
そう、泥棒のかしらは、本当に泣いていたのです。
――かしらは、嬉しかったのです。
自分はこれまで、人から冷たい目で見られることばかりでした。
自分が通りかかると、人々は「変な奴が来た」と言わんばかりに窓を閉めたり、すだれを下ろしたりしました。
楽しそうに話していた人たちも、自分が声をかけると、急に仕事のことを思い出したふりをして向こうを向いてしまいました。
池に浮かんでいる鯉でさえ、自分が岸に立つと、バシャッと体を翻して沈んでいく始末です。
あるとき、猿回しの背負っている猿に柿の実をあげたときも、一口も食べずに地面に捨ててしまいました。
みんなが自分を嫌い、誰も自分を信じてはくれませんでした。
ところが、この草鞋を履いた子供は、泥棒である自分に子牛を預けてくれました。
自分を「いい人」だと信じてくれたのです。
この子牛だって、自分を少しも嫌がらずにおとなしくしています。
まるで本当の親牛にでも甘えるように、そばにすり寄ってきます。
子供も子牛も、自分を信じきっているのです。
こんな経験は、泥棒として生きてきた自分にとって初めてのことでした。
人に信じてもらうというのは、なんと嬉しいことなのでしょう。
……
だからこそ、今のかしらは、とても美しい心になっていたのです。
子供の頃には持っていたはずのそんな心も、あれから長い間、悪くて汚い心に覆われていたのでした。
久しぶりに、かしらの心は美しく澄み渡りました。
それはまるで、垢まみれの汚い着物を脱ぎ捨てて、急に晴れ着を着せてもらったような、不思議な感覚でした。
――かしらの目から涙が止まらないのは、そういうわけだったのでした。
やがて夕方になりました。
松蝉の鳴き声がやみました。
村からは白い夕もやがひっそりと流れ出し、野原の上に静かに広がっていきました。子供たちは遠くへ行ってしまいました。「もういいかい」「まあだだよ」という声が、ほかの音と混ざり合って、聞き分けにくくなっていきました。
かしらは、もうあの子供が戻ってくる時間だと思って待っていました。

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