初級翻訳・親鳥子鳥 第32話

佐々木 邦

「源太郎さん、私、苦しくてどうにかなっちゃいそうよ。もう一度お医者さんに来てもらえないかしら?」
と、夕方に僕へ頼んできたときも、彼女は手鏡をずっと手放さずに持っていた。
「痛いのって、側で見ているだけでも本当に辛いものですね何かいい方法はありませんまいか?」
とお父さんは、苦痛というものは一刻も早く取り除くべきだと信じ込んでいるから、相変わらず短気でせっかちだった。
「しっかりと冷やす以外に、これといって手当の仕様がないんですよ。あと二、三日のご辛抱ですね」
と、佐久間さんは相変わらず「氷で冷やす」ことくらいしか知恵がないことを、自分から白状させられる羽目になる。
「僕に言わせれば、苦痛なんてものがもし快感とまではいかなくとも、せめて立ったり座ったりする動作のような、どっちつかずの中性的なものだったら、どれほどありがたいことかと思うんですがね」
と、忍耐力がちょっぴり足りないお父さんは、今度は自然の摂理そのものに文句をつけ始めた。
「ははあ、それはまた随分と壮大な改良意見ですな」
「医者の方で、この苦痛を根っこから消し去るような大発明をしてくれませんかね?」
「いやいや、それは危険というものですよ。苦痛というものは、やっぱり不快感を伴うからこそ価値があるんです。もし中性的だったりしたら、たとえば大怪我をしたときに、自分の腕が一本ポッキリ取れてしまっても気づかないかもしれませんからね」痛いからこそ、大ごとにならずにすむのですよ」
「なるほど、そういう場合もあるでしょうね」
「もし痛みが快感だったら、生き物はあっという間に自分で自分を滅ぼしてしまうでしょう。
たとえば自分の足を自分で噛み切って気持ちよさを味わえるなら、オオカミやトラはすぐにやりますよ。
理性を持っている私たち人間だって、体に悪いと分かりながらお酒を飲んだりタバコを吸ったりしているでしょう? もし指を切り落として快感が得られるなら、みんな指を切ってしまうかもしれません。
けっこう意志の強い人でなければ、手足がなくなってしまいますよ。
そうなったら人類は自滅でしょう? だからこそ、苦痛は自分を守るための自然の武器なんです」
「なるほど、理屈ですねえ」
と、お父さんもすっかり納得した様子だった。
「そういえば大内さん、私は長年いろんな立場の患者さんを診てきた結果、この病気の痛みについて面白い発見をしたんですよ」
「一体どんなことですか?」
「苦痛というものは、お金持ちの度合いに比例して大きくなるという真理です」
「ははあ」
「よくできたものでね、同じくらいの病気にかかった金持ちと貧乏人を比べると、金持ちのほうがはるかにたくさん苦しむんです。
金持ちは日頃から不自由な思いをしないから、我慢強さが弱くなっている。
熱が八度(38度)出ただけでも、もう起きていられなくなります。
その点、貧乏な人たちは苦労や貧しさに慣れているから、病気に強い。
八度くらいなら熱があることにも気づきません。
九度(39度)あっても自分で歩いてきて、寒い玄関でじっと待っていたりします。
それで案外、体に障ったりしないんですよ。
治る力もとっても早いんです」
「やっぱり神様がうまくバランスを取っていらっしゃるんですかね?」
「そうとも言えますね。そうなると、一番弱いのは貴族(華族)の人たちということになります。
彼らは精神的にも物質的にもお金持ちですから、二重に苦しむわけです。
だけど、貧乏な貴族に限っては不思議なことにものすごく強い。
労働者も真っ青になるくらいですよ」
「私の家は、強いほうですか、それとも弱いほうですかね?」
「弱いほうですね。
知識階級というのは精神的な金持ちですから、やっぱりダメなんです。
お医者さんを一日に二度も呼びますからね」
「おやまあ、見事に一本取られましたな」
「ハッハッハ!
冗談ですよ。それでは、お大事に」
と、佐久間先生はなかなかユーモアがあって面白い返しをするのだった。
絹子さんも郁子もだんだんと元気なほうへ向かっていったけれど、一番最初に病気になった千代子だけは、途中でぶり返してまた高熱に戻ってしまった。
すっかり安心していたものだから、急に戻ってきたお父さんは、
「しっかり気をつけてくれないと困るよ」
とお母さんの責任にした。
「十分気をつけているんですが、この二、三日急に寒くなったからでしょう。
すぐにまた熱は下がりますよ」
「下がるものか。佐久間さんは何て言ったんだ?」
「別に何ともおっしゃっていませんでしたけど」
「熱が九度もあるのに、そんなんじゃ困る。もう一度診てもらいなさい」
「でも、食欲もありますし、元気もいいんですよ」
とお母さんはずっとそばに付いているからこそ、よく分かっているのだ。
お父さんはご飯を一膳でさっさと食べ終わると、また郁子と千代子の病室へ行った。
千代子の額に手を当ててみて、
「熱があるね。お咳も出るじゃないか」
と言うと、すぐに佐久間さんへ電話をかけた。
先生はちょうど手が離せない用事を終えたところだったから、すぐに来てくれた。
「何度も本当にお手数をおかけします。でも、あまりに熱が高いうえにお咳も出ますから……」
とお父さんはさっきの一件ですっかり懲りていて、前もって一生懸命言い訳をした。
「いやいや、どういたしまして」
と、佐久間さんはすぐに診察に取りかかり、
「胸には異常ありませんね。熱も少し下がっているようですよ」
と言って、体温計を脇の下に挟んだ。
「何か、熱が早く下がる方法はありませんかな?」
「今日からまた、解熱剤をお出ししてあります。あと二、三日のご辛抱ですよ」
とお互いに、いつも決まったような同じ問答を繰り返す。
「下がりましたよ。七度六分(37.6度)です」
と、佐久間さんは体温計を取り出した。
「ほら、ご覧なさいませ」
とお母さんは嬉しそうに言った。
「それじゃあ、今ちょうど下がったんだな。さっきまではひどかったんだから」
とお父さんは少しバツが悪いような顔をした。
それでも茶の間に戻ってきてからも、
「どうも子供の病気となると心配でたまらないよ。悪いほう、悪いほうへばかり考えてしまうからな」
と、しきりに弁解を繰り返していた。
普段ペンを持って偉そうに世間の人々にものを教えているときの態度はどこへやら、跡形もない。
親の悪口を言うわけではないけれど、自分の子供が病気をすると、人間はみんなこうしてバカになってしまうものらしい。
「いやあ、それはどこだって同じですよ。私なんかでも、うちの子供が病気になると自分ではどうしていいか分からなくなります。やっぱり迷ってしまうものなんですよ。
しかし、よく考えてみたら、人間なんてめったに死ぬものじゃありませんよ。
ヨーロッパの戦争だって、死亡率は二十パーセントくらいだったでしょう? お互いに殺し合ってさえその程度なんです。
ましてや、みんなが寄って集まって助けようと一生懸命努力しているんだから、そう簡単に死ぬわけがありませんよ。それでは、お大事に」
と言って、佐久間さんが玄関へ向かったとき、今度はお祖父さんがひょっこり現れて、
「やあ、度々お足労をかけてすみませんね」
と挨拶をした。

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