いよいよ全員揃って乗船することになり、乗船する人たちだけがぞろぞろと入口から入り始めました。
はじめ、親方は入口の端にピタッと張り付いて、ニラニラと笑いながら見送っていました。
その姿はまるでウサギのようで、目は赤く、口元はしきりにクチャクチャと動いています。
しかし、彼は急に我慢できなくなったのか、警備員がパッと後ろを向いた瞬間に素早く飛び出し、最後の一団の中にちゃっかりとまぎれ込んでしまいました。
出発する男たちも後ろを振り返らずにしおしおと中へ入っていき、見送る人たちもまるで魂が抜けたようにその場に立ち尽くしていました。
まるで、最初からお互いに感情なんて持ち合わせていないかのように。
私はふと、以前に郷里の駅で見かけた、満州からの移住民たちと見送る人々との感激的な別れの場面を思い出しました。同じ血を引く日本人でありながら、ここではどうしてこんなにもあっさりと別れができるのだろうと、胸が痛む思いがしました。
ただ一人の老婆が、「金がたくさんできたら、お嫁さんは私が世話してあげるからね!」と喉の奥から叫んで、見送る人たちをほんの少しだけクスッと笑わせただけでした。
「お前さんたち、もう博打(ばくち)は打つんじゃないぞ!」
しかし彼らは相変わらず黙ったまま身を寄せ合いながら、遠くへと消えていきました。
その時、見送りの人たちの中から誰かが通りの方へ振り向き、「おい、頑張れ、朴沢(ほうたく)、頑張れ!」と大声で叫び出しました。
一同が振り返ってみると、ちょうどマラソンの先頭集団が通りかかるところでした。
男たちや何人かの女たちが身を乗り出して、声を限りに応援しはじめました。
「厳ちゃん、頑張れ! 頑張れ!」
「馬川(ばかわん)さん、頑張れよ!」
「玉村(たまむら)! 玉村! 頑張れ!」
「X市の孫(そん)、だらしねえぞ!」
すると、4番目か5番目の男が私たちを見つけるなり、息をハアハアと切らせながらこちらの方へやって来ました。
それと同時に、他の選手たちも2人、3人と抜けて近づいてきて、目を剥きながら苦しそうな声でうめきました。
「あいつら、今頃もう行くのかい?」
私たちはマラソン選手たちも交えて、あの南進者たちの姿が見えなくなるまで、再びじっと見送り続けました。
だんだんと、力尽きて棄権したマラソン選手たちも続々と駆け寄ってきます。
すると突然、向こうから親方コブセの小さな体が、両手をヒラヒラとさせながら一目散に走ってくるのが見えました。
なんだかものすごく慌てている様子です。
しかし、いよいよ入口に差しかかったところで警備員に見つかってしまい、腕をガシッと掴まれてすぐ脇の詰所へと投げ込まれてしまいました。
私たちは入口からみんな首を長ーく伸ばして、詰所の方をのぞき込みました。
姿は見えませんが、ものすごく厳しく叱られているようで、頬をピシャリピシャリと2、3回張り飛ばされている音が聞こえるようです。
まもなくして許されたのか、親方は息を切らしながら飛び出してくると、大声で叫びました。
「おい、誰かタオルを持ってねえか!
金海(きんかい)の野郎、タオルがないから行かないと言い出したんだよ!」「おっとと、お前たち、もうマラソンは終わったのかい? 李山はどうした? 李山! あいつがマラソンで賞品を取ってきてくれるって約束していたはずだが……」
「親方! 李山が今ちょうど通るところだよ!」
それを見てみると、三十五、六歳くらいの背の高い男が一人、口にタオルをくわえながら、フラフラと通りかかるところでした。
その男は、私たちがこちらで手を振りながら叫んでいるのに気づくと、よろめきながら駆け寄ってきました。
親方コブセは急に飛び出すと、その男の口からタオルを奪い取るが早いか、前後不覚になってまたもや中の方へダーッと突進していきました。
ちょうど都合の良いことに、警備員は安心して詰所の中に引っ込んでいるところでした。
白いタオルが手元でヒラヒラと翻り、不格好な足取りがせわしげに上下しながら、広大な構内を駆けていきます。
まるで、必死になって走る横這いのカニのように。
――
――どこからか、ボーッと船の汽笛が聞こえてきました。
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